タグ:ロングクルージングボート ( 40 ) タグの人気記事

 

ローボートでインド洋横断を目指す英国女性が豪を出港!

c0041039_17482050.jpg 【4月14日AFP】23フィートのローボートで単独インド洋横断を目指すイギリス女性がオーストラリアのフリーマントルからインドに向け出港したと報じられた。

c0041039_1751622.jpg

 彼女は環境活動家でもあるロズ・サベージさん(42)で既にこのローボートで大西洋、そして女性初の太平洋シングルハンド横断をなしとげた経歴をもつ有名な漕ぎ手である。
 今回は、5~6か月をかけて、3600マイル先のインド・ムンバイのゲートウェイ・オブ・インディアを目指す。この航海は海洋汚染に対する人びとの関心を高めることが目的だという。太平洋は3シーズンかけて横断したがインド洋は寄港なしで一発で横断するので彼女にとって一番の長丁場の航海になる。

 当初はアフリカ東部タンザニアのザンジバルを目指す航海を計画していたが、海賊による襲撃事件が増加していることを受け、ルート変更を余儀なくされた。旅の様子はホームページ(英文)のブログで逐次報告しているが、海賊の襲撃を避けるため、正確な航行位置は公表しないという。

c0041039_17515883.jpg

 上の画像は過去に漕ぎ渡った航路と今回のインド洋、そして来年、2012年にはニューヨーク~ロンドンの航海予定が・・・。(クリックすれば大きくなります)

 今から45年前の1966年には2人乗りローボートで大西洋横断一番乗りが競われたし、1969年にはシングルハンドで大西洋横断したローボートがあり、太平洋横断は1971年4月から1年がかりでブリタリアⅡ号がダブルハンドで成功している。
その後、太洋には多くのチャレンジャーたちが色んなジャンルで冒険航海に挑戦してきたが、今や太洋を漕いで渡ってやろうという元気な女性が現れる時代になってきたというですね。

 インド洋も池とは違うので風が吹けば波も高くなり、時には嵐にも出会う。そして地域によっては海流や潮流の早いところもある。毎日長時間オールを握り漕ぎ続けなければ目的地に着かない。確かに精神面がしっかりしてなくてはと思います。
 彼女も「もっとも大事なのは精神面。それなりにハッピーな気持ちを保って、集中してオール(櫂)を動かし続けること。ごく単純なことに聞こえるけれど、12時間こぎ続けるのが大変なときもある」と、サベージさんは出発前に報道陣に語った。

 ローボートのチャレンジが始まった45年前は食糧や飲料水の確保は大変でしたが現代は海水の淡水化も簡単だし高機能食品もある。そしてソーラーによる電源でローボートからでも衛星経由でインターネットが使える時代なので航海の安全は増したが動力が人力だけなのでいざと言う時のパワー不足が・・・。でもそんな時は何もせずにじっとしているほうが正解かもね。

 フネの装備は時代で進歩するが海の営みは太古から変わっていない。無理をしないで自然に逆らわないことが肝心ですよね。


【関連記事】:オランダの少女が単独世界一周航海、最年少記録に挑戦! 


 
[PR]

by pac3jp | 2011-04-24 18:03 | ボート  

オランダの少女が単独世界一周航海、最年少記録に挑戦!

 このところ海のチャレンジにも若い女性の元気さが目につく。先のオーストラリアの16才の少女、ジェシカ・ワトソンさんは今年5月に無事16才での最年少記録を打ち立てたが、今度はオランダの14歳の少女が単独世界一周航海での最年少記録に挑戦するためにジブラルタルから出航したと各社から報道された。

 ↓ジブラルタルを出航する前の画像。可愛い女の子でこれから冒険航海に出ようという闘志も見せていない。左の人物は自分のヨットを提供した父親かも知れないね。
c0041039_1711037.jpg




【8月22日 AFP】単独世界一周航海の世界最年少記録を目指すオランダのローラ・デッカー(Laura Dekker)さん(14)が21日、イベリア半島最南端のジブラルタル(Gibraltar)から単独航海に出航した。

 自身のブログに「航海は、わたしの人生そのもの。ヨットに乗った瞬間、わたしの中で何かが変わる。そして、生きていると実感できるの」とつづるほど航海が大好きなローラさんは13歳だった前年、単独世界一周航海を目指していた。だが、単独航海が未成年のローラさんに及ぼす影響を危惧したオランダの児童保護当局は航海を認めず、ローラさんを保護下に置いていた。

 ローラさんは10か月にわたる法廷闘争で航海を認めるよう求め、前月、児童保護当局による保護期間の延長を裁判所が却下したことから、再び単独世界一周航海への道が開かれた。

