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アフターレースのパーティ

 ヨットレースのあとは参加者全員が集まり、ビールを飲みながら勝者の健闘を称えるパーティをするのが昔からの定番だが、これをやるには手馴れたメンバーと事前の準備が欠かせないが、殆どがクルージングセーラーである我々は単独行動も多いのでどこかのヨットに集まって酒盛りするなんてことはよくやるが、こういう大勢で楽しむパーティの開催はどうも苦手のようだ。

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   ↑草レースのアフターレースパーティはこんなスタイル?

 今日のアフターレースのパーティには「マツタケと、さいころテーキ」を用意しているという。当然ながら、遠征してきた琵琶湖のヨットレースグループが食材も調理道具も全て用意してきた。そして、こちらは費用を分担するだけの暢気さである。

c0041039_15581099.jpg 6月末に沖縄で「座間味ヨットレース」に参加した。フィニッシュした座間味港で座間味村主催のヨットレースとサバニ漕帆走レースの参加者が数百人も集まり盛大にレセプションパーティをやっていた。パーティフィは3,000円だがオリオンビールも泡盛も飲み放題、料理も十分あるし、記念のTシャツも貰った。スタッフには若い女性が大勢いて受付をしたり料理を作ったりして忙しそうにしている。地元役場の人達だろうかイベント屋さんには見えなかったから。(画像は泡盛で盛り上がっているお仲間)

 新西宮ヨットハーバーでもヨットレースは開催しているが、レースの表彰式パーティは「仕出弁当と決まった数のビールかお茶」が配られるだけだ。BBQなどのときはイベント業者さんが準備に来ているし、会場の設営も各賞のカップもハーバー会社が用意してくれる。

 確かにボク等も昔はみんなで力を合わせて小さなヨットクラブのイベントなどを開催してきたもんです。しかし今はお金を出したら誰かがやってくれる時代になってきました。レースの運営はヨットクラブのプロスタッフが、パーティはレストランでシェフのお料理が並ぶ。
ヨットマンはただ帆走するだけで良いんです!

 昔はそんなヨット環境が理想のように思っていた時期もあったが、今はメンバー皆が分相応に分担してレースなど色んなイベントを開催できる力を持ったヨットクラブが一番かなと思っている・・・。
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by pac3jp | 2009-10-08 16:08 | 音楽・パーティ  

久々の草レース

 昨年の10月にピアネットの帆走会レースに出て以来久々の草レースである。前回は中位グループにいたのでトップグループの走りははるか遠くでよく見えなかったが、今日はそのトップグループにいたX-382に乗ることになっている。ライバルは当然、前回優勝の腕もフネの性能もピカイチなX-362Sである。

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 艇長会議 草レースらしいなぁ

 本日の参加艇は28フィート~38フィートまでのクルージングヨット9艇だ。それに今回はクルー不足の各艇に琵琶湖でレースをやっているヨット乗りが三十人も助っ人に駆けつけている。

 お天気は快晴で上々と言いたいところだが、風は弱く、このさきが思いやられる感じだ。

 10時45分スタート、アウターマークぎりぎりを狙ってポートタックで出るが、邪魔なフネもなく楽勝で沖の赤灯台を目指す。ライバルはスタートライン上でスターボーをかける積りでやってきたが届かず我々の下を通過している。

 微風の上りは使い込んだセールを持つ普通のクルーザーは特に苦手のコースになるが、さすが元レーサー?だ、楽々と上る。しかし風はまばらで風向も定まらない。後を見ると3番手以降はだいぶ後になった。ライバルは鋭い上りで追いついてくる。風が振れたのでタックすると次のミートではライバルにしっかりリードされしまった。その後、大きなリフトに乗りマークまでに追いつくかと思ったが少し足りなかった、残念!

