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神戸港に四代目の新しい大成丸が初入港した!

2014年4月23日(水)晴天微風の神戸港に消防艇の歓迎放水や満船飾のタグ「竜王}に迎えられ午前10時、予定通りに新港第一突堤に入港した。

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先代と比べると全長で34m短く、総トン数で1897トン少ないので大分小さく思えるるが、幅や深さは余り変わらないのでやや太めに見える。でもこの四世から大成丸の訓練内容が「内航船の船員を育成するため」と大きく変わり、主機はかって大型外航船で使われた蒸気タービンから内航用練習船として、内航貨物船などで一般的な主機の中速ディーゼルエンジンが搭載されている。

総トン数:3,990t
全   長:91.28m
幅    :15.50m
深 さ  :9.0m
機   関:4サイクル中速ディーゼル機関 1基
出   力:4,000/3,000 PS/KW
最大速力:16.2 kt
航海速力:14.5 Kt
竣工年月: 2014年4月1日

建造場所:三井造船玉野事業所
船舶所有者:航海訓練所・東京センチュリーリース(株)
※リース会社が共同所有者になっているが航海訓練所が独立行政法人になったのに関係があるのだろうか。
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突堤の先端には歓迎のUW旗が翻っている。以前には余り見なかったがこの頃は流行っているのだろうか。勿論、大成丸のマストにはUW1旗が上がっている。右端の人はUW2旗(入港を歓迎する)を振っている!

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岸壁には近くの幼稚園児が大勢見学に来ている。消防音楽隊の歓迎演奏を奏でている。
ギャラリーはさすがにお暇なシルバー世代が多い・・・。
大成丸は神戸港の常連でいつも一突に停泊していた。日本丸や海王丸ほど人気はない様だが、大成丸で訓練航海をしたというヨット乗りに時々出会うこともあった。

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ブリッジは殆んどの内航貨物船では船尾寄りにあるのを考慮して船体中央部に配置された。
煙突も先代タービン船が必要だった太い排気管は不要で煙突外観は大きいが、排気が必要な太めの主機用、それに3基の750KW発電機用排気管が3本、それに加えて焼却炉用など6本が収納されているという。

新しいライフボートは66人用が2艇と交通艇、訓練艇がある。この端艇甲板の後部は人工木材が張られた木甲板があり運動にも使えるそうだ。

c0041039_17264069.jpg機関室には、4000PSの主機と750KW×3の発電機を搭載している。
主機から減速装置を経て可変ピッチプロペラの組み合わせで中型内航貨物船の平均的な航海速力である15ノットを確保できる。また、750kWの主ディーゼル発電機3基は航海中・停泊中は1基、電力消費の大きい出入港時には2基運転し、船内のあらゆる場所に電力を供給できるし、調理もすべて電気で行う。
 
プロペラは4翼、直径3.50mの可変ピッチプロペラ(CPP)です。プロペラを一定方向に回転させた状態で、翼の角度を変えることにより、前進から後進まで推力を自由に変化させることができる。

シリング舵は従来の舵の2倍の舵角にあたる左右70度まで取ることのできる性能を持った舵です。舵角を70度とすると、船尾を横方向に動かす力が得られるため、バウスラスタを併用すると、船体は横方向に移動することが可能となり、離着岸など微妙な操縦の際に効果的です。(大成丸Webより)
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1981年に建造された先代の大成丸の丸い船尾形状と右舷に取り付けられた予備アンカーが帆船時代からの伝統を感じさせるなぁ・・・。

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最近の船舶の船尾形状はみんなよく似ている。幅が広く垂直のトランサムに屋根つきの船尾係留ウインチスペースがあり雨天や荒天の作業にも安全だ。その屋根の部分が客船並み?の木甲板になってる。ベンチが設置してあり寛ぐ場所に指定されている。てな事はないですよね。

舫いロープはさすがに真っさらなホーサーだ。擦止めのカバーももう消火ホースの再利用などしない専用のカバーがついている。


【参考Web】 独立行政法人 航海訓練所 大成丸
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by pac3jp | 2014-04-25 18:02 | 特殊船  

練習船「深江丸」を見学する

 神戸港の東はずれにある神戸大学海事科学部の専用港に停泊している深江丸の外観は良く見ていたが、船内の見学をする機会がなかったのだが、昨年、深江丸船長の矢野先生の「地文航法と天文航法」という難解?な講演のあと、希望者に深江丸の見学をさせて下さることになりボクも初めて見学乗船してきた。

