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伝説の「黒ひげ」の海賊船から錨を回収する!

 5月にはジャック・スパロウの「パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉」が封切りされて「黒ひげ」も出るので是非とも見てこようと思っていたが、見逃してしまい、残念ながら今度はWOWOWで見るしかないなぁと、あきらめていたが、先日、カリブ海最強の海賊だった「黒ひげ」の旗艦「クイーン・アンズ・リベンジ号」(アン女王の復讐号)の錨が引き揚げられたと報道されていたのでちょっと黒ひげを調べてみた。

 伝説の海賊「黒ひげ」船のいかりを回収 米調査隊  2011.05.28(CNN)

c0041039_7541084.jpg ノースカロライナ州沖の海底を探索している同州の調査隊は27日、18世紀に活躍した伝説の海賊「黒ひげ」の旗艦のいかりを回収した。このいかりは黒ひげの旗艦「クイーン・アンズ・リベンジ号」の3つのいかりの1つで、重さは3000ポンド(約1360キロ)ある。
続きはここから 


 海賊船「クイーン・アンズ・リベンジ号」は1718年に米ノースカロライナ州ボーフォート沖の浅水域を航行して座礁・沈没したと考えられている。同船は278年後の1996年にトレジャーハンターたちによって発見された。そこはボーフォートのアトランティック・ビーチの2kmほど沖の水深7mの場所だった。その後、船は州当局に委譲され、考古学者や博物館員が少しずつ積み荷を引き揚げてきた。将来はノースカロライナ海洋博物に収蔵する予定で数年前から段階的に船に積まれている品の回収作業が行われている。

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 「黒ひげ」はイギリス生まれの海賊。1716年から1718年にかけて北は米ペンシルベニア州から南はカリブ海まで荒らしまわった事で知られる。 黒ひげは注目されるのが大好きだった。燃える瞳と轟くような声をもつこの巨漢は、深紅のマントを愛用していた。戦いに飛び込む際には点火した導火線を髪にからめ、胸には6丁の拳銃を吊り下げた。ラム酒に火薬を注ぎ込み、火をつけてから飲み下すのが好きだったとも言われている。この余りに印象的な黒髭の姿が、後の小説や劇、映画などに登場する海賊の姿の元になった。

 黒ひげと呼ばれた男、エドワード・ティーチの出自は明らかではない。『ロビンソン・クルーソー』の作者デフォーと同一人物という説もあるチャールズ・ジョンソン大佐は、1724年の大著『英国海賊史』で、英国ブリストル出身と記した。黒ひげ伝説の大半は同書が基になっている。

 ティーチは、英国王に敵船の略奪を許された私掠船の乗組員から海賊に転じたという。当時の英国にはティーチと同じような船員上がりの海賊が何千人もいた。なにしろ1隻襲撃すれば、稼ぎは当時の金額で2万ポンド(現在の約5億円)に達することもあったのだから無理もない。山分けしてもその取り分は、堅気の船員が生涯に稼ぐ金額の何倍にもなったのだ。

 ティーチが海賊として名をはせたのは1716年、ベンジャミン・ホーニゴールド大佐という有力な海賊の下で帆船を指揮していた頃だ。ティーチはほどなくホーニゴールドの傘下を離れ、スティード・ボネット少佐と連合船団を組む。

c0041039_7562033.jpg ボネットはカリブ海の島、バルバドスの裕福な農園主だったが、口うるさい妻から逃れるために海賊になったと伝えられている。ティーチの指揮で、二人の船団は、現在のキューバのハバナから米国東岸のデラウェア湾の海域を席巻し、11隻の船を捕らえた。
(右画像は黒ひげの海賊旗)

 カリブ海のセント・ビンセント島付近で、ティーチはフランスの奴隷船ラ・コンコルド号を襲ったことがある。相手が投降すると、ティーチはベキア島という小島に乗組員や奴隷の大半を下ろし、小さな帆船と数トンの豆だけを残して置き去りにした。奪った大型の奴隷船には40門の大砲を据え付け、船名を“アン女王の復讐”と改めた。こうして当時のカリブ海で最大最強クラスの海賊船を手に入れたティーチは、意気揚々と出帆していった。その時から1年以上に及ぶ、歴史に残る略奪の旅が始まった。

 やがて黒ひげとその船団はイギリスの軍艦、パール(HMS Pearl)によって、ノースカロライナ州オラコーク湾に追い詰められた。激しい戦いの中で黒髭は死ぬまでに25回以上剣や銃で傷つけられながらも暴れ回り、死後にパール艦長のロバート・メイナードの手によって首を切り落とされた。彼の頭は船首に吊るされた。