 沖の海面には輸送艦「くにさき」から発進したエア・クッション揚陸艇が阪神基地に向かうのだろうか、我々の集団に轟音をあげて近づいていてくる。でも音の割には引き波はなかったのでひとまず安心。

 赤灯を回航するとフリーにはなったがスピンにはきつい風向きだ、でもこれから振れそうなので先に揚げる。敵もさるもの、奥方との二人乗りなのに素早くスピンを揚げて逃げ切る体制になる。風は少し吹き出したように見えるがこちらからは中々追いつかない!
でも、皆さんはスピンUPで一仕事ついたので「乾杯!」とビールタイムになる。琵琶湖組の習慣だとおっしゃる・・・。

 次のマーク回航は難関だ、そこはジャイブが必要だもの。オーナーを含めて4人でジャイブのシュミレーションをしているが、いざ回航に入るとスピンポールがどこかのシートに絡んで返らない、デットランのままあさっての方向に・・・。
 敵は軽がるとジャイブをし、もう追いつけないほどはるか先行してしまっている。

 レース後半から南西が吹いてきたので例年のようにタイムリミットを心配しながらのセーリングではなく片上りで快適に飛ばしてフィニッシュできた。3番手はまだ見えないが、この風だとお腹が空いて堪らんという状況にはなりそうにないなぁ。

 レース後はビジターバースで「さいころステーキとマツタケ」の昼食パーティがあるらしい、みんなの集まりもきっと順調だろう。

【関連記事】:我らがローカルレース(動画版)
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by pac3jp | 2009-10-06 15:49 | ウオッチング  

6月27日 座間味ヨットレース本番

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6月27日曇り、座間味レースに参加するため早めにマリーナを出港する。スタートブイ付近に行くと大型のレーサーも沢山集まっている。

久しぶりのレースなので少々緊張するが、大型艇に挟まれながら中位でスタートする。風は南なので、ほぼ片上りのコースだ、やがて大型艇は遥か彼方に、あとは周りにいるライバル達との戦いとなる。

お天気はだんだん良くなってきて沖縄の梅雨はもう上がったように思う。青い海、白い雲、やっと沖縄らしい雰囲気になってきた。

肝心の風は強くなったり弱くなったりして安定しない。海峡に入ると真上りになってくるし、潮も速い、やっとフィニッシュラインたどり着いたらタイムリミット一時間前の午後3時。

レース艇は座間味港に横抱きで係留。フェリーと高速船が出るとその岸壁と浮き桟橋が使える。

夕方からはヨットレースの表彰式とサバニ帆漕レースの前夜祭があり、座間味村挙げての大イベントのようで大いに賑わっている。
新西の「シーバス」さんにお会いする。サバニレースのサポートに来られたとか。

パーティーではオリオンビールと泡盛の飲み放題で何時もの通り酔っ払ってしまう。

レース順位は?
どうしても興味がある方はオーナーに直接お聞き下さい。
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by pac3jp | 2009-06-28 11:37 | 九州・沖縄周航  

優勝カップ

 ボクの仲間は殆どが「重くしてしまったクルージングヨット」に乗るブルーウォーター派だが、中には高速クルージング艇でヨットレースに熱心なメンバーもいる。

c0041039_1824650.jpg 昨年度は1月から12月までずっとKYCのホワイトレースに参加していたので何かと忙しそうだったが、念願は叶い、今年はのんびりと過ごしているようにみえる。一人で黙々とデッキウェアを整備中のオーナーに声を掛けてみた。「沖には出ないの?」と聞くと、「そうだ!」と言ってキャビンの奥から優勝カップを持ち出してきた。
 
 2008年 KYCホワイトセールクラス ウィナーとプレートに艇名が刻まれていた。1年間クルーと共に計22レースも戦い、頑張ってたきた成果である。全エントリー艇は30隻だった。立派なトップレーサーである。

