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『ヨットデザイン原論』Lars & Roif著 大橋且典 翻訳・監修 舵社

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 本書の目的は、ちゃんとしたデザイン法で使用されている手法と手順を紹介することにあった。これはヨットの仕様から始まって、水力的及び空力的な視点をカバーし、さらに構造的、素材材料、レイアウトまでに至っている。だから原則として、たとえアマチュアであっても、本書の方法にならえばヨットデザインが可能だという方向を目指した
 -著者まえがきより-


 久し振りにちょっと高い本を買ってしまった!

 『ヨットデザイン原論』は定価6,500円+税と表示されているが、翻訳された大橋先生が主宰されている「ヨットの科学」のML会員対象に期間限定だが送料込みで五千円で販売するとされていたので購入する決心?をした。(アマゾンの古書は18,000円!)

 内容も少々高級で完全に理解するのはむつかしそうだが、ボクでもわかるところはきっとあるだろうとパラパラめくってみる。

 第11章ハルの構造⇒キールからの力⇒座礁による力の項目があり、全長が40f、キール長さ1.5m、排水量8,125kgのモデルヨットが艇速8ノットで暗岩に座礁した時に生じる各部の荷重を計算しているページに目が留まった。

c0041039_7591673.jpg 画像の図と計算表参照 キールの下部に衝撃力がかかると衝撃モーメントとなり、キール後部には125150Nの圧縮力として、前部は同じく引張り力として働く、注意するのはキール後端部に発生するスラスト力はフロア材に曲げモーメントを与える(フロアが大きく持ち上がる)。

 キールボルトの強度計算によるとこのモデルは前部のキールボルトが引きちぎれる恐れはなかったが、図のキール付近のハルの各部に亀裂や剥離の場所が見える。そして、キールが前後に短く深いレースボートキールなどは座礁時に非常に大きな荷重をハルに与えることになる・・・と書いてある。(画像をクリックすると大きくなります)

 80年代中頃、サントピアマリーナで開催されていたオレンジカップに出場するためマリーナの入り口まで来たときにヨット屋さんの名前まで付いていた有名な暗岩に乗り上げてしまった記憶が思い出された。
 ヨットが30fと小さく速度も4~5ノット位だったが衝撃は大きかった。でも浸水などの大事にはならなかったが鉛のキールが凹み衝撃を多少は吸収したのか前部キール取り付け部に少し剥離が発生したがレース参加に支障はなく無事に母港に帰って修理をしたことがあったなぁ。

キール座礁の衝撃力=衝撃モーメントに ・・・もう一つ勉強しました!
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by pac3jp | 2010-12-19 08:11 |  

南方位標識

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 南方位標識の北側の干出岩にキールがすっぽりと挟まって干潮を迎え、一本足で立ってしまった中型のプロダクションヨット。
 スターンからアンカーラインが出ているので満潮時に艇が流れてしまわない用心だろうか。それともこの場所が可航水域だと勘違いし、アンカリングしてお昼寝を楽しんでいたのでしょうか。どっちにしても地元のヨットではなく海図も持たずにやってきたビジターヨットだろう。

 干出岩の上に設置された南方位標識は黒と黄色の塗色もなく夜間用の灯器も無いようだし、どうもIALAの基準を満たしてない標識みたいだ。勿論、日本でなく外国の沿岸だろうと思う。
 でもヨット全重量がキール取り付け部に掛かっているので、キールの陥没など、もうかなり大きなダメージが出ていると思うね、そんな頑丈に造ってあるヨットには見えないから。(画像はギズモード・ジャパンより)


 ボクも長らく大阪湾や播磨灘方面で遊んできて、港域・航路では数多くの航路標識を見てきたが、方位標識は割合少ない。大阪湾には垂水・平磯(南方)と淡路・由良(東方)の灯標が2基だけ。明石海峡を西に抜け播磨灘に入ると播磨灘北航路沿いのカンタマ瀬に南方位浮標が、播磨灘南航路には有名な浅瀬「鹿の瀬」には南方位と西端に西方位浮標が設置されている。