 引き揚げられたフィッシャーマンタイプのアンカーは1360kgとさすがに大きなものですね。船が大型の航洋帆船なので当然ですが日本では18世紀の千石船には1番錨で300kgくらいでしたね。でも8番錨までと数は持っていましたよ。

 獰猛で知られるカリブの海賊の頭目にも恐妻家はいたようですね!!
  (アンダーライン部分参照)

【参考Web】1:カリブ海最強の海賊:18世紀初頭、米国東岸とカリブ海を席巻した伝説の海賊「黒ひげ」。ノースカロライナ沖の沈没船調査の結果から、その実像に迫る。
【参考Web】2:ノースカロライナ海洋博物館
  
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by pac3jp | 2011-07-18 08:00 | 歴史・民俗  

「遭難船のダイヤを追え! 」 クライブ・カッスラー著

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 19世紀のアフリカ。イギリス人が現地人から奪った大量のダイヤ原石は砂嵐で船が難破し、夢と消えた。そして現在、その「宝探し」に巻き込まれたセキュリティ会社会長のカブリーヨは、同じ折りに著名な研究所所長誘拐事件の無線を偶然傍受し、人質奪還に乗り出す!ハイテク秘密工作船オレゴン号を自在に操る現代の騎士、ファン・カブリーヨ登場。 (「BOOK」データベースより)

 まだ小さなフネも持っていなかった頃、お金があったらあんなフネ、いやこんなフネがいいなと船の雑誌などを見ながら楽しい想像を巡らせたものだった。そして、もし桁違いの大金が手に入ったならどんなエンジンや装備をつけたフネにしようかと夢想を膨らませたこともあったなぁ。

 この物語の主人公、元CIA局員で民間警備会社<カンパニー>を経営するファン・カブリーヨはそんな思いの全てつぎ込み建造した「ハイテク秘密工作船オレゴン号」でクルーの元特殊部隊出身者や関連分野のエキスパート達とともに強欲な革命武装勢力や狂信的な環境テロリストとの戦いでしっかり“稼いでゆく”という海洋冒険物語である。

 表紙の画像がオレゴン号とその搭戴救命艇が出撃する場面を描いているが、母船はオンボロトランパーに仮装されているが実質は1万トン級高速巡洋艦の実力がある。

 オレゴン号はLOA170m、11,000トンの元木材運搬船を大改造しているが、エンジンは強力な「磁気流体力学機関」で超伝導コイルで流れる海水からエネルギーを取り出し二基のベクトルノズルのウオータージェットでこの大型船を40ノットの高速航行することが出来る能力をもつ。

 武装はロシアの堕落した提督から買ったという巡航ミサイルと魚雷、30ミリガトリング砲、M1A2アブラムズ戦車と同じ目標捕捉技術を使用する120ミリ砲、敵の乗船攻撃を撃退するためのサーボ機構付きの30口径機関銃。武装はすべて船腹の内側に隠され、あるいは甲板上のガラクタに偽装されている。そしてその諸々の兵器管制や機関・位置制御などは船内深くにあり、あのNASA風の作戦指令室で行なわれる。

 浅く狭い海域海域では搭戴している武装した高速のゾデァックがウエルデッキから、隠密で行動する時は船内ムーンプールから小型潜水艇が出動できる。当然、高速で乗員を移動させる時や空から救出・侵入する時の為に船内の航空機格納庫には高性能ヘリが用意されている。

 航洋貨物船なので救命艇を搭載する義務があるので両舷に2隻が装備されている。表紙の画像に描かれたライフボートも高性能に改装されているのだ。キャビンは豪華な大型テレビがセットされ長距離の航海にも退屈することがないようにしてある。また一朝あるときは通常エンジンの運転に替わり高出力のエンジンが起動し船底からは水中翼が出てきて艇速は40ノットになるのだ。

 こんなハイテク秘密工作船を駆使して要人救出や国家の裏の仕事を請け負い、縦横無尽に活躍する物語りは本当に面白い。今回の本の舞台はボクのよく知らないアフリカ大西洋側のコンゴ川やナミビア周辺が舞台なので時々分厚い世界地図など広げて位置を確認しながら楽しんでいくのだが面白かったので上下二冊をあっという間に読みきってしまった。

 このシリーズ本はすでに大分出版さているのでこれからボチボチと集めて読んでみたいと思っている。
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by pac3jp | 2011-05-01 11:45 |  

「シー・シェパード」の活動家はどんな人達?

