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ヨットでピアノを弾く

 ずっと前、西田敏之の「もしもピアノが弾けたなら」という歌がヒットしていた頃、叶わぬ夢ながらボクもピアノが弾けたらと思ったものだった。その時、一念発起したオジサン達はもうかなりの腕になっているはず、でもやっと今、自分のヨットにその環境を整えたヨットマンがいらっしゃる。

 ヨットはちょっと古いヤマハ30S、左舷のチャートテーブルを改造してキーボードをセットすろことにしたが、誰もが持つピアノのイメージはやっぱり“黒光り”するピアノフィニッシュだろう。オーナーはこのテーブルを鍵盤カバー兼楽譜立てに新しく製作しなおし、ピアノフィニッシュで仕上げた。(下の画像)

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 ピアノ上のアクリル窓の収納部と右は12Vスイッチボード。AC100V用のコードがアチコチに見えるので陸電はまだ工事中のようです。元のチャートテーブル内に収まっているピアノのカバーは木製だが、上の棚が映るぐらいの仕上げになっている。

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 上の画像はカバーを開けてこれから演奏しようと言うところ。楽譜立てに写真を撮っているボクが映ってしまった。「うまい具合に収まっていますね」とお聞きするとこのヨットのサイズに合うキーボードを巻尺をもって捜したきたとおっしゃる。さすが!

 でも電子楽器は便利ですね。自動演奏でも、難しいヶ所は繰り返し演奏してくれる。近所に喧しければヘッドホンでも楽しめるのだ。
 もうしばらくすれば、このヨットであっと驚くピアノ演奏を聞かせてくれる日も近いのかもしれないなあ。

c0041039_1453890.jpg ヨットで楽器を弾くといえば、'05年の九州周航の折、波穏やかな瀬戸内海で箏の音を聞きながら航海したこともある。
曲名は宮城道雄作曲の「春の海」だったとか。(左画像)

 パートナーは毎日必ず箏を弾くという日課を休まず遂行するため小さめの箏をヨットに積み込んでいた。お客さんに披露することはなかったが毎日ボクが生演奏を聴かされていた。まぁ、何十年も箏や三味線の音は聴かされて続けていますので、もう風の音や小鳥の囀りくらいに自然の音に聴こえていますけどね。

【関連記事】:ヨットの旅と音楽
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by pac3jp | 2009-11-16 14:57 | 音楽・パーティ  

翻案劇「サロメ」をみる

 昨夜、雨の中、大阪・梅田芸術劇場のシアター・ドラマシティで上演された鈴木勝秀演出・篠井英介主演の翻案劇「サロメ」を観に行った。

 出演は篠井英介、森山開次、江波杏子、上條恒彦とたった4人で演じる一幕の音楽劇だが、芸能系に興味がなかったボクには江波さんと上条さんしか顔が出てこない。でも劇場の900程の客席は殆ど埋まっている、それも80%以上は女性である。男性はボクのようにお供で来ている人が多いのでしょうか?(そんなことはないでしょうネ)

 戯曲「サロメ」の名は聞いた覚えはあるがもう内容はすっかり忘れていたが、我家のお師匠さんのお供といえども多少の予備知識は要ると思い「サロメは情炎の女?」だと言うことだけ調べておいた。日本での初演は大正時代に島村抱月の演出で松井須磨子が主演したという。三島由紀夫が岸田今日子主演で演出したことも。それらの女優さんの名からも「情炎」というイメージはわいてくるようですね。

c0041039_16152116.jpg 翻案劇となっているので元の戯曲とあらすじは大体同じ、演出は日本文化を生かした形での「サロメ」を創るいうことで、音楽はオーケストラのかわりに箏、三味線、鼓、胡弓など和楽器の生演奏で、サロメの衣装は和風ぽくなっていたし、預言者はダンサーが演じる修験者に、その激しいダンスがセリフ代わりになっているだろうか。またサロメが激しい踊り共に衣装を脱ぐ場面があるという。女形が日本舞踊中に・・・、どうなるのかと思ったが心配するほどはなかった。

