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明石海峡の潮流発電テストプラントのその後

 今年の6月末から明石海峡に面した淡路・岩屋港沖で潮流発電プラントの実証実験を行っているはずのノヴァエネルギー社のその後テストは順調に進んでいるのかなと少し気にかかっていたのだが、先週、地元新聞が岩屋沖の潮流発電用タービンが一基流出したと以下のように報道した。



 潮流発電タービンが流出 淡路島沖、海保が警報 

 15日夜、潮流発電を研究する神戸市中央区のベンチャー企業「ノヴァエネルギー」から「淡路市岩屋港沖の発電用タービンが流失した」と神戸海上保安部に通報があった。漂流するタービンとの接触事故の懸念もあるため同保安部は同日から16日にかけ付近を航行する船舶に注意を呼び掛け、捜索したが見つからなかった。

 同保安部などによると、流されたのは潮流を利用して発電するタービン2基のうち1基。直径3メートル、長さ6メートルの繊維強化プラスチック(FRP)製で、タービンに取り付けたプロペラが海中の潮流を受けて回転し、発電する仕組みだという。

 同社は6月から実用化の実験を開始。二つのタービンを漁船の側面に装着して海中で稼働させていた。15日午後8時ごろ、社員が確認した際は異常はなかったが、約1時間後に再度確認したところ、2基のうち1基が流されていたという。

 通報を受けた保安部は同日午後11時45分から明石海峡付近の船舶に対し、地域航行警報を発令。捜索するとともに周辺の漁協にも漂流物に注意するよう呼び掛けた。

 同社は「海面の揺れが激しかったため、接合器具が損傷したのかもしれない。器具を付けたまま流されており、海底に沈んだ可能性が高い」と説明している。同社は2基のうち異常のなかったタービンを岩屋港にえい航し、発電を中止した。
(神戸新聞Web版)




 ノヴァエネルギーの本社は確か2010年6月時点ではは兵庫・三木市となっていたが現在は神戸市中央区のビルに移転しているという。こちらのほうが諸事便利なんでしょうね。
 一度は岩屋港沖まで見学に行きたかったが未だに実現していない。実はボクの地元専用取材車はミニバイクなので「たこフェリー」の航路撤退で当分は淡路島方面の取材は難しくなった。でも春になれば新しい?フェリーが就航するかも・・・に期待しよう。

 でもWebで検索すると、遠い関東エリアの茨城県議会議員である井手よしひろが岩屋の潮流発電テストプラントを訪問取材したYou Tube動画が出てきた。どうもノヴァの社長さんが茨城県のご出身ということの縁らしい。




【関連記事】:明石海峡でベンチャー企業が潮流発電を試す
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by pac3jp | 2010-12-23 16:00 | ウオッチング  

明石海峡でベンチャー企業が潮流発電を試す

 明石海峡付近でヨット遊びを始めたウン十年前からず~っとこの早い潮流をエネルギーとして使えたら良いのにと思っていた。海保が航路ブイの電源に使う実験をしていたが、航路ブイは海中に浸かった過酷な環境のプロペラからエネルギーを回収するより、殆どメンテナンスフリーで使えるソーラーパネルの方が圧倒的に良かったのでしょう。もうやっていないらしい。でも、大出力発電となると潮流に歩があるのかも知れません。

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 昨日、隣の三木市で潮流発電を研究しているベンチャー企業が明石海峡に面した淡路・岩屋港で発電実験する10Kw×2基のテストプラントを漁船に装着したと報道してた。記事によると形はゴミが絡まないように丸みをおびたFRPのマグロ形で、タービンは長さ6m、直径3mだという。こんな大きなタービンを取り付けた船が入れる深い漁港があるのかなと心配している。推進力がなければ船から伸びたテールにタービンがぶら下がるようになるのか、あるいは中性浮力があり一定の深さに保っているだろうか・・・。

 ノヴァエネルギー社のHPから
簡単な発電システムの説明と今後の計画など

 漁船やブイ装着のアクアタイプの発電原理はノヴァ研究所独自開発のアクアタイプ水流タービンは流速1ノット(0.5m/sec)から回転を始めます。水流から生まれた回転力をテール内に組み込まれたフレキシブルシャフトを通し回転力を90度変換させ水上に設置した発電機を回す構造です。この装置を船舶や漁船、ブイやバージに取り付け発電力を蓄電池に充電します。