 昨年の2010年1月、日本の「第2昭南丸」と衝突し、沈没した「シー・シェパード」の抗議船「アディ・ギル号」の仕返しだったのか、今年は2月9日から母船に対して特に激しい抗議活動があったので南極海で行われていた日本の調査捕鯨が遂に中止になったようです。

 調査捕鯨中止の報道では色んな裏読みもあり本当のことは良く分りませんが、シー・シェパードの妨害行為はボクから見れば立派な環境テロリストの範疇に入る団体です。そんな団体に参加しているのはどんな人たちだろう? 夏でも南極海は特別に寒い日もあるだろう、大時化の時もあり、流氷が流れる危険な海で妨害活動しているのは、一般的には大柄で逞しい海賊風の男性をイメージしてしまうが、意外と若い女性や中年のおっちゃん風のメンバーもいるという。

 ボランティア・メンバー募集の際「シー・シェパード」がする業務内容の説明は「給与なし、長時間勤務、重労働、危険な職場環境、悪天候多し」と一時日本でも流行った「3K」を遥かに上回る悪条件だが、世界中から「クジラを救いたい」と集まる毎年1000人もの人びとが応募してくるという。「不平不満を言う人、ふかふかのマットレスが好きな人、それに弱虫」は応募しないでいただきたい、というのがシー・シェパードのスタンツだが、中には珍しい体験の出来るアドベンチャーツアーのつもりでやってくる応募者もいるのだろう。

c0041039_5494667.jpg 「シー・シェパード」の抗議母船「スティーブ・アーウィン号」の船上でポーズをとるジョージー・ディックスさん(23)

 ディックスさんは、1月初めに日本の調査捕鯨船と衝突したときなどが最もスリリングだったと語る。「ええ、とんでもなく怖かったわ」とディックスさんは認める。「でもね、人は物事を受け入れていくものよ。あれは、とっても緊張した1日だったわ。とても興奮して、スリリングで、クジラたちを救うためにわたしが実際に何かしているんだって感じたわ」。
「クジラを救うこと、それはわたしが6歳のころからやりたかったことよ」。時化の海は辛いが、ディックスさんは甲板員として、ほとんどの時間を船の清掃に費やしている。

c0041039_5502166.jpg 「シー・シェパード」の2代目抗議船「ゴジラ号」の船上でポーズをとるケビン・マギンティさん(47)。 
 
 ケビン・マギンティさんは、SSの抗議船「ゴジラ」に乗るボランティアだ。 マギンティさんはオーストラリア西部で電気工事の請負業を小さく営んでいる。港に停泊中のSS船舶の電気修理を行ったのがきっかけで、今年の抗議活動に参加したという。「直接行動を戦略とするシー・シェパードは、地上で最も有効な保護団体だと思うね」と語った。だが、3か月にも及ぶことのある活動の過酷な条件には苦笑いする。「無給できつい環境で働きたいなら、ここが絶好の場所だよ」と。

c0041039_5505692.jpg 「シー・シェパード」代表のポール・ワトソン

 日本の調査捕鯨の妨害を指揮した疑いが強いとして傷害容疑などで国際手配中のポール・ワトソン容疑者は「(日本政府の)方針を歓迎する。クジラたちにとっての勝利だ」と述べた。ワトソン容疑者は、クジラの解体や保管をする母船「日新丸」の活動を妨害したことで「彼ら(日本側)には捕鯨活動を中止するしか方法はなかった」として、成果を強調。今季は計3隻の抗議船を派遣したが、来季はさらに1隻を増やす意向という。調査捕鯨には「クジラはとても知的な生き物。クジラを敬い、殺害するのをやめるべきだ」と訴えた。(共同通信)

 経歴は、1977年、国際的な環境保護団体であるグリーンピース (NGO)に所属していたが、抗議の際の非暴力に不満を持ち、脱退してSea Shepherdを設立した。動物から取られた食材(牛乳、チーズなど)を取らない菜食主義であるとし、根拠として大量の植物を必要とする家畜は環境に負荷がかかるという主旨を挙げた。当然だが、鯨肉は食べたことがないと語っている。ただし、その体型は欧米でよく見られる肥満体型で、専門医などは「明らかに動物性たんぱく質と脂質の過大摂取」と診断しており、さらには飲食店で動物性食品を食べている姿を目撃されるなど、本当に菜食主義であるかは疑わしい。(ウィッキペディア) 

冷たさが心地よいある晴れた日、抗議船が氷を砕きながら氷海を進んでいるとき、ナガスクジラとザトウクジラの群れが、急浮上してきたという。「調査捕鯨船が水平線の遠くに見えていて、とても奇妙な瞬間だった」とディックスさんは振り返る。「辺り一帯にあの美しい動物たちがいるのを見て、あの捕鯨船の人びとのクジラに対する考え方と、わたしたちのクジラに対する考えが、まるで異なっていることに気づいて……突然、啓示を受けた瞬間だったわ」

