新しい南極観測船「しらせ」を見学する(2)

 左舷後部の舷門から乗艦し、一段あがって01甲板の飛行甲板にでる。すぐに大型輸送へりのCH-101が駐機している。護衛艦の哨戒ヘリ(SH-60J)よりもかなり大きい。ポートサイドを見ると窓が5枚あり乗降用のステップが下がっていて乗客もかなり乗れそうだ。スタボー側には貨物の積み込み用の大きな開口部がある。床下には大型の貨物を吊るための太いフレームパイプが見えている。輸送機なのでキャビン後部に重量物の荷役に便利なランプドアもある。

艦戴ヘリコプター CH-101
c0041039_14413962.jpg

任 務:南極における人員、物資の輸送
機 体:全長 22.8m 全幅 18.6m 全高 6.6m
自 重:9.9t
全備重量: 14.5t
最大速度: 270km/h
航続距離: 約850km
最大搭戴量 :機内 3t 吊下げ 4.5t
最大搭戴人員:27名
エンジン:ロールスロイスRTM322-02/08 出力:2,150SHP×3
製 作: 川崎重工(ライセンス生産)
開発者:イギリスのウエストランド社とイタリアのアグスタ社が共同開発し、現在はアグスタ社傘下のアグスタウエストランド社が製造・販売している。

 しらせ本体と同じく文部科学省の予算で3機が購入された内の2機が搭載されている。機体は掃海・輸送ヘリコプターとして導入されたMCH-101と同一の機種で、外観的には機首と尾部のミサイル警報装置の有無程度しか差異は無い。CH-101の方はミサイル警報装置の基台だけが付いている状態である

c0041039_14425172.jpg

 機体後部から見ると、ローター固定具とキャビン後部のランプドア部分が見える。
c0041039_14431791.jpg
 ローター基部と2,150HP×3のエンジン部分

c0041039_14434556.jpg

 ローター先端 変わった形をしている
c0041039_14441224.jpg

 左右にバックミラーが付いている。ヘリには一般的についている属具かどうかは知りませんが、吊上げる貨物の具合を見るのに必要とのお返事でした。

c0041039_14451471.jpg

 飛行甲板と格納庫上の管制室。

c0041039_14455342.jpg

 01甲板の平面図には格納庫に大型ヘリ2機と小型ヘリ1機の計3機の収容される図になっているが説明は2機搭戴となっている。このスペースは南極観測隊が偵察等に使用するヘリのためのもので機体はその都度チヤーターして搭載されている。H21年度はオーストラリアのフリーマントルで積み込まれ帰りはシドニーで返却された。H22年度は日本でチャーターされたので全行程にわたり、しらせに搭載されていた。

 昭和基地への物資輸送に新型輸送ヘリCH-101へのパワーアップと輸送物資のコンテナ化でS-60A(先代)の2倍の輸送能力を発揮し約1週間掛かっていた本格輸送を3日で終了することができたという。
c0041039_14464232.jpg

 空輸第一便を歓迎する昭和基地の越冬隊隊員たち。(H22.12)
 【平成21年度 航空輸送の実績】
 物資輸送  481.8トン
 人員輸送  1678人

c0041039_14472520.jpg こんな光景も・・・南極の夏でもちょっと寒いかもね。(H21.12)

もし、ボクでも若い頃、その場にいたらきっとこの列に並んでいたなぁ!
・・・ホンマか?


【参考図書】:しらせ 小島敏夫著 成山堂書店
[PR]

# by pac3jp | 2011-10-09 15:03 | 特殊船  

新しい南極観測船「しらせ」を見学する(1)

 2011年9月25日(日)、好天の神戸港第4突堤で開催された四代目の南極観測船である砕氷艦「しらせ」の一般公開に行ってきた。新しいといっても、平成21年5月の就役で、もう2回も南極観測支援の航海をしているがボクは初めての対面だった。

 砕氷艦特有のずんぐりと丸いバウを見ながら、左舷船首付近の受付で金属探知機と手荷物検査を済ませ、艦の後部から乗り込む。

c0041039_9295555.jpg

主要寸法 :長さ 138m×幅 28m×深さ 15.9m×喫水 9.2m
基準排水量:12,650トン
満載排水量:20,000トン
推進方式 :ディーゼル電気推進
軸出力  :30,000馬力
推進器  :固定ピッチプロペラ2軸
最大速力 :19.5ノット
巡航速力 :15ノット
定 員  :乗組員179名、観測隊員等80名

