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航路標識測定船 LL01「つしま」を見学する(1)

 8月21日(土)、神戸港・新港第1突堤で開催されている「神戸プラージュ2010」の協賛イベントで海保の航路標識測定船「つしま」が来ていたので見学してきた。この船は2年前にもこの岸壁で韓国の航路標識測定船「ハンビット」と並んで泊まっていたが、船内の見学は今回初めてだ。

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■総トン数:1706トン
■全 長:75.0m 最大幅:12.5m 深さ:6.4m
■主 機:4000馬力 ディーゼル1基
■速 力:17.2kt
■航続距離:12000マイル 最大搭載人員:54名
■就 役:1977年 

 航路標識には、灯台に代表される光波標識、霧笛など音波標識及び電波を利用した電波標識があります。本船は、ロランC、ディファレンシャルGPS、AISなどの機能の確認及びシステムの改善を図るため、有効範囲、誤差分布状況、電界強度、電波伝搬補正値等などの電波標識の解析評価のほか、灯台の光度測定やふくそう海域における通行船舶の実態調査を実施しています。
 また、航路標識業務に対する理解を深めるため、測定航海等の寄港地において一般公開を行ったり、観閲式等の行事に参加しています。
(つしま概要パンフより)

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 ↑画像はマストに取り付けられたアンテナ類。受信系のアンテナが多く、中でもGPS系が一番多いとお聞きした。レーダーも航海用だけのようだ。衛星通信用は後部デッキに設置されている。

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 ↑マスト下のちょっと広めの暴露デッキ。ここで夜間に光波標識の観測をするのだろう。ジャイロのリピータ(左の白いスタンド)とマグネットコンパスのスタンドがあり、伝声管!がブリッジにつながっている。電気がなくても通話が出来るものだと聞かされ「へぇ~!」と驚き、写真に撮る若い女性たち。

c0041039_5571251.jpg 輝度計測計 灯台の光度を測定する計器。別にシステムコントロラーが付属している。
●灯台からの距離、6,8,10マイルの洋上地点で測定する。
●灯台及び標準光源の閃光をそれぞれ100カウント測定
(カウントは輝度計で捕らえられた数)

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 ↑ブリッジ、流石に発売元の船舶にはしっかりとした電子海図装置が搭戴されている。それに海保の巡視船も広報の努力か、あるいは映画「海猿」の影響なのか女性の見学者が増えたと地元新聞などは報じている。
 ※天井から下がっている銀色のパイプが「伝声管」です。

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 ↑減揺タンク
 夜間の光度計測などには必須の設備である減揺システムのかなり大きなタンクが後部上甲板の両舷にセットされている。前から気になっていたので傍にいた案内係のクルーに減揺効果をお聞きすると首を傾げていたが、33年前の進水時から常時セット?されているのでもう誰も特別には感じないのだろう。


【関連記事】:日韓の航路標識測定船「つしま」と「ハンビット」 

 
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by pac3jp | 2010-08-31 06:12 | 海保  

オランダの少女が単独世界一周航海、最年少記録に挑戦!

 このところ海のチャレンジにも若い女性の元気さが目につく。先のオーストラリアの16才の少女、ジェシカ・ワトソンさんは今年5月に無事16才での最年少記録を打ち立てたが、今度はオランダの14歳の少女が単独世界一周航海での最年少記録に挑戦するためにジブラルタルから出航したと各社から報道された。

 ↓ジブラルタルを出航する前の画像。可愛い女の子でこれから冒険航海に出ようという闘志も見せていない。左の人物は自分のヨットを提供した父親かも知れないね。
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【8月22日 AFP】単独世界一周航海の世界最年少記録を目指すオランダのローラ・デッカー(Laura Dekker)さん(14)が21日、イベリア半島最南端のジブラルタル(Gibraltar)から単独航海に出航した。

 自身のブログに「航海は、わたしの人生そのもの。ヨットに乗った瞬間、わたしの中で何かが変わる。そして、生きていると実感できるの」とつづるほど航海が大好きなローラさんは13歳だった前年、単独世界一周航海を目指していた。だが、単独航海が未成年のローラさんに及ぼす影響を危惧したオランダの児童保護当局は航海を認めず、ローラさんを保護下に置いていた。

 ローラさんは10か月にわたる法廷闘争で航海を認めるよう求め、前月、児童保護当局による保護期間の延長を裁判所が却下したことから、再び単独世界一周航海への道が開かれた。

 多くの報道陣が見守るなか、全長11.5メートルの小型ヨット「グッピー(Guppy)」号でジブラルタルを出発したローラさんは、まず大西洋(Atlantic Ocean)を航行し、パナマ運河(Panama Canal)から太平洋(Pacific)に入る。その後、南米エクアドル領ガラパゴス諸島(Galapagos Islands)に立ち寄り、オーストラリア、タイを経由して、海賊が出没するソマリア沖のアデン湾(Gulf of Aden)を通って欧州に戻る予定。

 ローラさんが17歳になる2012年9月20日までには2年1か月ある。今年5月にはオーストラリアの16歳の少女、ジェシカ・ワトソン(Jessica Watson)さんが、17歳の誕生日の3日前に、ヨットによる世界一周を成功させていた。AFP