 今後の計画 2010年、春に10kw型の潮流発電装置を明石海峡に設置予定。
その後、明石海峡大橋固定型発電装置300kw型を橋脚に設置予定。
2020年までに、東シナ海での海流発電装置2,000kw型を800基設置し160万キロワットの巨大黒潮発電所を実現。

 しかし、同社が説明するマグロタービンとその発電能力がマッチしないという異論もあります。こちら→素人に分りやすい話

 ボクは中々壮大な計画で面白いと思うが、海洋に構造物を建設するにはまだまだ開発を要するテクノロジーも多くどうなるかは夢物語ですね。でも、明石海峡大橋に橋脚固定式の300kwの発電プラントが実現したら大したものです!
 発電プラントの技術面でも大変ですが、海上交通の難所で好漁場でもある明石海峡で工事と発電プラントの運用が出来るまでがもっと大変だと思います。まずは岩屋沖の10kw×2のテストプラントの成功をお祈りいたします。

【参考Web】:株式会社ノヴァエネルギーは海流発電のメーカーです。
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by pac3jp | 2010-06-23 15:13 | ウオッチング  

冬は浅瀬にご注意!

c0041039_114830.gif 師走12月、季節は冬だが厳しい寒さはまだまだ先だ。

 瀬戸内で冬のグルメクルージングと言えばまず「牡蠣」だろう。仲間内でお一人、牡蠣が特に大好きなヨットマンがいる。彼の大好物は「焼き牡蠣の食べ放題」である。いつでも100個は食べられると豪語している。

 そんな彼が「今年も赤穂に牡蠣を食いに行こうぜ!」といっていた。ところが彼は「オンザロックの○○」と自称するほど乗り上げ経験が豊富?だ。幸い沈没に至るほどの重大な事故はなかったらしいが一度は海難審判まで行ったとか・・・。

 冬のクルージングでは寒さも大変だが、冬は年間で最も潮位が低くなる時期だといわれ海保から下記のような注意が出ているので浅瀬が苦手の「オンザロックの○○」さんに教えてやろう。


冬は浅瀬に注意!

冬は、年間で最も潮位が低くなる時期です。
潮位が低い時には、海図に記載されている水深より実際の水深の方が浅くなることがあります。そのため、冬季には浅所を十分に避けた慎重な航行計画が必要となります。
また、潮位が低い時には水面から岸壁までの高さが非常に高くなるため、船舶の係留にも十分な注意が必要です。

大阪湾において、冬季(11月~ 2月)に潮が大きく引くのは、11月15日(土)頃、12月14日(日)頃、1月12日(月)頃、2月9日(月)頃の深夜から未明にかけての時間帯で、更にこの時期で最も潮位が低くなると予想されるのは、1月12日(神戸:マイナス34cm、大阪:マイナス35cm)です。

このほかにも、潮位がマイナスになる時期がありますので、航海の際には海上保安庁刊行の潮汐表を使用して下さい。
航海を目的とした利用はできませんが、各主要港湾における潮汐の推算曲線が、下記インターネットアドレスから入手できます。

海上保安庁海洋情報部のHP
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/


 湾奥の埋立地に設置されたヨットハーバーの桟橋は充分の深さがあり、デプスで見てもいつも10m以上の水深がある。そんなハーバーでヨットを置いていると潮汐や潮流などに鈍感になってくるようだ。でもクルージングにでると、海峡の潮は早く、漁港の岸壁は潮が引くと思いもよらず浅い時もある。ハーバーの浮き桟橋のようにやさしい場所は少ない。

 日頃からよくお月さん眺めて、今日の潮も予想しておく習慣が必要かも。それと同時に海図やGPSに表示されている水深より浅くなる時期もあるわけだ、しっかり情報を集め安全にクルージングしたいもんですね。
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by pac3jp | 2008-12-11 11:08 | シーマンシップ  