 多くの報道陣が見守るなか、全長11.5メートルの小型ヨット「グッピー(Guppy)」号でジブラルタルを出発したローラさんは、まず大西洋(Atlantic Ocean)を航行し、パナマ運河(Panama Canal)から太平洋(Pacific)に入る。その後、南米エクアドル領ガラパゴス諸島(Galapagos Islands)に立ち寄り、オーストラリア、タイを経由して、海賊が出没するソマリア沖のアデン湾(Gulf of Aden)を通って欧州に戻る予定。

 ローラさんが17歳になる2012年9月20日までには2年1か月ある。今年5月にはオーストラリアの16歳の少女、ジェシカ・ワトソン(Jessica Watson)さんが、17歳の誕生日の3日前に、ヨットによる世界一周を成功させていた。AFP

―BBC、新華網―

 史上最年少単独世界一周記録をめざす、オランダのローラ・デッカーが、ジブラルタルより帆走を開始しました。

 4日、父親といっしょにデン・オッセのヨットハーバーから出航、ポルトガルに到着したローラですが、単独世界一周の出航は、彼女自身の希望により極秘でおこなわれたもようです。
裁判の過程から世界中に注目を浴びただけに、メディアは土曜日、彼女が出航するとされたポルティマンの港、グリニッジ標準時の12時に集まりましたが、ローラはこれの裏をかき、9時にはジブラルタルより出航、記録に向かって挑戦を開始しました。

 彼女のマネージャー、ピーター・クラレンビークによると、出航時の天候は快晴、無風で、長さ11.5メートルのヨット「グッピー」を操るローラは、興奮気味に家族に対して大きく手を振りながら出航したということです。
 また、彼女の挑戦はメディア1社のみが独占放映権を獲得。挑戦の全行程を録画するビデオカメラもヨット内に設置されているということです。

 最初の寄港地はカナリア諸島、もしくはマデイラ諸島のいずれかとみられています。


 今度の世界一周航海コースは上のニュースから解釈すると帆船の世界一周航路の最難所だった南米大陸の南端のホーン岬、アフリカ大陸の喜望峰沖を避け、通常本船航路のパナマ運河とスエズ運河を通過するコースを取っている。これで航海距離は大分少なくなるが、代わりに本船航路に近いだけ衝突の危険は増えるのでワッチが大変だ。記事にもあるが海賊の出没するアデン湾を単独あるいは船団で通過するにしても危険であることに変わりがない。

 まあ、世界中に注目度が高いヨットなのでこの海域に派遣されている各国の軍艦からも注目されるのは明らかなので海賊達も敬遠するかもしれない。

c0041039_172593.jpg

 ローラの赤いヨット「グッピー」号は37フィートケッチだ。マストにインナーフォアステイが追加されたのだろう、左右に赤いランナーが見える。

c0041039_1733836.jpg

 コックピットには幅広いドジャーがかぶさっているが屋根の奥行はない。このコースだと気温の低い地域はないので保温より見通しの良い方を取ったのかもしれない。広めのコクピットでアフターキャビンがついている。船尾にウインドベーンが、ライフラフトと上陸用の船外機がパルピットにセットされている。スターンにはレーダーアーチがありソーラーパネルはあるが他に何が載っているかは不明。

 コクピット周辺しか見えないが、世界一周航海に出るようには見えないすっきりとした艤装だ。これが最終艤装ではないのかもしれない。

 でも14歳でもしっかりした感じの女の子だ。ヨットの上で生まれ大きくなったというので陸育ちとちょっとは違うかも。

 これから単独世界一周の記録更新を狙って頑張ってみる13歳の日本男子、いや日本女子はいませんか!
 でも、海技免許が出せない・・・などなど、お役所対策に問題も多く海に乗りだすまでが大変だ。

【関連記事】:16才少女 最年少の単独無寄港、無支援の世界一周を達成
[PR]

by pac3jp | 2010-08-26 17:07 | クルージング  

16才少女 最年少の単独無寄港、無支援の世界一周を達成

 昨年10月18日、オーストラリアの16才の女の子がヨットで単独世界一周に出帆したと聞いたのはつい最近のような気もするが、先週末、5月15日シドニーに無事帰港したとニュースが報道された。あれから7ヶ月、地球一周より1,000マイル長い23,000マイルを航海してきたのだ。

 目指した記録は認定機関(WSSC)が最年少記録カテゴリーを廃止したので非公認となったが、事実上の単独無寄港、無支援による世界一周の最年少記録達成だという。


【5月15日 AFP】ヨットによる世界最年少の単独無寄港、無支援の世界一周を目指して前年10月にオーストラリアのシドニーから出航した16歳のオーストラリア人少女、ジェシカ・ワトソンさんが15日、シドニー港のフィニッシュラインを越え、世界一周を達成した。

c0041039_15112243.jpg ワトソンさんは15日午後2時(日本時間午後1時)の少し前、明るいピンク色のヨットに乗って、シドニー港のフィニッシュラインを横断した。17歳の誕生日の3日前で、予定よりも1か月早い達成となった。