 でも、オーナーは少し不満のようだ。「・・・副賞がないの」、不景気だし、スポンサーがいないのでこれは仕方がないねと慰める。

 そういえばボクがまだクラブレースをやっていたバブルの頃は豪華な副賞が出ていた。優勝はコルムの腕時計、ガラガラで海外旅行なんてものも一杯あった。実はボクも「ハワイ・ペアでご招待」をゲットしたこともあった。\(^o^)/

c0041039_18252036.jpg テニスやゴルフ等プロの競技には優勝トロフィーの副賞として一億、二億の賞金が出るのが普通だ。プレイヤーはトロフィーにも価値は感じているが本当の目的は賞金だろう。
 でも我々が遊ぶヨットの世界には「銀製の水差し状のカップ」America's Cupをかけて1851年より現在まで158年も続く伝統の国際ヨットレースがある。日本チームもかっては出場したことはあるが、今や当時の元気はない。このヨットレースはヨットクラブ間の国際親善レースなので勝てば大きな名誉は得るが賞金は出ないし、エントリーするにも莫大な資金がかかる。

アメリカス・カップの本質は、贈与証書に基づくヨットクラブ間の国際親善レースである。しかし、莫大な投資、最新テクノロジーを凝縮したボートデザイン、セーラー達の神業的操船は世界最高峰のヨットレースと呼ぶにふさわしい規模を見せている。使用するヨットは出場国での建造が義務付けられているため、もはや単なる親善レースに留まらない出場国の威信を賭けた『スポーツという名の戦争』とも呼ばれている。これがアメリカスカップが文字通り"アメリカのカップ"とも称される由縁ともなっている。また、現在では参加各国の造船工学・建築工学・材料工学・流体力学・航空力学・気象学などの最先端技術や軍事からの応用技術までもが次々に投入されており、その結果として一大技術競争としての様相も持ち合わせる様になっている。
出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』

 今年、第33回アメリカス・カップはスペインで開催される予定だったが、Golden Gate Yacht Clubは贈与証書に違反しているとして、ニューヨーク州最高裁判所に提訴し、レースは法廷の場で弁護士達がヘルムスマン代わりに戦っている。その判決は2009年前半に出るらしいがまだどうなるかは不明。
 しかし、BMWオラクルは全長/全幅90フィートのトリマランを'08.9月に進水、現在サンディエゴにて帆走テストを繰り返しているらしい。

 副賞がないビックイベントも『スポーツという名の戦争』となるとまず法廷で勝たなければ海に出れないなど、どうかと思うが、我々のレベルでは大抵のことは話し合いで済む、平和な日本でのヨットレースだ、副賞など欲しがらず充分楽しんだと思ったらそれでいいのと違いますか。

 でも、仲間が獲得した優勝カップからアメリカス・カップに話が飛んだのはチョット飛躍しすぎだなぁ!
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by pac3jp | 2009-03-04 18:28 | ウオッチング  

2008 インカレヨット選手権大会 in 西宮

 第73回/全日本学生ヨット選手権大会 が10月31日~11月3日まで新西宮ヨットハーバーで開催された。
 前週の10月24日(土)にはレース艇と選手が全国から続々と集まって来ているようで外来駐車場や学生ヨットのヤードは賑やかになっていた。

 ボク達の仲間(ピアネットワーク)では以前から色んな縁があってここで九州大学が参加するレースがあれば応援・観覧艇を出してあげたこともよくあった。今回も九大は九州地区の代表としてエントリーしているのに連絡がないのでウチの世話役が学生に声を掛けるとぜひ乗りたいという。
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 早速、レース2日目朝からから学生たちが集まってきた。顔ぶれを見て驚いた。ヨットとは縁がなさそうな色の白い女の子が12人、1年生や補欠らしい男性が4人の計16人がやってきた。最近のヨット部はこんなに部員が多いのかと聞くと、今日乗っている女性の大部分はマネージャーだとういう。
 ナショナルチームでもない大学ヨット部に10人ものマネージャーが必要なのがボクには理解できないが、海の上で戦う選手よりリスク少なくクラブライフを楽しめるメリットはあるが面白味はちょっと不足かな。