 日本でも年々鯨肉を食べる人が少なくなってきて5000トンも在庫がたまっているという報道もあるが、ボクもこの数年は食したことがない。学校給食にクジラを食べた世代で庶民の食材だと思っていたのにいまや高級食材となり、我家の食卓には殆どやってこない。それに若い世代はクジラに対する郷愁もないし、日本人の鯨食文化に未練はない様だから大規模な母船式の捕鯨はもう限界かもしれないなあ。


【関連記事】:2011年 またも騒がしくなってきた南極海  
【参考Web】:AFPNews「過酷な仕事」覚悟でシー・シェパードに参加する人たち」
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by pac3jp | 2011-02-21 05:55 | ウオッチング  

2010年のIMB海賊報告センターレポート

 アデン湾などソマリア沖での海賊被害が時々新聞などで報道されるが、ボクはもうボツボツ収まってくるのかななんて思いながら記事を読んでいた。
 国際社会はNATO諸国をはじめ日本も護衛艦「きりさめ」「ゆうだち」の2隻とP-3C哨戒機を2機派遣しているし、中国や韓国も新鋭艦をこのエリアに派遣し商船を海賊被害から守る活動を続けているという。だが↓画像の、2010年海賊被害マップを見て驚いた。
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 大西洋とインド洋、マラッカ海峡から東シナ海に至る海のマップ上に実際に海賊被害にあった船舶と攻撃されそうだった船、それに不審船がマークされているが、特にソマリア沖から紅海、イエメン沖などインド洋にマークが重なりあってしまっている。
 でも良く見ると海賊が現れた回数は多いが実際の被害にあった船はその割には少ないようで、各国の海軍が出動していて護衛活動している効果は充分あるようだ。実際のマップはここをクリックして下さい。

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 米国海軍艦艇から撮影したソマリア沖の海賊。
AK47やその他の自動小銃、RPG-7などで武装している。

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■2010年8月19日、P-3Cが不審な物件を搭載したダウ船(多数のドラム缶を積載)及び上の画像の小型船舶(8名乗船、はしごを搭載、船外機2基を装備)を視認し、付近に所在する艦艇に情報提供を行った。フランス艦艇から発艦したヘリコプターは、不審な小型船舶の前方に警告射撃を行い停船させ、フランス艦艇による立入検査を実施したが、海賊の疑いはあったものの、証拠不十分であったため、解放した。
(海自Web P-3C活動報告より)

 警備艦艇の派遣状況は以下の25カ国になる。

1.アメリカ 2.イギリス 3.イタリア 4.イラン 5.インド 6.オーストラリア 7.オランダ 8.カナダ 9.ギリシャ 10.サウジアラビア 11.スウェーデン 12.スペイン 13.シンガポール 14.韓国 15.中国 16.デンマーク 17.ドイツ 18.トルコ 19.日本 20.ニュージーランド 21.パキスタン 22.フランス 23.ポルトガル 24.マレーシア 25.ロシア
(Wikipedia 「ソマリア沖の海賊」より)

 多くの海賊の中にはドジな連中もいて軍艦を獲物と間違って襲い、各国海軍の連携作戦の標的にされたしまった海賊もいたようだ。

 2009年3月29日、ソマリア沖のアデン湾において海賊がドイツ海軍のレーン級補給艦シュペッサルトを襲撃する事件が発生した。アメリカ海軍第5艦隊のプレスリリースによれば、シュペッサルトは海賊から銃撃を受け、それに対し乗船していた武装警備隊員が銃によって反撃を行った。
 その後シュペッサルトは各国海軍に対し応援を求め、オランダ海軍のフリゲート デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン、スペイン海軍のフリゲート ヴィクトリア搭載のSH-60Bヘリコプター、スペイン空軍のP-3M哨戒機、さらにはアメリカ海軍のワスプ級強襲揚陸艦ボクサー搭載の海兵隊ヘリであるAH-1W及びUH-1、及びギリシャ海軍のフリゲート プサラなどと共に海賊を追跡した。
 およそ5時間の追跡の後、シュペッサルトの武装警備隊及び臨検チームが7名の海賊を拘束し、彼らの武器を押収した。アメリカ軍によれば、海賊達がドイツ海軍の補給艦を民間船舶と勘違いして襲撃した可能性があるとしている。



 日本の重要なシーレーンであるマラッカ海峡周辺エリアの海賊被害の数はソマリア沖より少ないが警備する艦艇が少ないのか襲撃が成功してしまう確率が高そうなのが問題ですね。

最新News韓国人8人乗船の運搬船がインド洋で乗っ取り (中央日報 1/16)

【関連記事】1:ソマリアの海賊たち
【関連記事】2:インドネシアに巡視艇3隻の引渡し 
【参考Web】:ソマリア沖の海賊 Wikipedia
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by pac3jp | 2011-01-15 17:58 | ウオッチング  