 同港のスティーブ・ヤング港長が号笛を鳴らし、港に到着したワトソンさんに210日に及んだ海の旅の終わりを告げた。タグボートが祝福の水しぶきをあげるなか、ワトソンさんは港に集まった人びとに手を振りながら港へ近づいた。ヨットの最終ゴール地点のシドニー・オペラハウスに近づくにつれ、歓声も広がった。

 「数時間しか眠れなかったけど、今は興奮していると思う」と最終地点に到着目前のワトソンさんは語った。「着く前に深呼吸をしなくちゃ」

 認定機関の「世界帆走スピード記録評議会(World Speed Sailing Council)」は最年少記録カテゴリーを廃止したため、ワトソンさんの記録は公認されない。しかし、事実上の単独無寄港、無支援による世界一周の最年少記録達成だ。

 港の周辺には数万人規模の人が集まってピンク色の服を着て横断幕を振り、港内には100隻以上のボートがくり出してワトソンさんの到着を祝福した。さらに数百万人がテレビの生中継を見たとみられる。

 ケビン・ラッド(Kevin Rudd)豪首相や、最年少記録保持者で同じくオーストラリア人のジェシー・マーティンさんも到着地点にかけつけた。マーティンさんは1999年に327日かけて、18歳で世界一周記録を達成した。

 マーティンさんは、ゴールラインを越えたワトソンさんのヨットに飛び乗ってワトソンさんを祝福し、ワトソンさんがこの瞬間を満喫できるようにとヨットの操縦を代わった。

 ワトソンさんがヨットを始めたのは8歳のとき。世界一周の旅は、2万3000カイリに及んだ。度々苦難に見舞われながら、太平洋、大西洋、インド洋を航海した。タスマニア島沖ではヨット転覆もあった。

 航海中は退屈と孤独との闘いだったという。数か月も人に遭遇することがないときもあり、ヨットの修復もすべて自分で行った。

 試験航行の際、ワトソンさんのヨットが出港直後に6万3800トンの貨物船に衝突して破損したことから、クイーンズランド州当局は出港を考え直すよう求められることもあった。


 ヨットで記録を目指すチャレンジセーリングも個人が楽しみで行うクルージングでもそれを受け入れる海は皆んな同じです。厳しい時もあるし優しい時もある。万全の準備を整えて出帆しても苦労が耐えない航海になる場合もあり、またその反対もあります。オーストラリアの少女ワトソンさんも転覆などたびたびの苦難に見舞われたというが、無事に目的を達成された。

c0041039_1522540.jpg 一方、今年1月16日、ニュージーランド・ワンガレーを出港してホーン岬を目指していた九州の世界一周艇「祈風」が3月12日よりチリ沖の南緯 51度08分・西経 86度55分から連絡が途絶えている。チリの関係当局に捜索依頼はしてあるそうですがイーパブ、イリジュウム、共に発信されていないということらしい。食料・水は4月いっぱい大丈夫だということでしたが、もう5月中旬になってしまいました。
 因みさんから無事だったよ、という知らせが出来るだけ早く聞こえてくることを心から願っている。
祈風情報:位置など  


【関連記事】:オーストラリアの16歳女の子、ヨット単独世界一周に出帆 
[PR]

by pac3jp | 2010-05-18 15:15 | クルージング  

「スハイリ号の孤独な冒険」 Part2

c0041039_15463566.jpg 現在のロングクルージングヨットでも電力の確保には皆さん苦労している。
 1968年、まだヨットの電化が本格的に始まっていないスハイリ号の時代でも無線通信用やポンプ、航海灯などの電源にバッテリーと充電用の発電機は当然装備されていた。普通のヨットは補助エンジン付属の発電機で起動用バッテリーなどを充電していた。
 しかし、スハイリ号はその他にバッテリー充電専用のガソリンエンジンで2台のダイナモを駆動するシステムを持っていた。

 スハイリ号の建造時に、オーナーは航洋ボートに補助エンジンを載せるならには安全性が許す限り強力なものをのせるべきだとの考えから、4気筒38馬力の「BMC キャプテン・ディーゼル」が搭載された。LOA 32フィートのヨットにしてはかなり奮発したエンジンだったのだろう。

 当時、スハイリ号の船齢は3年、勿論エンジンもまだ3年しか使ってないものである。航海記にはホームポートから出発港のファルマスまで回航するのに機走の場面もあり普通に動いていた様子。