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全   長:49.95m
型   幅:10.00m 深さ:6.10 喫水:3.75m  
総 トン数:449トン    
航行 区域:近海区域

航海速力:12.5ノット    
航続距離:3,000海里  
最大搭載人員:64名(船長・機関長・士官4・部員6・教官4・学生48)

主 機 関:4サイクルディーゼルエンジン×1基  
機関 出力:最大1,100kW (1,500HP)×720rpm  
発 電 機:ディーゼル発電機(250KVA×1,200rpm)×2基・軸発電機(250KVA)×1基  
推 進 器:4翼可変ピッチ スキュープロペラ×1/直径2.10m(一軸左回り)  
横移動装置:バウスラスタ(推力1.5トン)×1・スタンスラスタ(推力1.2トン)×1
 
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 見学はまず、定石とおりブリッジからとなった。画像は操舵コンソール左側に可変ピッチプロペラ(CPP)の制御レバーが見えている。

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 コンソールの前面窓からリピータこしにバウ甲板を見る。

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 右舷にはチャートテーブル、背後には国際信号旗の収納箱が設置されている。

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 ブリッジ内後部に機関制御コンソールが設置されている。

 上甲板から順次見学し、機関室に入る。今まで行った各種船舶の見学では殆ど機関室までは見せてくれなかったがここではエンジンのそばで色んな説明を聞いている人もいた。
 ボクも500トンクラスの練習船の機関室の設備概要などの知識がないのでただ眺めていただけだったが、大型船舶などにはよく装備してあると聞いていた軸発電機があったのにはちょっと驚いた。それも主機が1,100KWなのに250KVA の軸発電機が接続されているという。
 それに機関室に立派な電力制御室があることも気が付いた。

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 主機 ダイハツ 6気筒 1,100KW

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 軸発電機 富士電機 3相×225V 250KVA

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 電力制御室 発電機3台と非常用1台の合計750KVAの電力を統合して運用しているのでしょうか。

 船長さんに軸発電機の使用状況をお聞きすると「主に港内で使用する」との返事。港内航行で主機のパワーに余裕がある時に発電するのだろうと思っていたのだが、接岸作業にはバウスラスタやスターンスラスタを作動させるし、係留ウインチなども電気をよく喰うのでその補完かもしれないなぁ・・・とも。

 そういえば、軸発電機は推進用電動機にもなるので250KVAのDG1基の電力だけでも港内くらいは充分航行できるのだろう。そのためにパワーエレクトロニクスシステムが電力制御室にあるのだろう。
 たしかに深江丸は海事大学の練習船で学生の訓練や教材に必要な装備を搭戴しているので一般の500トンクラス船舶とは違って当たり前なのだと合点がいった。

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 最後に教室で全般的なお話を聞く。今年の神大海事科学部卒業者の就職率は理系大学では全国トップの成績だったとか・・・。
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by pac3jp | 2012-01-27 12:22 | 特殊船  

進徳丸のバーカンティン帆装

 今週初め、神戸・元町の海文堂書店に寄ると店頭のショーウインドに総帆に順風を受けて航海する4檣バーカンティン型だった「進徳丸」の絵画が飾ってあり、同時に進徳丸の解説も掲示してあった。

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 ↓ クリックすると大きくなります。
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 《進徳丸の帆装型式決定の謂れ》
 大正10年10月、文部省は練習船建造調査会を開き、その船種と型式が検討された。海軍側の汽船論と文部省側の帆船論が対立したが、文部省督学官であった小関三平氏の熱心な主張により帆船と決定した。さらに帆装型式については、大成丸と同じ4本マストのバーク型と4本マストバーカンテイン型とが議論されたが、当時日本郵船の海務部長であった武田良太郎氏が英国で自ら乗船した経験より旋回性能に優れているバーカンテイン型を強く推奨したことにより4本マストバーカンテイン型に決定された。
 当時国内では大型帆船建造の経験が乏しく、英国のRamage&Ferguson Co.に帆船に関する部分の設計一切を依頼し、日本より技師を派遣し建造の指導を受けた。(神大海事科学部HPより)


c0041039_7354479.jpg バーカンティン型帆船

 左図は一般的な3檣バーカンティン型の帆装だが大型帆船だった「進徳丸」は4檣の内、メイン、ミズン、ジガーの縦帆が余りにも巨大で操作が困難だということで縦帆を分割してダブルガフに大改造された。
 艤装は複雑になったが操作性は良好だったといわれる。
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by pac3jp | 2010-08-20 07:43 | 帆船  