2011年 またも騒がしくなってきた南極海

 1月になって南極海で日本の調査捕鯨が始まったらしく、またもやシーシェパード(SC)の妨害活動を各メディアが一斉に報道した。

c0041039_636347.jpg 今シーズンからSCは沈没したアディ・ギル号の代りの突撃ボートに「ゴジラ号」が登場した。このトリマランボートは前のボートによく似た外観をしているが、船体長は12mも大きく、排水量41トン、全長34.9m、幅14.1m、速力24ノットでその前身は1998年に動力船による世界一周の最短記録(74日20時間58分)を作ったケーブル&ワイヤレス・アドベンチャラーでその後オーシャン・アドベンチャラーとなっていた。

c0041039_6395795.jpg ちなみにアディ・ギルの前身アースレースは2008年に60日23時間19分の新記録だったので「ゴジラ号」は10年前だったが24ノットの速度では2週間も余分にかかっている訳だ。でも、遅いといっても捕鯨船と競えば充分に早い速力を持っているがアディ・ギル号と同じ高速タイプのトライマランなので細かい操縦性能に不安はないのだろうか?

 一方南極海での活動はゾディアックなどを多数搭載し、ドクロマークを衛星通信用レドームにを書き込んだ母船がいる。スティーブ・アーウィン号だ。
全長53m、速力16ノット、排水量1000トン、船籍オランダ。

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 日本の調査捕鯨船はエコテロリスト達の妨害活動に放水銃などで対抗している。

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c0041039_6454618.jpg まぁ、民間船は海賊やテロリストにもそう強力な武器をつかう訳にはいかないが、中東のアデン湾で海賊対処活動している自衛艦などはM-2機銃と共に長距離音響発生装(LRAD)などで海賊を撃退しているそうなので大音響装置は使える可能性はありそうだがちょっと高いかもしれないなあ。

 ・・・などと思っていたが、調査捕鯨船には既に装備されていてLRADを使って抗議船を撃退したことがあるそうです。

【LRAD】とは 
テロリストなどの接近を妨害するため搭戴されている対人用で非殺傷性(生命に危険を及ぼさない)のものでは、転倒や打撲の危険がつきまとう高圧放水などよりも安全に暴徒を鎮圧することが期待されているが、大音圧に曝された場合(特に130dB SPL以上では瞬間的であっても)、2008年時点の医学では治療困難な音響性外傷や感音性難聴などの障害が残る可能性がある。

この装置はモデルによるが、直径80cm程度の椀型か四角形をしており、重量は30kg前後で、有効範囲にある対象に向け作動させる事で、攻撃の意欲を無くさせる効果もある。これは暴動などの際に催涙ガス(催涙弾など)を使用すると呼吸器疾患のある者が重体となったり死亡する危険性があるため、これに代わるものとしての利用が期待されている。ただしその一方で、断続的に強力な音波を照射された場合、聴覚障害の危険性があることも示唆されている。このため運用面では、制圧目的の場合には一度に数秒程度とし、連続照射を前提としていないことがメーカー側から示されている。

この装置は、指向性を持っているため距離の離れた限られた範囲内に音声メッセージを明確に伝えることにも利用でき、例えば災害発生時に相手側に無線受信機がなくても被災者に適切な指示を伝えたり、群衆の中の特定集団にのみ指示を出す(廻りの人間の妨げに成らない)事も可能である。

また、2009年2月7日に報じられたところでは、調査捕鯨船に対して抗議船による体当りなど、過激な妨害活動を行っているシー・シェパードに対し、日本の調査捕鯨船団が2009年2月からLRADを用いて、同団体の接近を阻止することに成功している。管轄する水産庁側は、事前に警察庁などと協議し、国内、国際法のいずれにも抵触しないことを確認し、違法性は無いとしている。抗議船船長は「この装置により妨害活動に集中することが困難になったことを認めざるを得ない」とコメントしているため、期待された効果を発揮しているようである。
(ウィッキペディアより)

【関連記事】1:エコテロリスト シーシェパードの新兵器!! 
      2:シー・シェパード「アディ・ギル号」南極海での行状! 