 最後、サロメが狂気?の愛か、その勝手に愛した修験者の生首を持ち演じるシーンでは最近、広島の山奥で現実にあった陰惨な事件を連想してしまい舞台に集中出来ずに困ったこともあったが、1時間半の舞台は和楽器の奏でる音楽に違和感もなくあっという間に終わってしまった。

 ボクにとって初めての劇場で、それに演劇を鑑賞するのも久し振りだったが結構面白かった。

 サロメ(戯曲)のあらすじ
ユダヤの王エロドは、自分の兄の前王を殺し妃を奪い今の座に就いた。妃の娘である王女サロメに魅せられて、いやらしい目を彼女に向ける。その視線に堪えられなくなったサロメは、宴の席をはずれて、預言者ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)が閉じ込められている井戸に向かう。預言者は不吉な言葉を喚き散らして、妃から嫌がられている。預言者との接触は王により禁じられているのだが、サロメは色仕掛けで見張り番であるシリアの青年に禁を破らせて、預言者を見てしまう。そして彼に恋をするのだが、預言者のほうは彼女の忌まわしい生い立ちをなじるばかりである。そして事態は思わぬ方向へ向へ。(ウイッキペディア)

【参考Web】:翻案劇「サロメ」公演概要 
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by pac3jp | 2009-11-11 16:30 | 映画・演劇  

息子の夏休み

c0041039_10322116.jpg 暑さ真っ盛りの8月初旬、久し振りにヨットに乗せてくれといって息子がやってきた。彼は仕事の関係で東京に住んでいるが、関西方面の仕事が済み、時間に余裕が出来たのでやってきたのだろう。

 前にクルージングに来たのはもう5年になるかなぁ、随分前だった。四国・庵治港で夕闇せまる海面に響くサックスの音が感動的だった。その時の様子は以前の記事で「ヨットの旅と音楽」として書かせてもらった。

 我家は彼が生まれて間もない頃から小さなディンギーがあり、小学生の頃まで日曜日は一日中海岸で過ごしていた。ビーチにあるレーザーを見よう見真似で乗り込み遊んでいたこともあった。
 そんな彼も中学に入りブラスバンドをするようになると全く海とは縁が切れてしまった。また、高校、大学と音楽活動は続き、遂に本職のミュージシャンになってしまった。でも時々は海に出たいと思っていたのだろう。

 彼の持つ海のイメージは砂浜の波打ち際に積み上がったアオサの塊から発する磯臭い匂いという。岸壁のほのかな磯の匂いとは違いかなり強烈なにおいだった。整備されていない自然の海岸のにおいである。ヨットハーバーにはない匂いだがボクもビーチの思い出とともにそのにおいの記憶は持っている。

 冷えたビールと弁当を買ってフネを出した。真夏の時期としてはいい風が吹いている。どんどんと沖へセーリングしてゆく。

 順風に程良くヒールし、揺れるデッキで苦労してお弁当の「ざるそば」をすする。ちょっとミスマッチのお弁当だった。

 夕方、ウィークデイの静かなハーバーに帰り、彼はデッキから海へ飛び込んだ。昔、ビーチのすぐ沖でディンギーから海にはいり岸へ泳ぎついたように・・・
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by pac3jp | 2007-08-20 10:39 | 徒然に  

音の感受性

 ボク以外の我が家族は音楽を楽しむ以上に、むしろ“浸っている”生活をしている。クルージングにも付き合ってくれるパートナーは筝曲の演奏家である。プロではないが毎日かなりの時間稽古をする。息子はプロのミュージシャンで、娘も彼女の弟子であるが勤めを持っているが、演奏会に合わせてそこそこの稽古はしているようだ。こんな環境でボクも「門前の小僧」で多少は身に付いてもいいかなと思うが、へんに頑固に生まれついたのだろうか音感とかリズム感など全く向上はない。