進徳丸メモリアル(2)

 深江丸をはじめ神大海事科学部に所属する船艇が停泊するポンド東側の用地に設置された「進徳丸メモリアル」を訪れる。夏草に埋もれていたようだが業者の若者が草刈の真最中である。もう暫くで作業完了の見込みだ。

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 デッキに上がりマストを見上げる。その昔は最後尾に立っていたジガーマスト(22.4m)で帆船時代は41.5mもあったという。マストの回りに汽笛やホーンなどが置いてある。
 振り返れば屋上には舵輪が載った大きな窓のブリッジ風の船室がある。そのブリッジ内には船長公室、隣には主機関の一部と実習生居室などが配置されている。

 施設の周囲に進徳丸のアンカー、プロペラなどの装備品と当時の木造の交通艇「むこ丸」(深江の沖に停泊した進徳丸への交通艇として活躍し、多くの学生が学校のポンドから、むこ丸により進徳丸に乗下船した。)が展示してある。

 1923年(大正13年)生まれの練習帆船・進徳丸は当時一般的な石炭を燃料とするレシプロ蒸気機関を搭載していた。舶用ディーゼル機関がやっと使われはじめたという時代だった。

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主機関(Main engine)
三段膨脹往復蒸気機関 2基 帆装を取り外して汽船で運用された時代もこのスチームエンジンだった。
1基 625HP 総馬力 1,250HP
高圧シリンダー:直径305mm 中圧シリンダー:直径 508mm 低圧シリンダー:直径838mm  ストローク:600mm
速力(機走) 10.5ノット (帆走) 13.0ノット

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【ご参考に】三段膨張機関の動作例

 赤で示されている高圧蒸気がボイラーから入り、青で示されている低圧蒸気として排気され復水器へ送られる。弁室は対応するシリンダーの左側に位置している

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トロットマンズ・アンカー(Trotman's Anchor)

 ヨーロッパの帆船で多く使用されており、フリューク部が可動式になっている。潮の満ち引きが激しいヨーロッパならではの錨である。
 特徴:爪の背に突き出ている突起が海底に引っかかり、爪が土中へ貫入するようになっている。片方の爪が土中に入ると、もう片方が寝た状態になる。初代の日本丸、海王丸にも搭載されていた。

c0041039_6194773.jpg 実習生居室の壁には、「追憶」のプレートが入った額が掲げられています。

昭和22年7月24日播磨灘二見沖において爆沈の悲運にあい、多数の死傷者を出した。戦後これを引き揚げ、神戸三菱ドックに曳航、改装修理が施され、昭和22年5月30日進徳丸は再興された。当時実習生として乗船していた高等商船学校第二期生らがこれを記念し、真実と自由と友愛の証として、真鍮板に「追憶」を刻し、昭和23年3月10日第一教室(学生食堂)左舷の壁に掲げた。以来、光り輝く青春の象徴として親しまれ、多くの実習生の手により磨き続けられた。(説明板より)

※窓際にあるその説明文の下線の年数が間違っていました。進徳丸が米軍の攻撃を受けたのは昭和20年の7月24日でした。

【関連記事】:進徳丸メモリアル(1)
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by pac3jp | 2010-08-14 06:41 | 帆船  

進徳丸メモリアル(1)

c0041039_8471742.jpg 神戸高等商船学校の初代進徳丸は華麗な帆船として生まれ、戦争の時代に汽船となりやがて陸に上がり神戸商船大学のモニュメントになったのだが、ボクの通勤コースの道路からもずっと見えていた。
 その後、阪神淡路大震災で進徳丸が倒壊し解体されてしまったことは新聞などで知ったが、被災地域に住居も職場もあったボクはもう自分の事でセイ一杯ですっかり忘れていたが、ある日小さいメモリアル施設に生まれ変わっていることに気が付いた。

 一度は行って見ようと思っていたが先週やっとその機会がきた。

 ボクにとって進徳丸の名はずっと身近な存在だった。それは昔、母からよく聞かされた話があったからだった。

 「戦争中、西岡(集落名)のすぐ沖の進徳丸に毎日のようにグラマンが飛んできて機銃掃射し、船の人がようけ死んだったんよ」、そしてグラマンの不発弾が村のあちこちにばら撒かれ「庭掃除をしていたお寺の人が不発弾の爆発で亡くなったこともあるんやで」と任意欄座した進徳丸の空爆の様子をよく教えてくれた。