ヨットの座礁事故より

 5月の連休には近くのマリーナに所属するヨットが愛媛県・大三島付近の暗礁に乗り上げ、その後海保の現場検証をつぶさに見学したボクの仲間たちはその座礁事故から多くの教訓を学んだらしい・・・。

 最近、徳島海上保安部のホームページで小鳴門海峡南口、撫養港付近の暗礁に座礁したヨットの事故報告が掲載されていた。

 下図は徳島県鳴門市・撫養港付近のチャートである。中瀬灯標がありその北側の広い海面の殆どがヨットの通行は出来ない。
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 下の画像は海保が撮影した中瀬灯標と夫婦岩が見える画像だがヨットは潮波のたつ中瀬の暗礁付近にいるようだ。
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 ボクも何度かこの海峡を淡路側から入り通過したが撫養の中瀬灯標がなぜあんなに徳島側の向こうにあるのかと思ったものだった。中瀬灯標と大毛島のあいだには充分広い海面があり小型の釣り船はスイスイ走っているのに。でも海図を見れば直ぐに分る。浅い洲や瀬が広がっているのだ。

 乗り上げたヨットのスキッパーは「判っていたのについうっかりと(危険地帯に)入ってしまった」とおっしゃっていたと聞いたが、小鳴門海峡とはいえ連れ潮で航行中に直近で障害物を発見しても避けることは難しい。ましてや引き返すことはヨットのエンジンパワーから見ても大変だ。予めコースを引き、よく見張り、船位の確認をしながら航行することが肝心だ。

 座礁したヨットは横たわっていたが、やがて潮が上がり自力でキールは離礁した。だが潮流に流されラダーが又その暗礁にぶち当り、ラダー下部を折損した。船体はキール取り付け部に大きくクラックが入り、船内は衝撃でエンジンが2センチもずれていたとか修理業者が言っていた。

 当然ですが海保に救助要請をしても必要な人命救助はしてくれますが、座礁してしまった貴方の大事なヨットは引き出してくれませんよ。
 楽しいクルージングも一瞬の気の緩みで大事になります。航路は自分でよく確認して安全な航海をお楽しみ下さいね!!


以前の記事から:GWクルージングの教訓?
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by pac3jp | 2007-09-19 13:20 | シーマンシップ  

関門海峡の大砲(レプリカ)

 琵琶湖で活動するヨット「MUGEN」のオーナーさんが九州出張の途中に関門海峡に立ち寄り、長州砲の写真を写して送って下さった。そこは今を去る144年前、攘夷を叫ぶ長州藩と欧米列強の四国連合艦隊が砲撃を交わした歴史的な場所、関門海峡を望む壇ノ浦「みのすそ川公園」にその長州砲は設置されている。
 写真に写っているレプリカの大砲もまだ新しそうなので調べてみると、2004年大河ドラマ「新撰組!」に関連してここに設置されたらしい。桂小五郎(木戸孝允)役の俳優らが出席して完成式を行ったと出てきた。
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  長州はその無謀な下関戦争の後、高杉晋作らが藩の実権を握り、イギリスから最新式の武器を導入、軍備を増強し、薩長同盟が結ばれ、開国、倒幕へと大きな時代の流れに乗ってゆく。

 ボクもこの関門海峡、早鞆瀬戸を通過したことはあるがこの幅650mの狭い瀬戸をゆっくりと見物する時間も余裕もなかった。海峡の航路は曲がっていて多くの大型船が通行し、引き波や潮波で「ごちゃごちゃ」した海やなぁ、という印象だった。

 いつもは門司寄りの航路外を航行するが、今度は下関側を通り、狭い海峡を睨む「怖くないFRPの大砲群」を見物することにしようかな。

参考:以前の関連記事「わが長州砲流離譚 古川 薫著」
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by pac3jp | 2007-02-21 10:14 | 歴史・民俗  

暗岩・洗岩・干出岩

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 ヨットの大敵、「暗礁」はチャートで暗岩は+マーク、洗岩は米(こめ)マーク、干出岩は*・※マークが記されている。潮位が高くなれば暗岩は勿論だが、白い牙を剥いている危険な干出岩や洗岩もほぼ隠れてしまい、ただ静かな海面が広がっているようにしか見えない。