【参考Web】:シーシェーパード 調査捕鯨を妨害 南極海 日経WEB版
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by pac3jp | 2011-01-07 07:05 | 漁船  

三島水軍 海賊流車輪船図など

 三島海賊衆は豊臣秀吉の天下統一により海で自由な活動が出来なくなり、来島村上氏は小さいながらも秀吉傘下の大名となり、因島村上氏と能島村上氏は毛利水軍に組み込まれ、それぞれ立場でその後の時代を生きてゆく。 そして、彼等の戦いの経験から海賊流の軍学なるものを作り上げている。

 因みに日露戦争の連合艦隊司令長官東郷平八郎の伊予出身の参謀秋山真之が日本海海戦でとった「丁字戦法」でもってバルチック艦隊を撃破したことが知られているが、それは古くからある能島流海賊古法からを思いついたという。

c0041039_10444348.jpg この村上家に「海賊流車輪船図」という絵図が伝わっている。船底の先鋭な船の船尾部に4枚翼のスクリュープロペラ2個を備えていると解され、日本人の思いつきの優秀性が強調されている。しかし、図の左右両端が船首尾らしいことから判断して、外車を船側に備えた船、すなわち、外車船と解すべきであるとされている。

 当時の水軍書の中には海賊流車輪船のほか、竜宮船(潜水船)、波潜(ナミクグリ)船、盲船、水中船(潜水船)などが描かれているが、当時の技術から見て、到底、実現しそうもない特殊な軍船の図であり、いずれも単なる着想を示す絵図であって実際に建造されたものではないと思われる.
 「船の世界史」上巻 上野喜一郎著 舵社 より引用 


 伊予・今治出身の有名人は他にも村上水軍の末裔といわれている人もいるが、自民党の村上誠一郎氏は本人の公式ホームページで能島村上家18代目であるとはっきりいっているので信用できるかもね。
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by pac3jp | 2010-12-03 10:55 | 歴史・民俗  

中世 瀬戸内海の海賊 海賊に遭遇

 波静かな瀬戸内海は大昔より物流の大動脈だったが、中世に入り商品の流通が活発になり海運業が盛んになってくるとそれに伴い海に関わる人々も多くなってくる。そして芸予諸島・防予諸島など多くの島々が集まる海上交通の要衝には「海の民や海の領主」としての海賊がいた。
 海上武装勢力として瀬戸内海の広い範囲に勢力をもつ海賊とは別に、浦々にも自分のテリトリーを持つ小さな海賊もいて各地で活発に活動していた。

 中世・瀬戸内海の船旅でそんな海賊に遭遇した記録を残している人物がいた。
 京都・東福寺の梅霖守龍という僧が寺の荘園がある山口県・徳地に年貢の督促のために出張した時の日記である。(梅霖守龍周防下向日記)

◎1550年(天文19年)9月14日 堺より11反帆(100~200石積)の船に乗る。船頭は塩飽(塩飽諸島の本島)の源三だった。乗客は300人もいて「船中は寸土なき」状態だったというが、さて、どんな人々が乗っていたのか大いに興味が湧くなぁ。

◎備前・日比沖で海賊に遭遇。
賊船一艘来たり、本船と問答す、少焉賊矢を放ち、本船衆これを欺いて鏃をならべ鉄炮を放つ、賊船疵を蒙る者多く、しゅゆ(すぐに)にして立ち去る、同申の刻塩飽浦に着岸して一宿に投ず

 一隻だけの海賊と通行料の談判が決裂し、攻撃されたが本船からの反撃で負傷者をだし早々に退散してゆく海賊。ある程度の武装はしているようである。日比と本島は距離にして8マイルほどなので当時でもごく近いと思うが海賊のテリトリーがもう違うのだ。

守龍さんは運悪く帰りの航海にも海賊に遭っている。
◎1551年(天文20年)4月1日 七ヶ月滞在した周防からの帰路 宮島から「室の太郎太夫」の船に乗る。堺までの船賃は300文で従者は200文を支払ったという。

羊の刻(午後2時)関の大将ウカ島賊船十五艘あり、互いに端舟を以って問答することひぐれに及ぶ、夜雨に逢いて蓬窓に臥す、暁天に及び過分の礼銭を出して無事

 安芸の竹原沖で「関の大将ウカ島賊船十五艘」と遭遇、15隻と多数の海賊にとり囲まれたため船頭は小舟を出し午後2時から翌朝まで海賊とねばりにねばり交渉し、多めの礼銭を支払うことで決着し航海を続ける。

室:播磨・室の津
関:瀬戸内海で海賊は通行税を取る?ので「関」と呼ばれていた。
  上関、中関、佐賀関、下関など関と名がつく場所は通行税をとる海関があった跡。
ウカ島:尾道市岡島?