【砕氷能力】 
  連続砕氷 :氷厚1.5mまでの氷海を強力な推進力で3ノットの連続砕氷できる。
ラミング砕氷 :1.5m以上の氷は一旦艦を200m~300m後進させ、最大馬力で前進し、最大11ノットで氷に乗り上げ、艦の自重で氷を砕く。
ちなみに平成21年11月~平成22年4月の第51次南極観測処女航海では3,414回のラミングをしたと記録されている。

c0041039_9314719.jpg

新「しらせ」の特徴
1.船 体
c0041039_9324227.jpg◎砕氷する船首や喫水付近の外板部分にステンレスクラッド鋼を使用して、ラミング砕氷時などにおいて摩擦抵抗を低減。SUS部分は有害な船底塗装が不要になる。
※(ステンレスクラッド鋼とは高張力炭素鋼板にステンレス鋼板を貼り付け耐食性を上げた鋼板 JFE製)

◎融雪用散水装置の採用による冠雪抵抗の低減。ラミング砕氷時に海氷に積もった雪がクッションになり乗り上げ効果が落ちるための対策。

◎二重船殻構造に採用よる海洋汚染防止。

2.機 関 
◎ディーゼル電気推進方式による迅速な前後進切り換え
◎低速域でも高トルクを発揮する推進用電動機の採用
◎4台の発電機による統合給電方式によるライフサイクルコスト及び重量の節減。

c0041039_934132.jpg

上の図は電気推進システムの図です。(クリックすれば大きな画像で見れます。)
c0041039_936982.jpg
 4台のディーゼルエンジンが各々の発電機を回し、交流6,600Vの電力を発電し、高圧配電盤を経由して変圧器で交流1,050Vに落とし、電力変換機に入る。ここではコンバータとインバータで推進用モータの回転コントロールに必要な電圧と周波数に変換して4基のモータに供給する。そして左右2軸のプロペラが回転し船が進みます。右の画像はしらせの固定ピッチプロペラと舵板です。

 図には推進モータに接続された「バックパワー吸収抵抗器」があるがこんなものがいるんだと初めて知ったが、回生発電された電気はハイブリット車ならばしっかりとバッテリーにチャージされているのでちょっともったいない気もするが、海には下り坂や「しらせ」は帆船でもないから極まれにその状態になるのかな・・・。

 この日は機関室や操縦室などの見学は不可でコースは船首デッキから最上甲板の艦橋に上る。
c0041039_937940.jpg

 艦橋は護衛艦などに較べてさすがに広くて明るい、結構な人数が入っているがそう混雑しているほどではない。新しいフネなので航海機器も最新のようだ。気になったのは大きな艦橋窓ガラス制御箱が4面も並んでいたことだ。窓ガラスの開閉ぐらいにこんな大きな制御装置が要るんでしょうかね。でも大きな艦橋の窓は広く極地の環境ではパワーのある装置でないと窓の開閉も出来ないのかもしれない。(つづく)

【参考資料】1:砕氷艦しらせ パンフレット 海上自衛隊
      2:南極観測船と白瀬ノブ しらせ 小島敏夫著 成山堂書店
[PR]

# by pac3jp | 2011-10-02 10:10 | 特殊船  

尖閣諸島のスクランブルとサイバー攻撃

 先月、8月末、2011年7月10日~11日に警察庁ウェブサイトがサイバー攻撃で閲覧出来なくなったが、そのIPアドレスを解析した結果、90%が中国からだったと報道された。そのきっかけは7月4日の尖閣諸島において航空自衛隊のF-15が中国偵察機に対してスクランブル発進したことに対する報復だったらしい。

 国籍不明機が自国の防空識別圏に入れば戦闘機がスクランブルするのは世界の常識なのにそれに報復するなど過剰反応だろうと思っていたが、中国の大手検索サイトの掲示板に書き込まれたサイバー攻撃の呼びかけと原因としているテレビニュースのURLには自衛隊の活動が過剰に表現された「あおり動画」が長々と写されていた。

c0041039_17555097.jpg

 画像は中国のY-8型電子情報収集機。機首下部と垂直尾翼の前あるドーム内にあると思われる大型アンテナなど大小のアンテナで電子情報を収集している。
(統合幕僚監部提供)

c0041039_17571932.jpg 同機は、日中中間線付近を北緯27度付近から北緯31度付近まで飛行。その飛行パターンは7月の4日、7日の航跡と非常によく似ており、沖縄から九州西部の自衛隊や米軍の電子情報を収集したのではないだろうか。 一般的に、収集した電子情報は分析され、電子妨害や電子防御を行なう機材に設定されるとともに戦術分析に役立てられる。電子機器の高度化にともなって、電子情報は複雑化しており、定期的な情報の収集と高度な分析がなければ、電子機器への妨害や同機器からの防御の効果は低くなる。そのため、今後も同機が同空域へ定期的に飛来する可能性は高い。
(NetIB News 8/3)