●1968年6月14日ファルマス出帆。
●1968年9月22日(100日目)2ヶ月ほど動かしてないのでエンジンがロックしてうごかない。故障発見。
●1968年9月25日(103日目)スターターを外しフライホイールを手で回してみるが1回転に40分もかかる。

その間、ガソリンエンジン発電機でバッテリーの充電を続けるがガソリンの残量が減ってきた。

●1969年1月28日(229日目)エンジンを分解する。ヘッドをめくりピストンを動かそうと手を尽くす。が、遂に諦める。
 後日、メカニックが分解するとシリンダー2本にひびが入っていた。素人が無理やり動かそうとしたときの傷らしく、エンジンは同型新品に換装した。

ロビンさんの教訓:外洋の帆走は快適だがエンジンのためには頻繁に回すことをお勧めする。エンジン各部の潤滑と防錆のために!

c0041039_15471114.jpg

 この航海は南緯40度より南の“吼える40度線”に沿って4ヶ月も航海する。風も強いが南極にも近いので気温が低いのだ。スハイリ号の暖房は灯油のプレッシャー・ランプだった。このヒーターが与えてくれる肉体的な快適さとその赤い灯色が又気持ちが良いという。しかし、衣服を乾かせるパワーは石炭ストーブにしかないのだが。

 現在は高緯度をクルージングするボートはしっかりしたキャビンヒーターを殆どが装備している。しかし、いま、この海域にいる「祈風」の暖房は「ホカロン」だという。確かに安くて嵩張らないし化学反応で発熱するので貯蔵の危険も少ないが、大丈夫かなと心配している。
 今シーズン、ニュージーランドからホーンを目指すヨットで唯一の「ホカロン」党だという「祈風」ガンバレ!!

【関連記事】:「スハイリ号の孤独な冒険」Part1
[PR]

by pac3jp | 2010-02-25 16:08 |  

「スハイリ号の孤独な冒険」R・ノックス=ジョンストン著

 バイキングの航海技術を解明する英国BBCテレビの番組で太陽コンパスを使うナビゲーターを務めていたのが、初めてヨットでの単独無寄港世界一周を成し遂げたロビン・ノックス=ジョンストン卿だった。

 彼とスハイリ号の航海は「スハイリ号の孤独な冒険」われ単独無寄港世界一周に成功! と一冊の本に纏められた。そして、我家の本棚にもその一冊が収まっていた。

 久し振りに読み返してみた。

 1968年6月14日英国西南部のファルマスからノンストップ単独世界周航レースのスタートをし、翌年4月22日に同じファルマスに帰着した。
※航走距離:30,123マイル 一日平均航走距離:97.54マイル 平均速度:4.02ノット

c0041039_17113576.jpg それは航海日数313日の孤独な冒険航海であった。小さな船体と数枚の帆、そして自分自身- 頼るものはそれしかない。計り知れぬ自然力の前に、まったく無力な、そして粟粒のように卑小な一人の男とその愛艇が、嵐やべた凪ぎや、故障やトラブルとたたかい、人間とボートの限界にいどみながら、ついに競争相手の強敵たちをしのいで、313日間の孤独な冒険航海をなしとげ、ふたたび決勝点のファルマスへ帰りつく- いや死線を越えて、生還するといっても誇張ではない、世界最初のノンストップ単独世界周航をやりとげる。
 この超人的な大仕事を、著者自らいうとおり、「スーパーマンでもなければ不死身でもない、ごく普通の人間」がいかにしてやりとげることができたか- その孤独な冒険の一日一日を、てらいも誇張もなく、素朴なまでにケレンのない筆致で、克明に書きつづったのが本書である。
(訳者あとがきより)

 スハイリ号はインド・ボンベイで建造されたインドチーク製の32フィートのバーミューダ・ケッチだ。長いバウスプリットとアウトラダーをもつダブルエンダータイプで全長は44フィートになる。

 スキッパーのロビンは1939年、ロンドン生まれ、この航海を成功したのは30歳だった。それまでの13年間は船乗りとして商船に乗り組んでいた。この航海に出る5年前には船長免許をとり、アフリカ沿岸航路の船長となる。その後英国と東アフリカ間を航海する航洋船の一等航海士だった。それにインドで建造したスハイリ号をアフリカ南端ケープタウンを経由でロンドンまで回航した経験もある。ヨットレースの経験のみないが海の経験もオーシャンセーリングの経験も充分ある「ごく普通の人間」ではなく、前人未踏のの航海を成し遂げた“とっても優れた”ヨットマンである。

 航海記を読んでいるともう40年が経ち、時代が変わった実感はある。現在はGPSになってしまったが、この時代は毎日太陽を観測し、短波ラジオで時報をとりクロノメーターを校正する。悪天候が続けば天測が出来ず自艇の位置も不正確になる。大波で六分儀に海水が被り、ミラーに曇りが生じ始め、その対策に雨のデッキで六分儀を塩抜きをするなんて荒業も試みる。