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↑中世の海船 準構造船で莚帆と木碇、櫓棚がある。(石井謙治「図説和船史話」による)

 1575年(天正3年)薩摩の戦国大名島津氏の一族、島津家久一行30人ほどが伊勢参りのために瀬戸内海を旅した記録がある。

◎彼等一行は2月に本拠地である串木野を出発。九州は陸路を、赤間関から船旅になるが順風が吹かず山陽道を陸路で安芸・厳島へ、参拝を済ませ陸路で備後・鞆に向かい4月2日に到着。ここから西宮までが船旅となる。

◎一行を乗せた客船は鞆を出航して塩飽(本島)に入り3~4日風待ちをし、5日の午後に船出する児島の沖に掛かると「ひひ(日比)の関」)、「のうしま(直島か)の関」が相次いでやってくる。島津一行は「いつれも舟頭の捌候」と書き記してあるが、おそらく船頭がその度毎に海賊に礼銭をはずんだのだろう。

◎その日は直島に停泊し翌早朝に出航した。やがて牛窓の沖にさしかかるとここでも「関」が兵船一艘でやってきた。牛窓も海賊の根拠地の一つだったのだ。ここも船頭の捌きで何事もなく収まり、一行は牛窓見物した。その夜は日生の大多府島に船掛りし、翌日は赤穂・坂越、相生・那波等を経て播磨の室津に停泊した。

◎室津では船頭が明石へ上乗りを頼みに行ったため1日停泊を余儀なくされる。どうも播磨・室津が東西海賊の縄張りの境界だったようだ。

◎上乗りの海賊はやってきたが順風が吹かず長い停滞に、それに時代は戦国なので到着地の堺が三好勢と信長の軍勢が戦う場になり、船の運航は室津で打ち切りになってしまうが、相客同士で淡路・岩屋船を借り切り旅を続けることになる。

 相客は宗教系の熊野衆、高野衆、それに武士の日向衆、堺・兵庫の商人たちと多彩な人々が瀬戸内海の客船に乗り合わせていた。長い停滞には互いに酒を飲み交わし、困難に当たれば力をあわせて乗り切ってゆく、そんな船旅をしていたようだ。

 梅霖守龍が瀬戸内海で海賊に遭ってから25年後の1575年の島津家久の船旅にもちゃんと同じ場所でローカルな海賊たちが通行料を要求している。しかし、その後13年が経ち、戦国は終わり豊臣秀吉が天下を統一して1588年(天正16年)に刀狩令と同時に海賊禁止令がでて最早規模の大小に関わらず海賊たちが自由に活動できる海はなくなってしまった。


【参考文献】:「中世 瀬戸内海の旅人たち」 山内 譲著 吉川弘文館
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by pac3jp | 2010-11-29 15:15 | 歴史・民俗  

中世 瀬戸内海の海賊 其の1

 神戸大学海事博物館の市民セミナーは「・・・江戸時代海路のにぎわい」をテーマに5回開催されたが、その内3回は中世の海が舞台のお話しだった。そして最終回は「しまなみ海道は海城ゾーンだった」とおっしゃる山内先生が語る「瀬戸内海の海賊」のお話を興味深くお聞きした。

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    ↑クリックすると大きくなります。

 芸予諸島は大阪湾から広島や松山方面へクルージングする時は必ず通過するエリアだがまず、最初にエリアに入る航路を決めなければならない。大型船は来島海峡になるが、小型船やヨットなどは伯方島と伊予大島の鵜島間にある急潮で有名な「船折瀬戸」を通過する。
 ボクも最初は連れ潮で入り、水路の真ん中に洗岩があったり狭い瀬戸なのにクランクに折れ曲がり「船折れ」とその名前も怖いなぁ、港湾案内には初心者は潮どまりに通過せよとか書いてあったし・・・、と緊張しながら通過したものでした。

 その船折瀬戸の突き当たりに周囲800mというとても小さな島がある「能島(のじま)」だ。その昔「日本最大の海賊」と宣教師フロイスが報告した能島村上氏の本拠だった能島城があった島だが、いつ通っても早い潮流や対向船が気になり島を詳しく観察も出来なかったのが残念だったが、一度は上陸して見たいと思っている。
 また近くの見近島にも海城の遺構が発見され陶磁器も数多く出土されていることから交易の拠点だったのではと考えられている。

 船折瀬戸を西へ抜け宮窪瀬戸に出ると伯方島と大三島の間の南北水路が最大8ノットもの急潮が流れる鼻栗瀬戸がある。古くは鼻繰瀬戸と牛の鼻輪に例えられるほど狭く屈曲したさまを表した名前だったとかいう。地図で見ると広いように見えるが実際非力なヨットで通過すると潮の流れが渦を巻いているようで船折瀬戸と同様緊張する時間だった。

 こんな難しい瀬戸を昔のエンジンを持たない船がよく通過できたなあと感心するが、一方海賊衆はその海域の潮の流れを熟知し自由に行動できるノウハウを持つので通行料の徴収など海賊業が可能になってくるのだろう。

 そして戦国時代まではこれら海の難所にはちゃんと海賊たちも生息していた。その本拠はそれぞれの海城で能島村上氏、来島村上氏、因島村上氏と近くの島々で活動していた。海賊衆の本拠は小島に築かれた海城で、外敵には海面に守られた城で、海面が土塁、激しい潮流が堀であったという。

 やがて時代とともにこれらの有力な海賊衆は毛利、河野、大友など戦国大名の海上兵力として組み入れられ、水軍として活動してゆく。(続く)
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by pac3jp | 2010-11-23 18:49 | 歴史・民俗  

シー・シェパード「アディ・ギル号」南極海での行状!