 記録にある進徳丸が欄座した位置からボクの実家との直線距離を測定すると半農半漁の小さな部落を挟んで僅か500mほどしか離れていない。グラマンの編隊がもう動けない進徳丸を狙って急降下し、機銃掃射やロケット弾で攻撃する轟音は周囲の住民に恐怖の音として聞こえてきたのだろう。ボクも防空壕のなかでその音を聞いていたはずだが今では全く覚えてない。

戦時中、緊急物資の輸送として石炭輸送に従事していた昭和20年7月24日正午頃、二見沖停泊中、米軍の艦載機の機銃掃射とロケット弾による空爆を受け甚大な被害を被り、沈没を免れるため任意欄座した。この空爆により死亡者6名(実習生5名、乗組員1名)、重傷者6名(全員実習生)の人的被害を被つた。空爆は31日まで続き船体は無数の銃弾を受け全焼した。火災により当時の公式記録はすべて焼失した。二見港沖方位124度、距離420mの地点であった。
終戦1年後の昭和21年(1946年)7月31日に引揚げ作業が始められ、8月19日浮上、8月24日三菱神戸造船所に曳航され、修理が施された。翌昭和22年(1947年)5月30日汽船練習船「進徳丸」が甦った。
(神戸商船大学 海技実習センター年報 第2号 平成13年3月30日より)


 もう日本がほとんど降参していた昭和20年7月、終戦の20日前に、商船学校の練習船を執拗に空爆した米軍も非常識だが、無念にもお亡くなりになった若い学生5名と乗組員1名のご冥福をお祈りします。

【関連記事】:進徳丸メモリアル(2)
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by pac3jp | 2010-08-12 08:04 | 帆船  

境港で水産高校の練習船が沈没・・・

 今回四人目の日本人科学者下村さんがノーベル化学賞を受賞すると決まったと、うれしいニュースを見ていたら、境港で隠岐水産高校の練習船が沈没したと臨時ニュースが入った。船名は「わかしまね」といっていたので、もしやと思って調べてみると今年('08)の2月5日に神戸港中突堤に来ていた練習船に間違いなかった。

 当時、船に実習生は乗っていなかったが当直のクルーにお聞きすると航海実習に来ているとおっしゃった。冬の日本海は高校生の訓練には向かないので波静かな瀬戸内のクルージングを楽しんでいるかと思っていた。
 練習船はまだ新造のようにキレイな大型イカ釣り漁船タイプで、作業エリアの木甲板もまだまだきれいなもんだった。
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イカ釣り用 前デッキうえの集魚灯全景と器具の詳細
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壱岐や対馬で出会う小型イカ釣り漁船はスミで真っ黒だがさすがキレイなデッキ。マストトップにはサテライトコンパスのセンサー(左画像)が付いている。航海・通信機器はFURUNOの新型が装備されているようだ。
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「わかしまね」主要寸法
全  長:41.0m
全  幅:7.4m
総トン数:195トン
速  力:12.0ノット
定  員:34名
実習内容:イカ釣り、船釣り

 ところが昨日のニュースによると以下のように報道されていた。

練習船が衝突、沈没…隠岐水産高生ら25人救助 (YOMIURI ONLINE)

 8日午後6時45分ごろ、鳥取県境港市昭和町沖合の境水道で、島根県所有の水産練習船「わかしまね」=196トン、山本克己船長(58)=と、同県隠岐の島町の漁業協同組合JFしまね西郷支所所属の漁船「第22事代(ことしろ)丸」=222トン、花房光男船長(59)ら5人乗り組み=が衝突。「わかしまね」は同7時30分ごろに沈没したが、乗っていた同県立隠岐水産高の実習生13人と引率の教諭ら2人、乗組員10人の計25人は全員、事代丸に救助された。うち実習生ら2人が境港市内の病院に運ばれ、軽いけが。
 境海上保安部の発表では、事代丸の船首とわかしまねの右舷が衝突。わかしまねは船体の右側を下にして沈没し、船内にあった重油約54キロ・リットルなどの一部が流出しているという。同保安部は業務上過失往来妨害などの疑いもあるとみて、両船の乗組員らから衝突時の状況を聞く。