 短波無線通信機はこの航海でもよくトラぶっている。また潮を被り故障していたこともある。今は、通信料はかかるが小型のインマルサットや衛星ケータイは安定した通信が出来るという。

 ウィンドベーンはミズンセールが邪魔で標準型の機材が取り付けられないのでスターン両舷に特製の羽根を2枚取り付けたシステムだったが不調続きで遂に航路半分のオーストラリア湾で壊れてしまった。その後は自動操舵装置なしの航海になってしまった。表紙のスハイリ号の画像にもベーンは見あたらない。

 嵐ではヨットを減速させるのに2インチのポリプロピレンロープ720フィートをバウのキングポストから左右に繰り出しバイトさせて使っていた。パラシュートタイプのシーアンカーも使ったがトッピングラインとアンカーラインが絡んで引き上げられなくなるトラブルが発生し以来使ってない。PPロープは浮くので錘が必要かもしれない、それに太さ2インチと書いてあるが直径では太すぎるように思うけど・・・。(この本ではロープ類は直径ではなく外周寸法を呼称してるようで、2インチは16ミリ相当になるのでまぁ順当かな)

 面白い記述を見つけた。 1968年10月8日 航海116日目
今日、チーズの磁性を発見した! ニュートンの万有引力の発見と同じレベルではないと断ったが、極めて重要な興味ある発見なのでその経緯を述べておくという。デッキの仕事が終わりキャビン内で調理台のロッカーにバターとチーズをしまったところ、キャビンコンパスの針路が60度もそれているではないか、これはコンパスの真後ろにあるロッカーの缶詰が問題だろうとのけてみるが異常なし、チーズを動かすと驚くなかれ針路は60度、元に戻った。次にジャム、コーヒー、塩、ビタミン錠剤などを試してみたが何の影響もない。QED(論証も可なり)とある。その内、試してみよう!

 最初、この航海が競争だと思わなくて読んでいたのだが、読み続けているとイギリスの新聞社の主催で、誰が一番早くノンストップで世界一周してくるかの参加6隻で時間を競うゲームだと分ってきた。スタートラインを一斉にスタートするレースと違いモノハル、カタマラン、トライマランと艇種やサイズもばらばらで近接して競う場面もないのだがロビンは追いすがるフランス艇には負けたくないと愛国心を燃やしているのが英仏間の歴史を感じさせる。

 久し振りの航海記だったし、今、九州の「祈風」がホーン岬付近を航海中なので心配しながら読んでいた。でも314ページと中々の分量があり読み応えがあったなぁ。
読んでみたい人に。
 もうこの本は絶版になっていますが、当時よく売れたらしく今でもアマゾンの古本屋さんでよく出品さているし、お近くの図書館にも多分ある思いますよ。


【関連記事】:バイキングの太陽コンパス 
[PR]

by pac3jp | 2010-02-23 17:22 |  

オーストラリアの16歳女の子、ヨット単独世界一周に出帆

 昨日の夕刊ニュースで「オーストラリアの16歳少女、ヨット単独世界一周に出帆」と発表されたので、やっぱり今回も白人の女の子かと思った。日本女性では鹿児島の今給黎さんが無寄港単独世界一周にチャレンジしましたが、ラダー故障のため洋上で支援を受けたとかで、無支援条件は崩れたとかいっていたのはもう大分昔になってしまいました。
 その後、元気な日本女性は現れたのだろうか、ボクは聞いてないなぁ。


ロイターの記事より
 ヨットでの単独世界一周の最年少記録を目指すオーストラリアのジェシカ・ワトソンさん(16)が18日、シドニーの港から出帆した。
 先月、ワトソンさんがヨットの試運転中に貨物船と衝突したこともあり、今後8カ月をかけて挑む世界一周計画に対しては批判的な見方もある。クイーンズランド州政府が中止を公式に求めたほか、専門家からも計画に反対する声が上がっている。
 一方、家族や支援者らは、現地時間午前9時半ごろに出帆するワトソンさんを応援するため、シドニー湾内にある港に集まった。ワトソンさんは政府の巡視船に先導され、晴天に恵まれたシドニー湾から外洋に向かった。



 シングルハンドの航海は眠いもんなんでしょうね、誰もいない海でしっかりと寝て、沿岸など衝突の可能性がある海では寝ないで、という訳にもいかないでしょうが、充分なご注意で安全な航海を祈ります!