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 レースはハーバーの直ぐ前の海面で開催さている。SWの風なのでスタートラインは出口からホンに近い。参加艇は予選から勝ち上がってきた各地区代表の27校が470、スナイプともに各校3艇をだす団体戦で戦う。
 その142隻のレース艇に運営ボート、チームサポートボート、チーム観覧艇と入り混じってえらい混雑だ。それにレースはゼネリコ続きで2時間もスタートできない有様だ。

 でも72隻のヨットがスタートラインで一列に並んでスタートしてゆくさまは壮観だ。さすがにインカレに出てくる選手は違うなと思う。まぁ、中には下手もいるようだが。

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1.センターハウス前のポールに上がったJSAF環境フラグと全日本学生ヨット連盟の旗。左はハーバーのUW旗。
2.スナイプ級の第8レース上マーク付近。風弱く、薄曇で画像では良く見えないが詳細に数えてみるとセーリングクルーザー11隻、大小のボート14隻の合計24隻が写っている。まだボク達の後方にも、フィニッシュする下マーク付近に何隻ものヨットやボートが見えている。インカレの観覧艇動員力はすごいなと感心する。
3.最終日、ディンギースリップ前のヤード風景。選手も観覧艇もまだ沖にいるのにこの混雑。
4.我々が応援していた九州大学のスナイプが帰ってきた。彼等の470クラスは残念ながら予選を突破できなかったそうで不参加。成績は27校中16位と記録にあった。ご苦労さんでした。

 最終日、九大の観覧艇はもう一隻増えて3隻になった。ボクは最後の34f艇に乗る。
レースは午前中に終了したのでハーバーに帰ろうとすると4年生の女性マネージャーが免許は持っているので操縦させて欲しいとオーナーにお願いしている。いずれ外洋クルーザー乗り回したいので経験したいとおっしゃる。彼女は理系の4年でまだ上に進学するとか、夢も持っているし、頼もしい女性でした。

 でも、久しぶりに若い女の子と喋ったような気がする。たまにはこんなイベントのお手伝いも良いものですなあ。

【参考資料】:第73回/全日本学生ヨット選手権大会 in 西宮
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by pac3jp | 2008-11-06 12:30 | ウオッチング  

我らがローカルレース(動画版)

 ディフェンディングチャンピオンの「DREA夢」号が持ち回りの優勝カップの重さに耐えられなくなり、今年も早くやろうなど言いながら日程が決まると、その日に合わすように九州・大分方面にクルージングに出掛けてしまった。 アレッ 逃げたか!の声も・・・。

 10月19日(日)曇りのち晴れ、東の微風。本日のエントリーは10隻。同日開催のKYC本格レースのIRCクラスの参加は8隻だった。

 参加艇はかなりポテンシャルが高いXヨットのX382とX362の2隻。トップグループとなるはず。 二番手グループのトップはデュフォー362、デヘラー33CR、カタリナ34、マキシ34、HR36の順だろうか。 三番手は船齢は高いがクルーが優秀なピーターソン30、クルージングの達人のジャヌー31、スポーツクラブで鍛える岡崎33PHと個性派セーラー達がどれだけX組に追いつけるかが見所だろう。

 各艇のレーティングはKYCのレースに準じて決めてあるが、ルールは海上衝突予防法のみ。プロペラ推進は禁止だがオーパイも電動ウインチも特大セールも持っていればOKとか。クルーがジェネカーを持参するフネもあったが・・・。
勿論、参加費は無料。

 コースは沖の一文字防波堤を一周してスタートマークを回り込んでフニッシュとなる簡単なコース。風があれば1時間は掛からない。

 アビームでスタートする。このフリーのコースでは誰でも良く走るし、スピンを上げたら少しはスピードが増す。でも僅かの時間でXヨット組はどんどん先行する。2番手グループは予想どうりだがマキシ34が遅れている。