 乗り上げ事故が多いのは幹線航路に面している「鹿の背」だ。大型船・小型船を問わずよくニュースになっている。昔は練習艦隊旗艦までが乗り上げたことがあった。底は砂地なので船底の損害は少ないが冬はノリ網が入りこれに乗り上げると損害は大きいですよ。

 方位標識は割合少ないので見慣れないヨット乗りの中には標識の上に付いている▲×2個の読み方をよく知らない人もいるようだ。

老婆心ながら・・・以下の表をもう一度ご覧下さい。
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            (画像をクリックすると大きくなります)

 それにこの標識はIALA(International Association of Lighthouse Authorities )でIALA海上浮標式として採択され、1982に発効したことにより国際的にほぼ統一された。日本では1983年にIALA海上浮標式が採用され初めて使用されたというので、もう27年もたっているがボクの感じではそんな昔から浮標などに▲マークが付いていたかなぁと思っているのだが・・・。
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by pac3jp | 2010-09-21 06:01 | シーマンシップ  

江戸時代に外国船をサルベージした男

 先日、兵庫県たつの市の龍野歴史文化資料館で開かれている「描かれた船」という特別展を見学してきた。室津の賀茂神社の古い船絵馬が修復されたのを記念して帆船と関連する資料が集めらて展示されていた。

その中で特にボクの興味を引いたのが「長崎蘭船挽揚図解」だった。

 1798(寛政10)年10月、出帆しようとしたオランダ船が急な嵐で長崎港外で沈没した。これを周防国櫛ケ浜村(現、周南市)の廻船業 村井喜右衛門が引揚げに成功し、再び同船を日本から船出させるまでを描いた絵図。この成功は国内だけでなく海外までも知られたという。
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 上の図は全体の流れを描いている。

 嵐で長崎港外唐人ケ瀬で座礁(左下)→マストを倒して浸水した船を港内に曳航している(下中)→やがて木鉢浦まで引き寄せたが沈没→沈没した船を浮上させる(右中)→ 多くの大船・小船が帆をあげ岸近くへ曳く(中)→砂浜に乗り上げ積荷を降ろし修繕を始める(左上)
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↑図は難破したオランダ船を修理している作業場の海上風景である。船の修理用材が肥前の国からやってきた(中上)。マスト材は地元の寺社林から大杉を切り出したという。
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↑図は難破した6000石(900トン)もある大きな木造帆船の引揚げを請負った喜右衛門が考えた仕組みを詳しく図で説明している。

 長崎奉行へ提出した資材リストには、大柱は長さ13尋、廻り6尺余もの2本、長さ8間、廻り5、6尺もの20本、スギ柱長さ6尋もの240本など柱だけで1444本、竹は廻り1尺ぐらいのもの600本、板は長さ6尋、幅5尺、厚さ8寸ものなど60枚、これらをくくりつける綱は苧(お)綱、市皮綱、ヒノキ綱が300本、4斗ダル250個、土俵2000俵、タイマツは5尺〆もの3000把、滑車大小合わせて900余個。など厖大だった。
 作業船は毎日60石積み(9t)を75隻から150隻、作業員は600人前後。柱を船の回りにたて干潮のとき沈没船と引き船を結びつけておき、満潮で浮上すると、すかさず沈没船の下へ土俵をつめる。つぎの干潮でまた同じ作業をするとあった。


 ボクの疑問は何故、長崎で難破した外国船を防州の人間が引き揚げるようになったかだったが、Webで調べてみると、この事件はかなり有名で、サルベージの先駆者として長崎や山口県に多くの資料があった。

 寛政10年といえばまだ鎖国の時代。幕府は長崎を窓口にオランダとだけ通商をしていた。船の年表によれば近藤重蔵が蝦夷を巡視し、エトロフ島に至る。高田屋嘉兵衛が国後島やエトロフ島に漁場を開く。ロシア船が日本の周辺に現れ始めていた頃である。