 内海の船舶が輻輳する海域でクルージングを楽しむ仲間のシングルハンダー船長さん達へも、今後の安全な航海を祈る!!
[PR]

by pac3jp | 2009-10-20 10:01 | ウオッチング  

メガヨットのフェンダー

 ボクはメガヨットのメカやキャビンの豪華さには全く興味はないが、装着されたフェンダーには少し興味がある。
 船舶は大型客船から小型ヨットまで自船が使用するに最適と思われる個性ある防舷物を持っている。それをあれこれ較べて見るのも面白いなぁと前から思っていた。
c0041039_11283887.jpg

 上の画像はモノハルの120f「アルカディア」の筒型フェンダーとチークのブルワーク保護とロープアジャスターを兼ねたメガヨットらしいグッズである。因みにこのフネは5本の傷もなくきれいなフェンダーを吊り下げていた。ロープアジャスターは硬い心材の内側にはフェルトが、外側には硬い皮革が縫い付けられロープガイドが2個とカムクリートが付いている。

c0041039_1129513.jpg

 上の画像はカタマランの「シルバークラウド」で、直径は1m、長さは2mもありそうな大きな筒型フェンダーが2個吊り下げられている。
 同じくブルワークからフェンダー用ロープは出ているがブルワークにチークのキャッピングはないので厚みの薄いロープ保護グッズが付いている。それはFRPらしい硬い心材に内側にはフェルト、外側には黒っぽい皮革が縫い付けられその上に摩擦に強いステンレスのプレートが張られてロープガイドが付いている。フェンダーロープのエンドはブルワークの内側にあるクリートに留めるのだろう。
それに吊り下げられたロープがハルを擦れないようにちゃんとロープにも擦止め(ハルの塗装保護?)もセットされている。


 両艇ともサイズは違うが同じメーカーのフェンダーのように見える。それにしてもフェンダーは各地で停泊するたびにその岸壁で汚れると思うのに全くの新品のようにきれいだなぁ。ボクたちがクルージング先で半分破れた俵フェンダーで停泊してきた姿と較べると、さすがは手入れの行き届いたメガヨットだと思わせますね。

 お断りをしておきますが、ヨットマンの全てがボロの俵フェンダーを使っているわけではありませんよ、ちゃんときれいに手入れされたヨット用防舷物をお使いのオーナーさんが殆どですが、中には漂流しているスチロールの塊を集めて防舷物に再利用しているリサイクル派のヨットマンもいます。

 ヨットの楽しみ方も色々ですから、見栄えを気にする方はそれなりに、個性派はご近所に迷惑をかけない程度に楽しんでくださいね。


【関連記事】:メガヨットのフェンダーアジャスター
[PR]

by pac3jp | 2009-08-12 11:32 | ヨットの艤装と艤装品  

メガヨット2隻

c0041039_11364991.jpg
 
 クルージングで暫くヨットハーバーを留守にしていたが、2ヶ月振りに行くとビジターバースに外国のメガヨットが2隻停泊していた。
 モノハルの方は少し前からいて、大きなカタマランは数日前に入港してきたという。共に船籍はカリブ海のジョージタウンである。シップカラーも同様で、紺のハルに白いデッキ構造物を持っている。

c0041039_11373140.jpg

 正面から見るとモノハルの「ARCADIA」の横幅はカタマランの「SILVER CLOUD」の半分位で小さく見えても全長は120フィートの立派なモーターヨットである。一見近づきがたいメガヨットでもハーバーに停泊していればなにかとコネクションが出来るものでボクの仲間たちが「あの豪華メガヨットを見学してきたで!」とあれこれ教えてくれた。

彼らが言うには
1.内装の豪華さ、ドアが帝国ホテル?並みだったなどキャビンの隅々までお金がかかっているように見えたこと。
2.ブリッジの航海機器がずらっとロールスロイスだったこと。デッキのチーク材は厚さが5センチ!もあるんだって。
3.主機関と発電機が同程度の出力を持っているなどかなり電化された船であることが窺えるなど。
4.でも、日頃乗っているヨットと余りにもかけ離れているので「羨ましいともおもわなかった」とか、など等・・・。

 オーナーはアメリカ人のリッチマンで瀬戸内海のクルージングが終わり、今は本国に帰っている。次の航海は地中海の予定なのでそれまでクルーたちはフネの整備をしながら回航の時期を待っているらしい。

c0041039_11381036.jpg

 一方、カタマランタイプの「SILVER CLOUD」はモノハルの「ARCADIA」より全長は少しだけ長いようだが、排水量はかなり大きそうだ。
 よく見るセールボートのカタマランと違って水中の魚雷型船体で上部構造を支え、吃水線を絞って造波抵抗と揺れを抑えスピードを確保しているのだろうか。大型高速のカーフェリーにも使われている船型である。