 衝突から沈没までの原因は今後海保が捜査し、海難審判で結論を出すだろうが、この練習船は隠岐水産高と浜田水産高(同県浜田市)が交互に実習で使用し、これからの日本海のイカ釣り漁業などを支える若い人を育てる学校施設だ。
 幸い、全員救助もされたし、境港のすぐ近くで水深10mと浅くサルベージも楽そうに思う。修理して現役に復帰するのも比較的早いかもしれなが、出来るだけ早く学生たちの漁業実習が出来るように関係者の皆さんにがんばってもらいたいものです。

【参考資料】:水産練習船「わかしまね」の概要
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by pac3jp | 2008-10-10 10:39 | 特殊船  

日本丸のチークデッキと無線室

 チークデッキといえば日本丸などの帆船上で大勢の練習生が並んでデッキを磨いているシーンを思い浮かべる人は多いだろう。
 セレブ派は豪華客船のプロムナードデッキかな。

c0041039_10553552.jpg ヨットやボートでもコクピットやデッキにソリッドのチーク材やチーク合板が張ってあるフネはある。「チークデッキはボウズリ(デッキブラシ)で磨いたらアカンで!」と先達から教えられた。でも、手入れの方法がオーナーによってまちまちなので中には無残な状態にしてしまうフネも出てくる。

 
 練習帆船のデッキ磨きには椰子の実を使っているとは聞いていたが、外観から想像したら堅そうなので、大勢のクルーがゴシゴシやればかなり分厚いデッキでも摩滅するんではと不思議に思っていたが、見学してみると1985年進水で23歳の日本丸でもキレイなもんですね。

c0041039_10562315.jpg 近くにいた士官にお聞きするとデッキの厚さは5cmはあるでしょうとのこと。椰子の実で磨いたくらいでは減りませんよと、実物を見せてくれたが、ボクも触ってみてガッテンした。デッキブラシよりズット細かい繊維がぎっしり詰まったデッキには優しそうな道具だ。これは遠洋航海でハワイに寄った時に仕入れてくるらしい。

 それより、「汚れた時には石で磨くのでそっちの方では減りますね」とおっしゃる。 どんな石だろうと思っていたら大阪市の「あこがれ」のデッキにカットした椰子の実と15cm×15cm×厚さ10cm位の砥石が置いてあった。これだなと、納得した。
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 船尾よりの右舷デッキを歩いていると、どこからか、かすかなトンツーの音が聞こえてきた。もう大分前にGMDSSの発効でモールスは使わないようになっているのにぃ・・・と思いながら音の出ている方向に行ってみると左舷の無線室から聞こえてくる。
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 中を覗いてみると当直の通信士が事務的なお仕事をされている。モールスは頑丈な架台にセットされた無線機から聞こえてくる。そして、手前の机にはいまだ現役らしい「電鍵」が載っている。

 一緒に覗いていたオバサンがトンツーを聞きながら「SOSはこれでするの?」と質問した。
 通信士氏は笑いながら「遭難通信などは人工衛星をつかったシステムでやっています」 「いま、流れているモールスはアマチュア無線ですよ」とおっしゃる。

 そうなんだ。ボクにとっては“とっても難しかった”和文のモールスを自在にこなすプロの仕事は、全ての船舶がハイテク通信システムに変り不要になってしまったのだ。
 いまではかってのプロたちがトンツーでお喋りする場所はアマチュア無線の世界だけになってしまったようだ。

 船ではモールス符号を今でも、発光信号などには使うとおっしゃるが軍艦ならいざ知らず、商船ではきっとVHFでしょうね。


【関連記事】:チークデッキを張る
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by pac3jp | 2008-07-02 11:13 | 帆船  

6級海技士

5月初め、地元新聞夕刊にこんな記事(↓)が掲載された。


初の女性ペア、船長&機関長 神戸港の遊覧船

c0041039_911913.jpg 遊覧船に乗務する船長の瀬戸中智美さん(右)と機関長中沢望さん=神戸港(撮影・峰大二郎)

 神戸港の遊覧船「ファンタジー」(一五二トン)に、女性の船長と機関長のコンビが誕生した。女性が両方を担うのは珍しく、同港の遊覧船やクルーズ船では過去に例がないという。二人は「『神戸の遊覧船といえば女性の船長さんと機関長さんが乗る船』と観光客にいってもらえるよう頑張りたい」と張り切っている。(安福直剛) 