 和歌山・加太の田倉崎はプレジャーボートが暗礁に乗り上げる座礁事故の多い場所だと和歌山海上保安部がWebで注意を呼びかけているし、同じく田辺湾では暗岩、洗岩、干出岩、干出浜(岩)と海図図式の見本のように危険な障害物が並んでいて、不注意な船乗りを狙っている。ボクの知り合いもここで座礁してしまったフネは知ってるだけでも3隻はいる。

 こんな危険な海域も航路であれば浮標が入っていて、詳細な海図があれば容易に安全な航路を辿って行ける。でもヨットの航海はいつも本船航路ばかり走ってはいない。今日の停泊地が本船航路から外れた初めて入る小さな港や、湾奥の岬の脇にある小さな桟橋だったりする。

 入港には港域を詳細に記した港泊図が必要だが、そこまで完璧に海図を揃えているヨットはそうないだろう。最もその泊地が港泊図や小型船港湾案内にも載っていないかもしれない。その場合は手持ちで一番大尺度の海図を用意して、危険な場所を避けアプローチのコースをひく。後はチャート上で船位を確認しながら泊地に入ってゆく事になる。

 例えば9月29日付《前方ソナー》で書いた広島・江田内「能美海の駅」はチャートは広島湾(1/60000)である。港泊図はない。湾内の海面は広島名物の牡蠣筏が一杯である。目的の係留場所は暗礁地帯の東側にある。桟橋の管理者は「大回りして入ってください」といっている。

 こんな状況には紙海図とGPSの組み合わせでは位置の確認は大層だが、電子チャートとGPSによるナビゲーションは非常に簡単である。
 ↓は紙海図に出航コースを書き込んだもの。入港はショートカットをして大騒ぎになった!
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 同じく電子チャートが描く付近のチャート↓。 実際はフネの位置と航跡が表示される。
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 干潮時に入れば洗岩、干出岩などの概要は判るが、運悪く満潮時に当たるとその暗礁がある海面に小さいボールブイが浮かんでいるだけだ。これは地元船のみが理解できるブイでビジターは全く何かわからない。こういう危険な場所には海保でしっかりとした浮標を入れて欲しいもんだとのご意見(仲間内で・・・)もあるが、まぁ、しっかりとナビゲーションするしかないでしょうね。
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by pac3jp | 2006-10-02 09:48 | シーマンシップ  

ビームアンカーを打つ

 クルージング先の港で泊まる時、浮桟橋があれば便利で良いが、その周辺の状況を見てビームアンカーを打たなくてはならない事もある。
 例えば、艇の横から吹く風が強くなり、フェンダーが潰れてしまう程になりそうな時。あるいは係留した場所が港内の航路に面していて大きな引き波が艇を揺らし、桟橋や岸壁に激しく打ち付けられるなど、また、潮汐によってフェンダーがその効果を無くしてしまう、あるいはそのような可能性があるときにはビームアンカーを入れておくべきだ。
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 昨年は五島列島奈良尾港、壱岐芦辺港の浮き桟橋で2回、神戸港などの本船用岸壁で2回打った。ビームアンカーを打ち損ねて俵フェンダーが潰れてしまったことが九州で1回あった。

《 打ち方 》
 空いた岸壁や桟橋のまず、沖に錨を入れて、ゆっくりと槍着けの要領で近づく。そして、陸や桟橋からロープを取ったのち船を回して横着けにし、船尾のラインを船体中央のクリートかマストのあたりのステーまで回して来て止める。アンカーラインが船の真横方向に延びるからビームアンカーと言う。横を通る船が引っかけないように、アンカーモニターを吊るしてロープの角度を深くする必要がある。これで普通の日和なら岸壁と船の間は適当に開いて、舷側の汚れや傷みの心配がない。
 風が強くなってきたり、風向が変れば、ビームアンカーを逆Y型にしてバウとスターンから引き、風向に合わせて艇の姿勢を調節する。