 桟橋から透明度の悪い海面を見ると赤い船底塗料が塗られた水中の船体がボーっと見える。またこの細い吃水線を前後二つに分けているのは高速航行時の引き波などの対策だろうか。
 桟橋を歩いているとカタマランのジェネレーターの音がやけに響いている。防音装置がいまいちよくないようだ。

 時々やってくるメガヨットの船籍は殆どがケイマンのジョージタウンになっている。本船のパナマ船籍と同じく税金対策の便宜置籍船でしょうね。先月も屋久島で見たこともない国旗をあげた日本人所有の82フィートのヨットがいたなぁ。お金持ちもそれなりの苦労はあるのかも知れないが胸を張って母国の国旗を揚げたら良いのにね。
[PR]

by pac3jp | 2009-08-10 11:40 | ボート  

寛平さんのアースマラソン

 真冬でも週末になれば熱心なヨット乗り達は「フネの整備」を口実にマリーナのマイヨットに集まってくる。でも、作業が一段落すると、一人ではちょっと寂しいのか居心地がよくて面白そうな話題があるヨットに自然と集まってくるようだ。

 先週末、無線LANがつかえるマリーナで「間寛平アースマラソン」のWebページを見ながらワイワイお喋りしているヨットがいた。いま太平洋を寛平さんと航海しているエオラス号のスキッパーは昔ここによく出入りしていたらしく当時の彼を知っている人が何人もいる。
 ノラ21をオリジナルのガフリグからマルコニーに改造し、ウインドベーンをスターンのパルピットに取り付けたりして少し危なっかしい艤装で小笠原へのクルージングに出たが、帰りは貨物船のデッキ積みで帰ってきた。「行きはきっと吹き飛ばされていったんやで・・・」と当時はそんな噂だったとか。
 「あんたも知ってるやろう」と聞かれたが当時ボクは草レース派だったのでクルージング志向だった彼の顔も名前も残念ながら覚えてない。

アースマラソン応援バナー

 歳月が流れ、今回彼は吉本興業のイベントとして世界一周の航海をしている。ヨットは28フィートと大の男が二人で過ごすにはかなり小さいが、長距離航海に耐える頑丈なつくりのヨットを手に入れ、充分に予算と時間を掛け整備したようだ。イベント終了後はスキッパー氏がシングルハンドで乗るのを想定しているのかもしれない。

 この航海は人気タレントの間寛平さんが乗っていてヨットから日本のテレビ番組にも随意出演できるし、インターネットには動画とブログで航海情報が発信されている。このようにエオラス号の通信設備には随分お金がかかっている。個人では絶対ここまで出来ないでしょうね。ついでに航海機器もFURUNOの最新機材が装備されている。

 今日、1月28日は出港から25日目で多分北緯30度、東経170度付近でもうミッドウェーにも近いと思うが風弱く針路100度で機帆走と書いている。昨日はデイラン120マイル走ったという。平均速度は5ノットになる。少し遅いようにも思うが28fのフルキールのヨットなのでこんなものかな。

 こんな航海中のエオラス号となんの関係もない当ブログが先週の金曜日には閲覧者がいつもより200人も増えた。なんだろうと思いアクセス解析の検索ワードを見ると「ヒーブツー」がどっさりでてきた。
 その日、「間寛平アースマラソン」のWebページによると間平さんらのエオラス号が風向の都合で2日間ヒーブツーをしていたのだった。それを読んだ読者は聞きなれない「ヒーブツー」という言葉をきっと検索したのだろう。ヨットマンなら大抵の人は理解できているので「間寛平アースマラソン」ブログは一般の人が大勢読んでいるみたいですね。
 因みに「ヒーブツー」をグーグルで検索してみるとボクが大分前に書いた記事がトップに出てきたので、ちょっとびっくりしたが、ははぁんと理解できた。

 ヨットで太平洋を渡るのはもう冒険ではないらしいが有名なヨットマン堀江さんは波動推進ボートから電話でTVに出演していたが「間寛平アースマラソン」は動画で出演しているらしい(TVは見てないので・・・)。いつでも見れるWebの動画やブログは一般の読者がヨットの航海をじかに目で見て理解していただくことができるので結構いいなと思っている。ブログのコメント欄をみるとやっぱりヨットをしない普通のファンが多いようですね。

 この航海、そして「間寛平アースマラソン」を是非とも成功させ、ヨットの楽しさを多くの皆さんに伝えてください!!