 一文字灯台をクリアすると上りになった。オーパイではうまく走らないのでステアリングに専念する。でも風はだんだん弱くなってきた。

 上りコースの半分までは3番手に付けていたが、やがて軽いデヘラー33に風下から抜かれてしまう。後方にいたデュフォー362はタックして防波堤よりのコースを取る。暫く我慢してオーバーセール気味でタックするが、時々無風になったりして潮に流され、回航マークの灯台を中々クリアできない。なんとかマークをクリアできるコースに出るとカタリナ34が前を横切っていってしまった。もたもたしていたら6番に落ちてしまったのだ。

 しかし、幸運というか不幸というかここで全くの無風になってしまった。が、我々は用意したスピンをむりやりひき上げて、そよ風が吹き出すのをじっと待っていた。
 やがて0.5ノットから1ノットのそよ風が出てきた。動き出したフネから前を見るとはるか前にデュフォー362はいるがデヘラーはいない。後のヨットも見えないのでどうやらこれで完走できそうだと思っていると少しはスピードも上がってきて2時間以上はかかったがなんとか4番でフィニッシュできた。ラッキー

 ビデオカメラを買ってまだ数回の初心者なので操作間違いで再生すると海や空やヨットが逆さに写っていたりしていたがなんとかムービーメーカーで10分の動画に編集しました。でも船酔いにご注意。
 少し長いので適当にご覧ください。高速の回線を推奨します。



【関連記事】:ヨットのメッカのローカルレース 
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by pac3jp | 2008-11-04 16:34 | 音楽・パーティ  

レスキューボートいろいろ

 ハーバーの沖では学連をはじめ多くの団体に所属するディンギーがセーリングしている。そしてレーサー達をまとめている各チームの本部船を兼ねたレスキュー艇が必ず近くにいる。

 そんな海面を毎週のように通過しているが学生たちが乗る470やスナイプなどに今までそう関心がなかった。ところが最近、北京オリンピックで470クラスで関西系の選手が活躍していたのを聞くと「若い彼等の究極の目標はきっとオリンピックなんだ!」と思い、彼等の邪魔にならず走らせてやろうという気になってきた。

 そう思ってよく見ると学連ヨット部のレスキューボートがキレイになってきたのに気がついた。以前はほとんどが古いFRP小型漁船タイプだったがいつの間にか更新されモーターボートタイプもあり、漁船型もスマートでサイズも少し大きくなってきたようだ。

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c0041039_10433220.jpg 上の画像は関学のヤンマー製レスキュー艇。平成19年度に更新されたようでまだキレイだ。外観はディンギーの救助をするための低い舷とデッキ作業エリアはハンドレールをめぐらし落水防止を図っている。操舵コンソール前には操船用の2脚のイスが、パネルにはマイク以外、特別なものは何も付いてない。コンソールの上部はレース運営用のエリアだろう、スタート用の高いポールを持っている。

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 近くの桟橋にYMCAの「はるかぜ」が繋いであった。このボートはディンギー等の専用救助艇として設計・建造されたボートだったと思う。
 はるか昔に「舵誌」で紹介されていたのを覚えている。当時、ボク達は18fのつりボートをレスキューに使っていたので大型で船内機仕様のレスキューボートを羨望の眼差しで眺めていたなぁ。今では大きさも、そしてエンジンがオリジナルなら出力も低いので学連のレスキューに機能性では負けているがスタイルは中々良いとボクは今でもそう思っている。

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 もう1隻はセンターハウスの前に留まっていた、かっこいいKYCのレスキューボート。ハルはアルミで外周に太い防舷材を装着している。プロペラはなくてウォータージェット推進。ドライバーは高速ボートのように背後のシートに身体を嵌め込んで操縦するタイプだ。
 このボートは普通のヨットレースには使われていないみたいだが、マッチレースのジャッジやチャンピオンレースの運営には使われているのでだろう。でもこの前のTP52が出ていたKYCポイントレースには何故かこのレスキューが走っていた。