 でもあるとき、ボク達は旅先の浮桟橋にいた。その夜強風が予想されたのでビームアンカーを入れて岸からも長いロープでまし舫いを取ったが、後から入ってきたロングクルージングのヨットは丈夫そうなタイヤフェンダーを入れただけだった。フネが風に押されてフェンダーでゴリゴリ擦られても平気のようだ。確かにアンカーを打ったり、また回収するのはメンドクサイ。でも夜中にステーがヒューヒューと鳴り、マストに受ける風圧でヨットがヒールし、桟橋に押し付けられる音を聞くのはメンドクサさを越える辛さだ。クルーが乗っていても嫌がる時もあるが、断固アンカーを打つことにしている。
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 ↑画像は今年4月、愛媛県今治港で係留した時の画像だ。港務所は港内で係留可能な岸壁としてこの場所を指定し、槍付けは通行の船舶に邪魔なので不可。横付け、ただし、これから大分潮が引くのでペンドルはしっかり入れときなさいよと注意して、25円の停泊料を徴収していった。この岸壁はゴムの防舷材の下1m位で垂直の岸壁はなくなっていて、奥に鋼板の矢板が見えてくるはずだ。
 風は旗で分かるが岸壁に吹き寄せられる風だ。手順通りに逆Y型にビームアンカーを入れ岸壁から1mほど引き離した。

 さらに暫くすると船首側の空きバースにタンカーが入ってきた。出航用のアンカーをボクのアンカーの上に落とそうとするので本船のバウマンにアピールする。すぐ近くにガラガラ、じゃぽーんと錨を落として後進で割り込んできた。

確かに活気のある本船用の港に着けるのは苦労も多いが、でも、たまには面白い事にも出合う。これからも時々は片隅にお邪魔したいと思っている。
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by pac3jp | 2006-06-14 09:26 | アンカー  

潮汐表を使う


c0041039_132326.jpg 西日本のクルージングヨットでは瀬戸内海・九州・南西諸島沿岸潮汐表を使う人が多いだろう。小型でコンパクトサイズなのでボクも毎年購入し愛用している。

 瀬戸内海のクルージングでは大潮周りでは特に潮汐の差が大きい。潮汐表に載っていない漁港等で係留するとき、基準港から簡単な計算で潮汐を求めることになる。

2006.4.29 月齢1.3日大潮 小豆島土庄東港隣の浅い漁港で午後4時に入港した時の潮汐の計算をしてみた。

基準港は宇野港。4/29 高潮 11:14 206cm
        4/29 低潮 17:49 7cm
        4/30 高潮 00:41 245cm

改正数値は備讃瀬戸地蔵埼と同じとした。
          潮時差 -0:15
          潮高比 0.70

今日の王子漁港の潮高は上記の改正数から
     高潮は10:59 潮高は144cm
     低潮は17:34 潮高は 5cm 従って満潮から139cm引く事になる。

そこで16:00における潮高を計算してみる。潮汐表(P214)の任意時の潮高を求める表から計算する。
表の下部に詳しい例題があり、判りやすい。

表と計算から16:00の潮高は23cmとなる。測深計の値からまだ干潮まで18cmは下がることになる

低潮時の時間と現在時の測深計の数値とヨットの喫水を確認してキールが着底するならば深いところに移動が必要だ。
また高潮時にヨットを着けた岸壁が冠水してフェンダーが効かなくなる場所もあるので要注意だ。

計算がめんどくさい人は水路協会から電子潮見表のCD-R版も発売されているが、全国7ヶ所に分割されていて各々5,250円もする。
だが、このソフトを買うお金が有って、ヨット内でパソコンが使えてたら全国807港の潮汐データが表示できるよ。
ちなみに画像の沿岸潮汐表のエリアをカバーするには3本のソフトが必要です。
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by pac3jp | 2006-05-10 13:32 | シーマンシップ  

瀬戸内海で両潮に乗る

 
 大阪湾から西へ瀬戸内をクルージングするヨットは必ず、潮汐流を考えて航海することが肝要だ。
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 瀬戸内海は紀伊水道から流れ込む海水と、豊後水道から流れ込む海水の潮汐流で潮の満ち引きがある。この海域の分水嶺は燧灘にあるらしい。
 下記は瀬戸内海に船速6ノットの機帆船が航海していた時代の記述だが、潮の速さは昔とちっとも変らないが、機帆船は6ノットで走る機帆走のヨットに当てはめても同じだ。
 8月の夏休みに九州までヨットを回航する予定があり、乗り手が充分揃っているフネは試してみたらどうでしょうか。