 また7月31日には尖閣諸島のEEZで中国の海洋調査船がケーブルを曳航しながら航行しているのが発見された。

c0041039_17584230.jpg

c0041039_17592378.jpg ←↑ 11/07/31 尖閣沖EEZ航行中の中国の海洋調査船「北斗」
(第11管区海上保安本部提供)

 尖閣周辺のEEZで中国海洋調査船が7月31日午前7時25分ごろ、沖縄・尖閣諸島の魚釣島北北西約61キロの日本の排他的経済水域(EEZ)で、中国の海洋調査船「北斗」が、船尾からワイヤのようなものを4本ひいた状態で北西方向に航行しているのを第11管区海上保安本部(那覇市)の航空機が確認した。
 11管によると、尖閣諸島周辺の日本のEEZ内で中国の海洋調査船が確認されたのは今年初めて。水質調査などを行っているとみられ、無線で調査を中止するよう呼びかけたが応答がないという。11管は巡視船などから監視を続けている。尖閣諸島周辺では30日、中国の漁業監視船が日本の接続水域内を一時航行しているのが確認されていた。

 南シナ海の南沙諸島では中国船は他国調査船のケーブル切断など手荒な手段で権益を確保しているようですが、尖閣では海保も遠くから無線で注意するだけ?なので中国船は安心して仕事に集中しているようです。
 ちょっと前に海底資源調査船「資源」が調査中に不注意で航路を横切った自衛艦に曳航ケーブルを切断された事故がありました。この手は使えそうですが誰か・・・。

 ボクも航海中、スターンから曳いていたラインを漁船やモーターボートに切られことは何度もありましたが謝られたことは一度もなかったなぁ。

【参考資料】サイバー攻撃の呼び掛けがなされた掲示板(警察庁Webより)
 
[PR]

# by pac3jp | 2011-09-03 18:12 | 航空・宇宙  

兵庫県加西市の鶉野(うずらの)飛行場跡を訪ねる

 兵庫県の東播磨地域に旧日本軍の飛行場があったことは前から知っていたが正確な場所となるとちょっと自信がなかったが・・・。
 毎年8月の終戦記念日が近づくと新聞は大東亜戦争時代の話題が掲載される。今年は旧姫路海軍航空隊基地があった加西市の鶉野飛行場跡の防空壕など戦争遺跡が見学可能になったと報道された。
c0041039_60201.jpg

 初めてこの鶉野飛行場跡地にやって来て驚いた。66年前の姫路海軍航空隊基地の建物跡は当然全くないが、当初からある60m×1200mの滑走路はちゃんと残っていた。北東端のほうで道路が横切り1200mの全長は使えないが、今でも軽飛行機位の離着陸は充分出来そうだ。
 その古びたアスファルトの滑走路を地元の車がのんびりと走っているし、おっちゃんが自転車で横切っているが、今でもれっきとした陸上自衛隊の演習場だと表示されている。残りの用地は神戸大学農学部の農場と一般の農家に分譲され周辺は立派な農地になっている。(滑走路の画像はガイドブックより)

 ここには戦前、西宮・鳴尾浜で水上機や飛行艇を生産していた川西航空機が戦争末期に局地戦闘機「紫電」と「紫電改」の大増産で甲南製作所、宝塚製作所そして姫路と工場を次々と開設していた。
 姫路製作所は1942年(S.17)に姫路・京口に開設された。完成した機体を分解して遠くまで馬車や牛車などで飛行場まで運ばなくてはならないので1943年(S.18)、姫路海軍航空隊基地が開設された鶉野飛行場隣地に鶉野組立て工場を開設した。そして、終戦までの3年で「紫電」466機、「紫電改」44機が製造された。

c0041039_621166.jpg

 「紫電」は水上戦闘機「強風」のフロートを取り外してエンジンを中島の軽量・強力な「誉」に換え陸上戦闘機に改造されたが翼は水上機の中翼のまま。一方「紫電改」は低翼になり機首や胴体断面の形状が変わり胴体が40cm延長された。故障が多かった長い脚柱も短くなり「紫電」の課題は一挙に解決した。

c0041039_631828.jpg

 飛行場の各種施設のうち堅固な構造物だった防空壕や機銃座が数多く残っている。そのうち見学できるのは民家の敷地内にある半地下構造の防空壕で空襲時には地下指揮所に使われていたという施設だが、長い間水没していたのを地域の皆さんの協力で排水・整備し、戦争遺跡として公開されている。

c0041039_65015.jpg
 入り口の看板には「姫路航空隊 飛行科 地下指揮所・需品庫」と書かれている。もう一方の出入り口は竹材で加工された戸があり和風庭園の一部になっている(右画像)。

c0041039_68783.jpg

 防空壕は分厚いコンクリート造りで2部屋あり東部屋は3.7m×4.7m、西部屋は3.7m×3.1mで天井はドーム状で高さは約3m、地上からの通路は10mで爆風を防ぐため曲がり角が3箇所ある。