 その今から約200年も昔、国内ではまだ千石船が運航していた時代に、6000石もある外国帆船のサルベージをした村井喜右衛門の仕事もすごいが、商人の仕事なのにちゃんと現在まで記録が残っているのも素晴らしい。

防州出身のボクのお友達に聞けば、こんな話はきっと詳しくご存知でしょうなぁ・・・。

参考Web:村井喜右衛門
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by pac3jp | 2008-03-05 16:57 | 歴史・民俗  

ヨットの座礁事故より

 5月の連休には近くのマリーナに所属するヨットが愛媛県・大三島付近の暗礁に乗り上げ、その後海保の現場検証をつぶさに見学したボクの仲間たちはその座礁事故から多くの教訓を学んだらしい・・・。

 最近、徳島海上保安部のホームページで小鳴門海峡南口、撫養港付近の暗礁に座礁したヨットの事故報告が掲載されていた。

 下図は徳島県鳴門市・撫養港付近のチャートである。中瀬灯標がありその北側の広い海面の殆どがヨットの通行は出来ない。
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 下の画像は海保が撮影した中瀬灯標と夫婦岩が見える画像だがヨットは潮波のたつ中瀬の暗礁付近にいるようだ。
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 ボクも何度かこの海峡を淡路側から入り通過したが撫養の中瀬灯標がなぜあんなに徳島側の向こうにあるのかと思ったものだった。中瀬灯標と大毛島のあいだには充分広い海面があり小型の釣り船はスイスイ走っているのに。でも海図を見れば直ぐに分る。浅い洲や瀬が広がっているのだ。

 乗り上げたヨットのスキッパーは「判っていたのについうっかりと(危険地帯に)入ってしまった」とおっしゃっていたと聞いたが、小鳴門海峡とはいえ連れ潮で航行中に直近で障害物を発見しても避けることは難しい。ましてや引き返すことはヨットのエンジンパワーから見ても大変だ。予めコースを引き、よく見張り、船位の確認をしながら航行することが肝心だ。

 座礁したヨットは横たわっていたが、やがて潮が上がり自力でキールは離礁した。だが潮流に流されラダーが又その暗礁にぶち当り、ラダー下部を折損した。船体はキール取り付け部に大きくクラックが入り、船内は衝撃でエンジンが2センチもずれていたとか修理業者が言っていた。

 当然ですが海保に救助要請をしても必要な人命救助はしてくれますが、座礁してしまった貴方の大事なヨットは引き出してくれませんよ。
 楽しいクルージングも一瞬の気の緩みで大事になります。航路は自分でよく確認して安全な航海をお楽しみ下さいね!!


以前の記事から:GWクルージングの教訓?
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by pac3jp | 2007-09-19 13:20 | シーマンシップ  

GWクルージングの教訓?

c0041039_1054661.jpg GW最終日は雨で荒れ模様のお天気になるとの予報だったのでボクを含め仲間のヨットは殆どが5月5日には帰ってきた。そしてその夜、反省会と称する飲み会が開かれた。ボクは所用があり、たったの2泊3日のクルージングだったが、ほかの仲間は7泊8日の瀬戸内クルージングを楽しんできた。積もる話も多くワイワイがやがやと楽しかった話は尽きなかった。

 長めのクルージングではエンジントラブルや大小の座礁ばなしが付きものだが今回は仲間の誰もが座礁はしなかったようだ。その代わりではないが、近くのマリーナに所属するヨットが大三島付近で座礁し、「118」で海上保安庁に救援要請して救助され宮浦港に帰ってきた。その後、港内で海保がする海難審判に必要なヨットの性能検証などをつぶさに見て当事者の話も聞き沢山の教訓を得たそうだ。

●まず一番は座礁しても沈没の危険もクルーに怪我もなく自力でなんとか対処できるときは「118」しない事。
 陸ではタクシー代わりに気楽に「119」を掛ける人もいるが「118」は後の対応が大変だよ。