 パートナーは珍しい小鳥の鳴き声、虫の鳴き声をすぐ真似が出来るし、暫くは記憶できるようだ。音を何かのパターンにして記憶するのだろうがボクはこれが全く出来ない。音の並びや高低に対する感覚が鈍いのだろう。でもこれが幸いするときもあるのだ。

c0041039_958651.jpg 昔からの友人で芸術系の仕事をしているヨットオーナーがいる。彼は昔からその環境にそぐわない音楽や音に対してよく反応する人だった。以前数人でハーバーのレストランでお茶を飲んでいたとき、ウェイトレスにBGMを雰囲気に合うものに替えてくれと要求した。本来これはレストランのマネージャーの仕事だろうが、その曲は若者向けの曲だったらしい。ウェイトレスの好きな曲だったかも知れない。どんな曲だったかは鈍感なボクには全く覚えてないし、その曲が不似合いだとも思わなかった。ただ、やかましいかなぁくらいには思っていた。

 ヨットに乗っている時に聞く風の音、波の音、セールが風を切る音、エンジンの振動、全てが調和をもった音たちである。ヨット乗りに心地よく響く。異常な音はトラブルの警報である。調和の中の不協和音は居心地を悪くする。

 この夏、和歌山のあるクルージング先の泊地だった。久しぶりに訪れた桟橋に係留し、一息つく。対岸のざわめき、引き波で舫がきしむ音。近所に係留した船から聞こえる談笑の声。遠くに泊まっているボートのエンジン音。みんなこの泊地が持っている調和を持った音として響いてくる。

 突然桟橋からポータブル発電機のエンジン音が響いてきた。騒がしい夜店の雑踏の中のエンジン音はそう気にならないが、マリーナの桟橋で聞くその音はまさしく雰囲気を壊す不協和音だ。近所に停泊しているヨットが冷房の電源用にポータブル発電機を回しているのだ。自分たちは締め切った船内で涼しいだろうが、騒音をまき散らかして他人への迷惑は考えないのだろうか。真夏のマリーナの桟橋は停泊している船も多く、風が入りやすいように窓も開けたままなのだ。

 彼はその夜、見知らぬヨット乗りたちの傍若無人な発電機の騒音にじっと我慢していた。だが翌朝、彼が早朝の港の雰囲気を味わっていた5時ごろから又、発電機の音が響いてきた。
 ここで彼の堪忍袋の緒が切れてしまった。その昔、スピードボートの発電機の音と排気ガスにからんでウインチハンドルをつかんでヤクザと喧嘩した時の迫力があったのだろうか注意すると相手はすぐにエンジンを止めたそうだ。気が引けていたのだろうが、苦情がなければ良いだろうとと思っていたのだろうか。

 ボクも昨年、大勢の仲間とクルージングに行ったときキャビンの横で一晩中うるさいエンジン音を聞かされた。でも、かなり酔っ払っていたし、昔、騒音の中で生活をしていた事と、生来の音感の鈍さが幸いして怒りの感情まではいたらなかった。
 まぁ、人生なにが幸いするか分からないもんですね。
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by pac3jp | 2006-09-25 10:06 | クルージング  

自分の中のDNA

c0041039_939960.gif ヨットの航海記を読んでいると、故障した部品を本船の機関士に作って貰ったお話しが時々出てくる。洋上を航海中の船舶の中で限られた材料を使って、船体や機関をメンテするためには創意工夫は欠かせない。明治生まれのボクの祖父は若いとき、九州の田舎から出てきて外国航路の貨物船に機関士として長く乗組んでいたそうだ。

 やがて、船を下り、その経験を生かして機械加工の仕事を始めた。当時まだプラスチックはなかったので生活用品も木製や陶器で出来たものが数多くあり、あちこちで生活陶器を焼く窯があった。祖父は地元の窯元の為に粘土を捏ねる土練機も作っていた。

 よく覚えているのは、当時列車の旅で「お弁当にお茶はいかが~」と売っていたお茶が入った陶器の汽車茶瓶を作っていた会社に機械を納めて以来、秋には三田の山でマツタケ狩をさせてもらったことだった。