 それにディンギーのサポートにインフレータブルボートが増えてきた。以前にはOPクラスの練習にレスキューとしてインフレータブルボートがついていただけだったが、最近は学生の練習にもインフレータブルボートがレスキューというよりもコーチとしてついているようだ。
 将来有望な選手だけなのか、あるいは予算豊富な大学が練習効率を上げるためにつけているのだろうか。コーチが大馬力船外機を搭載したインフレータブルボートに乗り熱心にアドバイスしている光景もよくみられる。

 でもハーバー内をパトロールしているインフレータブルレスキューボートには気をつけなくてはならない。桟橋を出たがペラにフジツボが一杯付いて困っていたら「つい、曳いてもらたい気持ち」になるが、このレスキューボートは有料です。後日、請求書がついてきますよ。

【関連記事】:ハーバーパトロールボートに助けてもらったら・・・ 
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by pac3jp | 2008-09-10 10:50 | ボート  

レーザー乗りだった頃

c0041039_823255.jpg 久し振りにハーバー出口の沖でレーザークラスのスタートシーンに出合った。風向はSW、8~9ktの絶好の風、40隻位の割合まとまった数のレーザーがいまやスタートという時間だ。フォーンが鳴り、一斉にスタートしたが、直ぐに第一代表旗が上がりゼネリコになってしまった。

 この位の風だったら「俺でも・・・」と思って見ていた。近くにいた甲南大のサポートボートに「何のレース?」聞くと「ジアイカップです!」との返事だ。ジアイさんは今でもお元気でご活躍なんだと思うと少し興味が出てきて、最初のクラスがスタートしてから上マークへ回りレースを見学させてもらった。

c0041039_8234763.jpg レースは予選の成績でクラス分けされているようで、最初のクラスは皆さん上マークも難なく回っていたが、次のクラスはマークで衝突したり、マークタッチをしたり、沈しそうになったり大分苦労しているフネがいた。見ていると面白いが、大昔のわが身を見るようだった。
 多分、今、ボクがレーザーでレースに出てたら3レース目の上マークなどはもう疲労困憊で死にそうになっていることだろう。

 レーザーを始めたのはそれまでに乗っていた2マンディンギーからシングルハンドのレーザーでレースをしようと思ったからだ。1977年10月に、もうお亡くなりになった山村彰さんからNEWレーザーを受け取り西宮フリートで活動を始めた。
 当時のフリートキャプテンはクオータートンワールドで乗艇が沈没してしまったことで有名な森さんだった。当時のレース仲間は今でも新西宮ヨットハーバーでレース活動しているUMADORIさん、BW派に転向したブルームスティックさんらがいらした。その他、東京オリンピックのヨット競技に出たなどという往年のレーサーもレーザーのパーティでお会いしたね。

c0041039_824496.jpg 左の画像は1978年8月の浜名湖での第5回Laser全日本大会のビーチでのワンショットだが左端はボク、右端はジアイさん、真ん中の少年はニッチャレから今やアメリカズカップを戦うルナロッサに乗っていたプロセーラーの少年の頃の姿だ。この頃はオリンピックに出るのが夢だと話していたが・・・。さて、誰でしょう??

 1980年レーザー明石フリートを仲間と立ち上げ、活動を明石松江ビーチに移した。その当時の仲間も5丁目桟橋でレースをしているMOANAさんがいる。そして1984年からハイクアウトの必要がないキールの付いたセーリングクルーザーにかわり、大阪湾でクラブレースやクルージングをやりはじめ、現在はレースシーンからは全く離れて重い純クルージングボートでアチコチの港を訪ねる旅を楽しんでいる。

 レーザーのレースを見て昔話を始めるのはもう年寄りの証拠だが、本棚の奥から取り出した古いLOGを読み返すとホント懐かしい名前がある。あちこちに遠征しては多くの皆さんにお世話になってきた。
 その後、どうしていらっしゃるのかなと思い現役のレーザー乗りに聞くと「レーザークラスも高齢化が著しいですよ!」とか、今度、かって遊んだビーチを覗いてみよう。知った顔振れは元気でやっているかな?
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by pac3jp | 2007-08-03 08:31 | ウオッチング  