記事の全文はここをクリック。


 記事を読みながら、時代は変わり女性の職業として「船乗り」が選ばれる時代になってきたのだな、と強く感じた事だった。
 遊覧船でも20トン未満の小型船舶を使った船では女性の船長さんも前からいらっしゃった。だが、神戸港では小さい部類の遊覧船といえども総トン数が152トンともなるとボクから見るともう立派な本船だ。
 この船の運航には平水区域で200トン以下、出力750kw以下のエンジンを搭載した船舶の船長、機関長には6級海技士(航海、機関)以上の資格が必要なのだ。

 6級海技士は大型船舶の海技士になる最初の資格である。バブルの頃、土地投機で大もうけした不動産業者などが外国からデッキにヘリコプターを積んだ20トンをはるかに越える大型ボートなどを輸入して派手に乗り回していた。当時、不動産会社の社員などはこのボートの運航メンバーとして丙種航海士免許などを取に行かされた人もいたという。

 最近は内航船のブリッジ当直にも海技士資格が必要となり、資格を持たなかった船員さんに6級海技士の免許講習をする教習所が数多くある。所が、このところヨットハーバーでもこの資格が話題になる事があった。小型船舶操縦士からスキルアップして本船用の海技士を目指すヨットマン、ボートマンが出てきたのだ。
 その一人でボクの知り合いは、今は船舶関係の会社に勤めているが、既に通信教育コースを受講中だという。「テキストの内容も中々難しいよ」とおっしゃっていた。それにこれはプロの資格なので資格取得には乗船履歴がいるのだ。
 これがちょっと大変だが不可能なことは絶対ないはず。頑張ってください!!

 ハーバー近くの芦屋市に海技大学校がある。ここは3級~6級海技士までの内航船向け海技士の養成をしている学校で、そこの練習船「海技丸」は近くの深江岸壁にいつも泊っている。そうか、練習船は教室なので日曜日はお休みなのだ!

注【海技大学校は、船員(船員であった者及び船員になろうとする者を含む。)に対し船舶の運航に関する高度の学術及び技能を教授すること等により、船員の資質の向上を図り、もって海上輸送の安全の確保に資することを目的とする、船員の教育機関です】

c0041039_943795.jpg 練習船「海技丸」
  沿海区域・第4種船
  主要寸法
  全長:38.00メートル
   幅: 6.80メートル
  深さ: 3.30メートル
  喫水: 2.50メートル
総トン数:157トン
主機関 :800HP
 この船の船長は6級海技士(航海)、機関長は6級海技士(機関)と2名の船舶職員がいれば運航できるはずだ・・・。

 これから6級海技士資格を取ろうと思うと、正攻法では、まず船会社に就職して、海技大学校で座学1.5ヶ月+乗船実習2ヶ月を収め、会社の船に6ヶ月乗れば6級海技士の受験資格ができるので国家試験に合格すれば晴れて免許を獲得できる。

 ボクも小型船舶操縦士からスキルアップして、なにか世間の皆様のお役に立ちたいとは思っているが、その門戸はかなり狭そうだなぁ。
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by pac3jp | 2008-05-09 09:17 | 特殊船  

艦船の搭載艇あれこれ

 先日、神戸港開港140年の記念イベントで日本丸と海王丸の2隻が並んで停泊していた。ボク達は海上からこの姉妹船を見物したが、船名を確かめるまでどのフネが日本丸だか分らない位そっくりだ。最初に気がついたのは船首像が違うことだが、もう少し注意して見るとボート・ダビットに吊られた搭戴艇が違っていた。
 下の画像は日本丸のカッターだ。全く動力はなくオールで漕ぐライフボートである。
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 一方、海王丸に搭戴されているライフボートはエンジンが搭載された動力艇(↑画像)である。色も船体と同じく白く塗られていて船尾にガードで囲まれたプロペラが見える。
 本船に搭載される子ブネは親船の性格を凝縮されて作られていると言う。

 これらの帆船は、これから船舶の運航に関わる職業に就こうとしている若い学生たちが航海訓練につかう船である。帆船にはオールで漕ぐボートがよく似合うが、沖がかりで碇泊していると陸との連絡がちょっと不便でもある。サブアンカーワークでも機動力があれば手早くできる。海王丸は富山湾の事故のあと動力艇に変更されたのだろうか。