 その仕事を引退してからは自分のしたい事だけやっていたようで、家族の受けは悪かったようだ。だが、直接利害関係のない孫の目から見るといつも面白い物を作っているお爺さんだった。手編みのセーターを着て、自作の麺類製造機でうどんを作り、四斗樽の手動洗濯機で洗濯ししていた。その機構は木製と違ってちゃんとオリジナルのギヤーやプーリー、ブラケットも金属製の本式だった。

 ボクの子供の頃、爺さんの飲む焼酎を小さなアルミの薬缶でよく近所の酒屋さんに買いに行かされた。ある日ちょっとその薬缶に口を付けて焼酎を試してみた。これが意外と美味しかったのだ!  爾来この年まで飲み続けている・・・。

 確かにボクの中には船が好きで、原動機や機械の制御について、よく知らない分野も特に苦手意識は起きないし、取説を見ているとアバウトながら何となく判るような気がしてくるのだ。工作も好きだが手元に自由に使える工作機械がないので製作作業はいまだ未熟だ。父親はお酒を余り飲まなかったが、ボクが船と酒が好きだということは色濃く隔世遺伝しているようだ。

 我が家のパートナーと比べて全く欠如しているのが芸術面の資質だ。特に音楽分野だ。我が家の家系で歌が上手い人は少ない。祖父の唄は1度もきいたことはなく、父はボクの結婚式で1度なんとかいうお目出たい唄を歌ってくれただけだった。

 だが、息子はプロのミュージシャンとして活動しているし、娘は日本の伝統音楽を母親から仕込まれている。だからこれからの我、家系にはその方面も期待できそうだ。酒は程ほどに嗜む位にして欲しいと願っているが、息子はもうボクと同程度以上?にはなってしまったようだ。この方面のDNAの遺伝力は相当強力なようである!
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by pac3jp | 2006-06-05 09:42 | 徒然に  

ヨットの旅と音楽

数年前の夏、仲間と四国の庵治温泉と金毘羅さんのクルージングに行った事があった。
明石海峡で吹かれて、引き返してしまった艇もあったラフなコンディションだったが、頑張って5艇が静かな香川県庵治港に着いた。広い漁港の物揚場に近い桟橋に舫いを取り一息つく。

当日はお祭りで漁港の仕事はお休み。多くの漁船はお祭りの幟を上げている。
やがて、夕闇が迫り、夕凪で静かな海面に対岸の窓の灯りが増えてくる。
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今日のゲストはプロのミュージシャンだ。(詳しくはブラックボトムブラスバンドのHPをご覧ください!)

ロマンティストのロッキーのオーナーがここで、ジャズを聞きたいと言い出し、何曲かこの雰囲気に合いそうな曲をリクエストした。

さすが、プロのラッパ吹き。早速リクエストに応えてアルトサックスがメロディを奏で出した。星が輝きを始め、穏やかな港内をサックスの音色が響く、遠い過去の思い出を呼び起こすように流れてきて心に沁みてくる・・・。  至福のひとときだった。

もう亡くなられたが「オケラ」の多田雄幸さんが世界一周レースの途中、寄港地でサックスを吹き、多くのメンバーを楽しませていると、舵誌の記事で読んだことがあった。
どのような曲を奏で、どんな雰囲気だったのかなぁと想像するのも楽しかった思い出である。

生の音楽を聴いたり演奏する時、その場所の持つ雰囲気は双方に大きな影響を与えるのだろうと思う。ヨットの旅ではフネを舫う場所は漁港であったり、一般港の船溜りであったりで、音楽を味わう雰囲気としては良くない様に思うがそうではない。

港を少し離れるだけで、静かで広くて長い砂浜があったり、外洋の荒磯が白い飛沫を上げている厳しい岬を望めたり出来る場所があったりもする。その場所こそ非日常の空間であり、たとえ携帯の音源であっても音楽と自然の持つ力に感動する場所として存在するのだろうと思う。
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日頃は目的地に着くとまず、安着を祝ってビールで乾杯、そして根が生えたように腰が据わり酒盛りが始ってしまう。(自戒)

たまには心を空っぽにして染み込んでくる色んな自然の気配をかみ締めて心のままに感動しょうよ!!
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by pac3jp | 2005-07-12 11:41 | クルージング