久しぶりのスピンラン

c0041039_10584739.jpg 先日、クルージング仲間の帆走会と称する懇親レースに参加した。当日は昔レースをやっていた頃の顔ぶれが久し振りに揃った。揃ったといってもたったの4人だけだ。お天気も穏かそうなので今日のレースはスピンを揚げることにした。前にあげたのは3年前だったのだろうか、もうすっかりいつ頃揚げたのか忘れてしまった。

 我艇のスピンポールシステムはディップポールシステムなのでシートとガイが各2本づつ必要だ。コクピットにはガイとシートが4本、ツィカー2本、フォアガイ1本それにジブシート2本、とメンシートの合計10本のロープがコクピットの床にとぐろを巻いている。
 デッキでは「シートの取り回しがおかしいなぁ、ツイーカーはどこにつけるの・・・」と誰かがいっている。もうすっかり忘れている。

 日頃からレースをしているフネならシートやガイのブロックが付いていたりフォアガイのロープがコクピットにリードされていたりするが、純クルージングヨットにはそんなものは全く付いてない。ただ、スピンポールのコントロールロープのみマストに付いているだけだ。長く使ってないスピン関係のスライダーやポールのトリガー、スナップシャックルの可動部に注油して準備する。

 それでも何とか艤装が出来たようだ。スタート海面に向かうと東6~8ktの風。第1マークにはアビームになる。出来るだけ東よりから出てスピンが上がるコースを狙う。 午前11:00スタート。狙い通り一番風上からスタートができたが、風は良く振れ、前に回ったりするが、とにかくスピンアップの合図を送る。フォアデッキがハリヤードを引くが途中で息が切れてトップまで上がらない。アフターガイが応援に行きやっとスピンは上がりきった。
 重いフネでもフリーのコースはスピンの馬力で何とか滑ってゆく。スピントリマーも長い間ご無沙汰の仕事なのでどうもシートを引きすぎるように思う。スピードが乗らない。ライバルも遅ればせながらもスピンをあげて追いかけてきた。でも、第1マークは辛うじて我々がトップで回航した。

c0041039_1059434.jpg 第2マークまでは微風のクローズホールドだ。重排水量タイプのクルージングヨットが最も苦手とする帆走コースである。すぐに後続のジャヌー32に追いつかれ、抜かれてしまった。でもこの風でタックをすると止まってしまうのでスピード、スピードと念じながら長いクロスのコースをセーリングした。
 第2マークを回るとフリーのスピンコースになるので何とか前に追いつこうと思っていた。第2マークを回るとコースの前方に土砂運搬用のバージが多数アンカリングしている。強風のクロスでは危険な障害物だが、微風の追っ手ならたいした事はないと思い勇躍スピンを揚げた。今度はうまく揚がった。でももう「はぁはぁ」言っている。
 みんな15年前はこんな作業は何ともなかったのだ。でも30歳だったクルーは45歳になったし、45歳だったクルーはもう定年退職の年齢だ。いまや彼らも仕事で体力を使うことは殆どない。キーボードを叩く指を動かすだけになってしまったのだ。でも昔と同じポジションでクルーワークをやっている。

c0041039_110822.jpg 猛ダッシュとは行かないが、風は東6ktで艇速2ノットでボチボチと追いかけてゆく。スピンのコースはクローズドホールドと違ってクルー全員に担当の仕事があるの皆さん共に忙しい。
 前方のバージ群に入ってしまった頃から風が落ちてきた。スピンが孕まなくなってきた。風速計は2kt~1ktに遂に0ノット、無風になってしまった。スピンを下ろしジブを出し、新しい風を待つことにしたが、僅かに逆方向に潮の流れがある。時々タバコの煙が流れるくらいの空気の流れはあるがフネを進める程の風はない。
 その内僅かな流れと風で付近のヨットと共にが3000トン積みの鋼製バージに寄せられてくる。バージは頑丈だがヨットは繊細な乗り物なので、迷わずエンジンを掛けて衝突を回避する。