【関連記事】:ヒーブツー
[PR]

by pac3jp | 2009-01-28 13:16 | クルージング  

オーストラリア艇「シャドー・オブ・ローレライ」を訪問する

 11月15日(土)に2隻のロングクルージング中のヨットが入ってきたので、まず、近いほうからとフランスの「NEOS」号を先週に表敬訪問した。今週にはオーストラリア艇と思っていたのにビジター桟橋に姿がない。どこに行ったのかと思っていたら、ちゃんと2隻ともお隣のメンバー桟橋に停泊していた。

 沖にいたボクに仲間から「オーストラリア艇から4時にコーヒーでも飲みに来たらと招待された」と連絡があったので、急いで帰り、一緒に彼等のヨットを訪問してきた。
c0041039_13592995.jpg

c0041039_1404746.jpg

 ヨットは「シャドー・オブ・ローレライ」アメリカのプロダクションヨットでロード・ネルソン41、長いバウスプリットを持つクラシックなカッターだ。1986年に台湾のオーシャンイーグル造船所で建造されたフネを2005年から乗っているという。

船体長:41ft バウスプリット:10ft 全幅:12ft6in 吃水:5ft8inのフルキール
清 水:750L 燃 料:500L エンジン:ヤンマー4JHクラス 母港はオーストラリヤのブリスベーン

c0041039_1411227.jpg

 このヨットのコクピットは大きく頑丈で快適そうなフルドジャーで包まれている。前方、コンパニオンステップの上部のみハードトップになっていて熱帯地方では全周が開放できるようになっている。これから冬に向かう日本でもドジャーをしっかりと閉めると温室のように暖かいだろう。

c0041039_1415357.jpg

 キャビンは台湾ボートらしく木部が多用された重厚なインテリアだ。壁には長いクルージング歴を示すように写真や伝統的な面などもきれいに飾ってある。小顔で美人の奥さんが皆にコーヒーをいれてくれる。
 オーナーに、さぁこれから詳しいお話を聞こうとすると、彼は分厚いゲストブックを出してきてパラパラと繰りあるページを開いて見せた。それはKAZI誌が今年5月に福岡・小戸YHで取材をした記事の切り抜きだった。それを読んで貰えば自分たちのクルージングは分かるだろうという感じだ。確かにどこの港に入っても聞かれることは同じだろう。もうメンドクサイという気持ちもよく理解できる。

 彼らのクルージング歴は長く、38歳でリタイヤ(なんとも早い!)して以来、20数年間で3代のクルージングヨットをベースにし、空路も含めて世界82カ国を訪れたという。

 装備についてもお聞きすると清水は今のタンク容量(750L)で充分だし、造水器はメンブレンの性能に疑問があるので使わない。電気はソーラーパネルがあるのでジェネレーターは不要。ナビゲーションはC-MAPともう一種類の電子チャートはお使いだが航海エリアで必要な紙チャートは全て用意してあり、シート下のチャートロッカーに400枚も保管してあると言い、自宅倉庫にはまだ他のエリアのチャートも沢山持っているとおっしゃる。彼のナビゲーションはヨットと同じくクラシックなチャートワークが原則みたいだ。ボクも航海は紙チャートがメインで電子チャートはバックアップと考えているので宗旨は同じようだなぁ。

c0041039_147404.jpg

 通信設備は長距離用のSSB(icomM700pro)と近距離のVHF、それにsailmailのためのPactorⅡはチャートテーブルの周りセットしてあったがパソコンはtoshibaだと聞いていたが収納されていて見かけなかった。ダブルエンダーの船尾にはウインドベーンが付いている。内海では当然オーパイでしょうが外洋では電力不要のこれをお使いになるのだろう。

 日本のノリ網について聞いた時にこんな話をしてくれた。ずっと前、彼らがまだタヤナ37に乗っていた頃、東南アジアの海を夜間に次々と現れる網を交わしながら航海していたとき、ブイについたストロボライトの列がいつまでたっても続いているように見えて、これは長い網だと思っていた。
 だが、朝になるとどうも一晩中、キールとラダーの間にロープが挟まり動けなかったようだ。穏やかな天気が幸いしたが太いロープをラダーから外すのはダイビングセットの助けを借りても大仕事だったという。

 そんな事故の戦訓で彼はヨットのキールからラダースケグの間にステンレスロープを渡し、もし誤ってロープに乗ってしまってもラダーに挟まないようにしたらしい。今のロード・ネルソン41はフルキールなのでロープに乗っても安全だと胸をはっていらしたが・・・。

 これからの予定は、12月に一度オーストラリヤに帰国、少々ビジネスをして再度来日、今度は中部~関東方面に向かう。その後、来春には銚子からダイレクトでバンクバーに渡り、あと、アメリカ西岸を南下するクルージングになるらしい。KAZI誌の記事によると彼らのクルージング最終目的地は地中海に入りイタリア系オーストラリヤ人であるオーナーのご先祖が住んでいたローマ近郊の町を目指すのだという。
[PR]

by pac3jp | 2008-11-26 14:16 | ウオッチング