 壕内には当時の飛行機の写真や飛行場の史料と、学徒出陣が始まりここで編成された神風特別攻撃隊「白鷺隊」の史料などが展示されている。出身を見ていると、早稲田、明治、東京音楽学校など遠くで学んでいた学生たちがここから訓練用の九七式艦攻で南の海へ出撃していったことがわかる。

c0041039_614344.jpg


【関連記事】:US-2型救難飛行艇 

【参考資料】:加西・鶉野飛行場跡 加西市教育委員会 (ガイドブック)
【参考Web】:ガイドブック Web版 
[PR]

# by pac3jp | 2011-08-22 06:24 | 歴史・民俗  

映画「コクリコ坂から」国際信号旗のはなし

c0041039_6551388.jpg 近くのショッピングセンターでタグボートにUW旗(ご安航を祈る)が翻る図柄の映画ポスターがチョッと気になっていた。そして、つい最近、その宮崎アニメ「コクリコ坂より」を見てきた。

 時代は1963年、横浜港をみおろす丘の上に建つ古いがよく手入れされた洋館で下宿屋を営む一家のしっかり者の女子高生「海(うみ)」が主人公。毎日、海が見える庭先の掲揚ポールにU・W旗を揚げるのを日課としている。

 庭先からは港の沖の錨泊地だろうか、デッキにデリックが並んだ懐かしい三島型の貨物船が数隻描かれている。神戸港でもコンテナ船が出現する前には殆どがこのようなタイプの船が岸壁や沖のブイからハシケで荷役していたのをよく見ていた。

 丘の上からコクリコ坂を下ってくると市街地になる。背景がみんな懐かしい。街の看板、肉屋さんのコロッケ、オート三輪、自転車、それに高校生の学帽などなど。
c0041039_6585995.jpg

 港には石積の護岸が続き、倉庫や船用品を商うお店が並んでいる。小さなはしけに混ざって浮き桟橋に煙突が高いタグボートが係留している。もう1人の主人公「俊」の父親が乗っているタグだ。彼は通学にもこのタグに便乗していて舫い取りや旗りゅう信号にも手馴れているようだ。

 朝、「海」が丘の上で掲げる「U・W」旗に対して「俊」が沖から「1・U・W」旗を揚げている。(UW1は「あなたの協力を感謝するご安航を祈る」となる)

 少女よ君は旗をあげる
 なぜ
 潮風に想いをたくして
 よびかける彼方
 きまぐれなカラスたちを相手に
 少女よ今日も紅と白の
 紺に囲まれた色の
 旗は翻る

と、校内新聞に投稿する。

 「海」の父親は1950年6月から始まった朝鮮戦争で連合国軍に徴用されたLSTの船長をしていて触雷して沈没、帰らぬ人となったが、船乗りだった父の帰りを小さな旗を揚げて待っていた幼少のころからの習慣だった。今も帰らぬ父を慕う想いが丘のうえで翻っている。

日本を占領下においていた連合国軍の要請(事実上の命令)を受けて、海上保安官や民間船員など8000名以上を国連軍の作戦に参加させ、開戦からの半年に限っても56名が命を落としている。1950年11月15日、元山沖で大型曳船LT636号が触雷して沈没し日本人船員22名が死亡した。

国連軍として朝鮮戦争に参戦していたアメリカ軍やイギリス軍の指示により、日本の海上保安庁の掃海部隊からなる「特別掃海隊」も派遣され、死傷者を出しながら国連軍の作戦遂行に貢献した。しかし、日本特別掃海隊は日章旗ではなく、国際信号旗の「E旗」を掲げることが指示された。(Wikipedia)


c0041039_6563338.jpg もう一つ気になる絵があった。コクリコ荘の住人で絵を描く女性がいる。「海」は彼女から沖の船からいつも返答があることを教えてもらうのだが、彼女が描いた油絵の中には「AP(回答)・U・W」となっている・・・。

 同じくコクリコ荘の住人で「北斗」さんの送別会でポールに「HOKUTO」と信号旗が揚げられていたがヨットレースに使われない信号旗だったのでアレ、アレと思っている間に場面が変わってしまいこれは残念でした!

 映画を見ていて色々と思い出した。ボクも高校生の頃は社会科学の本をかじったり、60年安保を考えたりしていたなぁ。でも、電車通学でいつも同乗する女子高生からかばんに小さな手紙を入れられた事も楽しい思い出だったなぁ。青春だったのだ!


【参考資料】:コクリコ坂から 解説パンフレット

【関連記事】:ウェルカム・ポイント 
[PR]

# by pac3jp | 2011-08-14 07:06 |