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 ↑巡視船「せっつ」の搭戴艇は海難救助も出来る高速のジェットボート(左舷)が1隻と普通の動力艇(右舷↑画像)1隻とオールで漕ぐカッター(両舷)が2隻の合計4隻の搭戴艇を持っている。沖で碇泊している「せっつ」の周りでよく見るのはやっぱり高速艇の方だ。しっかりとカバーが掛かったカッターはいつ使うのでしょうか。もしかして、春に新人の海上保安官が配属されてきた時、彼らの訓練のために積んでいるのでしようかね。ヘリ搭載の大型巡視船の搭戴艇としては手漕ぎのカッターはちょっと時代遅れと思うが他に使い道があるんだろう。

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 ついこの間見かけた潜水艦救難母艦「ちよだ」の艦戴艇(↑画像)は11m内火艇(36f)である。一般のDDでは7.9m内火艇(26f)を搭戴しているが「ちよだ」は沈没した潜水艦を救援するダイバーの支援業務用の装備や人員が乗るので大型の内火艇が搭載されている。

 ちなみに搭戴艇の艇ナンバーは右舷は奇数、左舷は偶数となっている。画像で紹介した帆船も巡視船も搭戴艇番号はそのように打ってあった。
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by pac3jp | 2007-12-14 11:21 | 帆船  

船首像(フィギュアヘッド)

 神戸港は幕末の開港から今年で140年になったそうで、その開港140周年記念行事の最後のイベントとして「KOBE帆船フェスタ2007」が日本丸と海王丸の2隻で「セールドリル」や船内の一般公開などが「勤労感謝の日」の3連休に行われた。

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 晴天の土曜日、最近は珍しいという2隻並んだ帆船を見物に行こうという仲間のヨットに便乗して神戸港へ出かけた。

 2隻の帆船はいつもの新港一突に係留していた。再開発予定で上屋が撤去された埠頭は広々としているが車と人、それにヘリの遊覧飛行までやっていて大変賑わっている。

 岸壁に沿って流しながら見学するが2500トンの帆船をヨットから見ると本当に大きい。両船は姉妹船なのでよく似ているのは当たり前だが、違うところも見つかった。まず帆船のシンボル、船首像(フィギュアヘッド)がどうも違うようだと気がついた。陸からつぶさに観察するのとは違って動くヨットの上から老眼で観察するので細かいところはよく分らないのだが・・・。

Webを検索してみると、
先代の日本丸、海王丸には船首像が無かったが、1985年に日本丸II世が就航した際に、「日本丸と海王丸に船首像を贈る運動」が企画され、全国からの募金により製作された。日本丸II世には「藍青(らんじょう)」という、しとやかに合掌している女性像が、海王丸には、まだ少女のあどけなさを残した顔立ちの横笛を吹く女性の「紺青(こんじょう)」が配された。これらの船首像は優しさのうちに凛々しさを秘めた日本女性の姿が表現されており、東京芸術大学の西大由教授によって制作されたものである。・・・とあった。

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 デジカメの画像をよく見ると確かに別々の女性像だし、手のしぐさも違う。ボクの好みは日本丸だな、とか思いながら写真のトリミングをしてみた。

 海王丸の船首像のほうがきれいな金色なのは製作時期は同じなので、先年富山での海難事故の際、この像も負傷して、その後のお化粧直しできれいになったのでしょうか。

 小さなヨットから港に停泊している帆船の長いバウスプリットが付く高いバウに取り付けられた船首像を見上げてているとあそこまで波に浸かるとは思えないが、外洋の大波にとっては2500トンの帆船は小さなものだ。多分、海が時化たら船首像はいつも波に洗われているのだろう。

c0041039_1641221.jpg 堅固に取り付けていても波のエネルギーで引きちぎられることもあるそうで、大阪市の「あこがれ」が世界1周航海の際どこかで落としたとか、航海記に書いてあったように思う・・・。右の画像は「あこがれ」の船首像。モデルは「ヤマトタケル」できっと勇ましい戦士の像なんでしょうね。でも女性像のほうがやさしくてボクはスキだなぁ。

 護衛艦の入港前の真鍮磨きは有名だが、日本丸も海王丸も港に入港する前には真鍮磨きと自慢のフィギュアヘッドのお手入れはしっかりするのだろう。潮をかぶっって白くなった船首像はすこし見っともないからね。
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by pac3jp | 2007-11-26 16:48 | 帆船