 まだ期待の風は吹かないがバージ群の中で各艇はレースを続行中である。またもやノーコンになりバージに衝突の恐れもあったのでレースはリタイヤすることにした。

 でも、懇親レースは完走出来なかったが、久々のスピンランも出来たし、それにスピンの虫干し、シート・ブロック類の点検、艤装の確認、確実に落ちてしまった体力の認識と、それなりにチームの皆にとっても有意義な一日であったことは確かだ。
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by pac3jp | 2006-10-30 11:01 | シーマンシップ  

のじぎく国体セーリング競技会

c0041039_10192464.jpg 第61回目の「のじぎく国体」が兵庫県内各地で開かれていた。ボク達のホームポートはセーリング競技が行われた。ボクは国体のセーリング競技に県代表で出るほどの腕がなかったので大会の開催場所を間近に見たのは今回初めてだが、第一印象はたった4日間のレースのためにえらくお金を掛けて準備しているなぁと思ったことである。

 大会の規模からいえば競技種目は男子5クラス、女子5クラスの10クラスである。参加しているヨットとボードは合わせて390艇。まあかなり大きな大会とは言えるが、シングルハンド195艇・195人、2マンディンギー195艇・390人、選手の合計585人だ。クルーザーのレースでは100隻程度参加したときのクルー数だね。でも国体は監督やコーチ、その他のスタッフも大勢連れて来るからなぁ。

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 まず、ビックリしたのはディンギーヤードに3階建で長さが40~50mはありそうな巨大な管理本部を建てた事だ。これは仮設だがお金は掛かっているよ。全国47都道府県のセーリング連盟のお偉方が詰めているのだろうか。勿論あちこちにレース艇とチームのための大小のテントも沢山張ってある。

 また、センターハウス西側に一般のお客さんや関係者向けのテント村が出来ている。観覧船受付、写真屋さん、みやげ物店、郵便局、ヨット関連ショップ、ファーストフード店、炊き出しコーナーなど等。ここで一番お金が掛かっていそうなのが大型ディスプレーによるヨットレース実況システムだ。数ヶ所の超望遠TVカメラが二つのレース海面のレース艇を写している。そして、その画像はインターネット中継されていたそうだ。

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 お隣のテントではボランティアが運営する無料のソフトドリンクコーナーがある。昼時になれば同じく無料の焼肉と豚汁の炊き出しコーナーに大勢の人が並んでいる。それを貰ってきてテレビでレースを観戦するのだ。「沖の観覧船で見てもレースの様子もさっぱり判らなかった」と観覧船に乗ってきた人が言っていた。 だが、ここが最高!

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 海上で観戦したいギャラリーのために大小2隻の観覧船が運航している。フィニッシュを陸上から観戦したい人は隣町の芦屋浜へシャトルバスが出ている。当然最寄駅からハーバーにもシャトルバスが出ている。至れり付くせりだが誰が費用を払っているのだろう。

 隣接する芝生広場ではアマチュアバンドが賑やかに演奏していたり、面白い野外設置のアート作品が並んでいて、楽しい雰囲気を醸し出している。一見ヨットレースとは関係なさそうだが、この付近からはレース艇も、勝ってはしゃいでいる顔や、思い通りにレースが出来なかった悔しい表情の選手も見ることは出来ない。町にやってきたお祭イベントを皆が楽しんでいる感じだ。

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 海上の選手もトップグループは頑張っているけど「参加することに意義」を感じている選手も多いのかもしれない・・・でも、国体ってこんなもんなんでしょうね。
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by pac3jp | 2006-10-11 10:33 | ウオッチング