●もし、漁船などに救助要請するときは海保に通報しないようにお願いする
 マリーナの海岸近くの砂浜に乗り上げ、自力離礁も可能なのに通りかかった渡船に引き出してもらったらすぐに海保に通報され、調書、海難審判と何度も呼び出されてクサッテいたオーナーがいらした。

デプスの故障したヨットで初めての海を航海する怖さ。
 そのフネのオーナーはそう気にしていないが雇われスキッパーは大緊張。初めての海域は出来るだけ多くの情報があるほうが安全な航海が期待できる。電子チャートに頼りすぎも問題ではあるね。

●他山の石 3件 田辺湾ヨット乗り揚げ事故女木島東・大三島付近ヨット乗り揚げ事故
 
 そのほかヨット内で感電?したとかエンジンオイルが漏れたとか色々あったようだがクルージングではよくある事で全て想定内の出来事だろう。
 5月9日現在、ハーバーの作業ヤードでキールやラダーを修理しているクルージングヨットはいなかった。今年は皆さんとも無事故でGWを楽しんできたようだね。
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by pac3jp | 2007-05-11 10:20 | クルージング  

暗岩・洗岩・干出岩

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 ヨットの大敵、「暗礁」はチャートで暗岩は+マーク、洗岩は米(こめ)マーク、干出岩は*・※マークが記されている。潮位が高くなれば暗岩は勿論だが、白い牙を剥いている危険な干出岩や洗岩もほぼ隠れてしまい、ただ静かな海面が広がっているようにしか見えない。

 和歌山・加太の田倉崎はプレジャーボートが暗礁に乗り上げる座礁事故の多い場所だと和歌山海上保安部がWebで注意を呼びかけているし、同じく田辺湾では暗岩、洗岩、干出岩、干出浜(岩)と海図図式の見本のように危険な障害物が並んでいて、不注意な船乗りを狙っている。ボクの知り合いもここで座礁してしまったフネは知ってるだけでも3隻はいる。

 こんな危険な海域も航路であれば浮標が入っていて、詳細な海図があれば容易に安全な航路を辿って行ける。でもヨットの航海はいつも本船航路ばかり走ってはいない。今日の停泊地が本船航路から外れた初めて入る小さな港や、湾奥の岬の脇にある小さな桟橋だったりする。

 入港には港域を詳細に記した港泊図が必要だが、そこまで完璧に海図を揃えているヨットはそうないだろう。最もその泊地が港泊図や小型船港湾案内にも載っていないかもしれない。その場合は手持ちで一番大尺度の海図を用意して、危険な場所を避けアプローチのコースをひく。後はチャート上で船位を確認しながら泊地に入ってゆく事になる。

 例えば9月29日付《前方ソナー》で書いた広島・江田内「能美海の駅」はチャートは広島湾(1/60000)である。港泊図はない。湾内の海面は広島名物の牡蠣筏が一杯である。目的の係留場所は暗礁地帯の東側にある。桟橋の管理者は「大回りして入ってください」といっている。

 こんな状況には紙海図とGPSの組み合わせでは位置の確認は大層だが、電子チャートとGPSによるナビゲーションは非常に簡単である。
 ↓は紙海図に出航コースを書き込んだもの。入港はショートカットをして大騒ぎになった!
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 同じく電子チャートが描く付近のチャート↓。 実際はフネの位置と航跡が表示される。
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 干潮時に入れば洗岩、干出岩などの概要は判るが、運悪く満潮時に当たるとその暗礁がある海面に小さいボールブイが浮かんでいるだけだ。これは地元船のみが理解できるブイでビジターは全く何かわからない。こういう危険な場所には海保でしっかりとした浮標を入れて欲しいもんだとのご意見(仲間内で・・・)もあるが、まぁ、しっかりとナビゲーションするしかないでしょうね。
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by pac3jp | 2006-10-02 09:48 | シーマンシップ