南極海が騒がしくなってきました!


調査捕鯨:シー・シェパード船衝突 シー・シェパード、海賊行為で捕鯨調査船を告訴
 【ブリュッセル福島良典】南極海で反捕鯨団体「シー・シェパード」(SS)の抗議船「アディ・ギル(AG)号」が日本の調査船「第2昭南丸」と衝突、大破した問題でSSは8日、第2昭南丸の行動が「海賊行為」にあたるとして、同船の乗組員をオランダ司法当局に告訴した。(毎日JP 2010年1月9日)


 最初は酪酸を投げたり、ロープを流し、レーザー光線を照射するなど妨害行為をしていたが、ついに監視業務をする調査船(712ton)と衝突してアディ・ギル号が沈没したというニュースが当初に流れていたが、環境テロリストたちは大破し、燃料油を流出する高速ボートを南極海に放棄し、基地に帰ってしまったという。そして、今度は法廷闘争に持ち込みマスコミから注目を浴びようとしているようだ。

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 ランチャーとカメラを構えるシーシェパード活動家及びアニマルプラネットの撮影クルーらしき男。ハルに不気味なドクロのマークが見える。
 お前たちが海賊ちゃうの?!

 監視・調査船「第2昭南丸」から撮影した衝突当時の映像↓を提供している。



  波静かな南極海に浮かぶ大破した「アディ・ギル号」の画像↓
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 調査船のスクリューを狙って曳航したロープの残骸がぶらさがっている。AG号のハッチは解放されており、自沈を意図していることが疑われる。

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 ↑大破したAG号から海上に流出した多量のゴミの中から、殺傷能力のあるボウガンのダーツが発見された。

今、ボクの一番の願いは、早くこのような海の争いが終わり、安くて美味しかった冬の味覚、ハリハリ鍋を昔のようにお腹一杯食べたいなあ~。

※画像は全て日本鯨類研究所提供

【関連記事】:エコテロリスト シーシェパードの新兵器!! 
【参考Web】:(財)日本鯨類研究所
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by pac3jp | 2010-01-12 17:59 | ボート  

エコテロリスト シーシェパードの新兵器!!

c0041039_132595.jpg 先日、南極海で日本の調査捕鯨船に対して、体当たりや薬物の投げつけなど過激な抗議活動を行っているアメリカのシーシェパードが「アディ・ギル(Ady Gil)」号という新兵器を導入したと発表した。

 そのフネは、カーボン製の78 フィート(約 23 メートル) のトライマラン で高出力のバイオディーゼルを搭載し、大豆、カノーラ油、ブドウエキス、人間の脂肪さえ使用できるバイオ燃料で動き、炭素廃棄物を全く発生しないといっている。(上の画像は航走中のアースレースで下の画像はその艇内)

c0041039_13253973.jpg 資金を潤沢に持っている環境団体とはいえこんな過激なボートを自前で開発したのだろうかと不思議に思ったが、2008年、世界一周の新記録を作ったエコボート「アースレース(Earthrace)」を買い入れたようである。

 でも、僚船の「スティーブ・アーウィン」号がいるとはいえ、こんな高速ボートで南極海で長期間の抗議活動が出来るのだろうか?ボクは南極には行ったこともないし、捕鯨の体験談を直接聞いたこともないのでなんとも言えないが、夏の南氷洋でも多分穏やかな日もある訳なので、高速を生かしてキャッチャーボートの捕鯨活動を邪魔したり、カーボンで軽量化した船体でまさか鋼船に体当たりはしないと思うが、鯨の群れを追い払ったりすることはやりそうだなあ。

 海保が捕鯨船に保安官を派遣していると報道されていたが、南極海には巡視船や対テロリストの訓練を積んだチームもいないので手も足も出ないでのしょうね。

 日本の調査捕鯨船団が何事もなくお仕事が出来ることを遠くから祈っている。

下はシーシェパードの動画



下はANNの動画




【関連記事】:サミットがらみで騒がしくなってきた神戸港 
【参考Web】:Eco-boat powered by human fat attempts round the world speed record2007 
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by pac3jp | 2009-12-16 13:40 | ボート