「両潮に乗るには」 明石海峡中央部の西流の最強時は神戸港の満潮時と同じく、東流の最強時は神戸港の干潮時と一致する。
 この関係は毎月二回の大潮時に特に著しく、小潮時には若干乱れる。この特徴を利用して、神戸港から関門付近に向かう機帆船のように、船速が6ノット程度の小型船舶は、神戸港の満潮前二時間前に出発し、西流の最強時に明石海峡を西航する。
 このような航法をとると、備後灘東部での紀伊・豊後の両潮浪の出合点もうまく通過し、ほとんどの航路を順潮で通過できて、逆潮航法と比較して最低七時間もはやく目的地に到達することがわかっている。
                (「瀬戸内海の潮汐」より)


 
 運良く大潮のつれ潮でラッキーの場合はよいが、運悪く全部逆潮になってしまって、時間は掛かるし、燃料は残り少なくなってきたし、日も暮れてきたと、最悪の場面もありえるので、ボクはいつも潮汐表を手元に置き、特に狭水道の潮汐流には充分に注意を払って航海している。
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by pac3jp | 2006-05-08 11:26 | シーマンシップ  

200年前 瀬戸内海の船旅

c0041039_10114087.jpg 瀬戸内海は島多く波穏かなこともあって海上交通は大昔から栄えてきた。

江戸時代も後期にはいると一般の人たちもあちこちへ旅をするようになってきていた。当時の旅は伊勢神宮参拝を始め各地の有名な神社仏閣詣だったが、物流の増加に伴ってビジネスでの旅も増えていた。
 そして歩かなくても良いので当時の海の新幹線?とでも言うべき早舟をチャーターして役人や裕福な商人、豪農などが瀬戸内の旅を楽しんだそうだ。



 記録によると享保3年(1802年)商用で長崎に行っていた古河某は供二人をつれ、下関から大阪まで早舟をチャーターし帰ることにした。
 早舟は全長10mばかりで帆柱は一本、四人水主乗組みである。料金は三日半請け受合いで二百四十目(小判4両)、他に食費一日百文づつ。途中に宮島に寄港する契約。

9月26日 下関を昼に出帆。夜10時上ノ関着
9月27日 朝6時上ノ関を出帆。午後3時 安芸宮島へ到着。厳島神社を参詣し、夕刻出帆。音戸の瀬戸を通し忠海沖で夜明け。
9月28日 朝8時はなぐり瀬戸を通し、午後2時過ぎに備後鞆に着 保命酒を買いすぐ出帆。その夜備前牛窓にて夜明け。
9月29日 天気よくも風弱く暫く夕方播州明石の沖に至る。その夜始終櫓4丁にて櫓走。夜明け方大阪安治川川口に到着。

 この航海は下関→大阪間、約275海里を二日と18時間で走破した。上ノ関で8時間と宮島で3時間ばかり停泊したから、航行時間は55時間になる。平均速度は5ノットだった。但し、風の弱かった明石→大阪間の櫓走は2ノット弱である。(逆潮だったみたいだ)

 瀬戸内海の航海は必ず潮流を考えて航行しなければならないのは今も昔も同様である。1日目のコースは平均速度は7.4ノットだ。潮にも乗っていたのだろうがかなりの速度である。
 上ノ関で8時間停泊したのも潮の調整時間だろう。順調に航海してきたが播磨灘で風が弱かったので明石の潮に間に合わず、微風もあって櫓走になったのだろうと想像する。

  参考文献 「日本航海術史 : 古代から幕末まで」 飯田嘉郎 著

 
 エンジンのない33fのヨットで瀬戸内海を平均5ノットで航海するのはボクの腕では難しいというよりはできないね。この船はプロが運航する貨客船なので我々アマチュアの運用技術を遥かに越えているし、この時代には早舟のような小型帆船の航路もしっかりと確立されていたのだろう。
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by pac3jp | 2006-04-28 10:19 | 歴史・民俗