―BBC、新華網―

 史上最年少単独世界一周記録をめざす、オランダのローラ・デッカーが、ジブラルタルより帆走を開始しました。

 4日、父親といっしょにデン・オッセのヨットハーバーから出航、ポルトガルに到着したローラですが、単独世界一周の出航は、彼女自身の希望により極秘でおこなわれたもようです。
裁判の過程から世界中に注目を浴びただけに、メディアは土曜日、彼女が出航するとされたポルティマンの港、グリニッジ標準時の12時に集まりましたが、ローラはこれの裏をかき、9時にはジブラルタルより出航、記録に向かって挑戦を開始しました。

 彼女のマネージャー、ピーター・クラレンビークによると、出航時の天候は快晴、無風で、長さ11.5メートルのヨット「グッピー」を操るローラは、興奮気味に家族に対して大きく手を振りながら出航したということです。
 また、彼女の挑戦はメディア1社のみが独占放映権を獲得。挑戦の全行程を録画するビデオカメラもヨット内に設置されているということです。

 最初の寄港地はカナリア諸島、もしくはマデイラ諸島のいずれかとみられています。


 今度の世界一周航海コースは上のニュースから解釈すると帆船の世界一周航路の最難所だった南米大陸の南端のホーン岬、アフリカ大陸の喜望峰沖を避け、通常本船航路のパナマ運河とスエズ運河を通過するコースを取っている。これで航海距離は大分少なくなるが、代わりに本船航路に近いだけ衝突の危険は増えるのでワッチが大変だ。記事にもあるが海賊の出没するアデン湾を単独あるいは船団で通過するにしても危険であることに変わりがない。

 まあ、世界中に注目度が高いヨットなのでこの海域に派遣されている各国の軍艦からも注目されるのは明らかなので海賊達も敬遠するかもしれない。

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 ローラの赤いヨット「グッピー」号は37フィートケッチだ。マストにインナーフォアステイが追加されたのだろう、左右に赤いランナーが見える。

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 コックピットには幅広いドジャーがかぶさっているが屋根の奥行はない。このコースだと気温の低い地域はないので保温より見通しの良い方を取ったのかもしれない。広めのコクピットでアフターキャビンがついている。船尾にウインドベーンが、ライフラフトと上陸用の船外機がパルピットにセットされている。スターンにはレーダーアーチがありソーラーパネルはあるが他に何が載っているかは不明。

 コクピット周辺しか見えないが、世界一周航海に出るようには見えないすっきりとした艤装だ。これが最終艤装ではないのかもしれない。

 でも14歳でもしっかりした感じの女の子だ。ヨットの上で生まれ大きくなったというので陸育ちとちょっとは違うかも。

 これから単独世界一周の記録更新を狙って頑張ってみる13歳の日本男子、いや日本女子はいませんか!
 でも、海技免許が出せない・・・などなど、お役所対策に問題も多く海に乗りだすまでが大変だ。

【関連記事】:16才少女 最年少の単独無寄港、無支援の世界一周を達成
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by pac3jp | 2010-08-26 17:07 | クルージング  

新しい?防舷装置

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 深江丸 【主要目】
全  長:49.955m 幅 :10.000m 喫水:3.212m
総トン数:449トン  
主 機 関:4サイクル ディーゼル機関 1,500馬力× 1基:常用約11100馬カ
航海速カ:12.5ノット 航続距離:31000海里
竣  工:1987年10月

c0041039_18115860.jpg 「進徳丸メモリアル」の見学を終わり、専用岸壁に北向き入船で係留されている練習船・深江丸を見る。西風に対してか、船尾から南西に錨鎖が伸びている。岸壁と本船の間には通常のゴム俵タイプの防舷物ともう一組の変わったタイプの防舷装置があるのに気が付いた。

 岸壁の地中に大きなオイルダンパーを2基埋め込み、接岸する深江丸(449総トン)の衝撃を緩衝しようとするものらしい。岸壁には通常の縦型のゴム製防舷材も付いているがちょっと影が薄い。

 近くの防潮堤に「新型式防衝接岸装置」として詳細な解説パネルが掲示してあった。
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神戸商船大学地域共同研究センターは、港湾内での接岸作業や荷役作業の効率を向上させるために、従来のゴム式又は空気式防舷材に変えて油圧オイルダンパーを使用した新型式防衝接岸装置を、三井造船、東洋建設、シバタエ業、カヤバエ業と共同で開発した。(解説パネルより)

Webでこんな記事を見つけた。

新型式防衝接岸装置(S社)
 S社は、港湾における船舶の接岸時の安全性や荷役の効率向上を目的として、新型式防衝接岸装置を開発した。従来の設備は、ゴムの弾性や空気の圧縮力を利用したゴム性防舷材が使用されているが、接岸時の反力増大などのため、接岸速度も10~20m/s の極低速で実施していることから、港内における接岸効率が悪い。 これに対して、新型式防衝接岸装置は、エネルギー吸収装置にオイルダンパーを用いて防衝装置を構成することによって、低反力で大きなエネルギーを吸収可能とし、従来の防衝設備より安全にかつ高速での接岸(2~4倍)を可能としたものである。また、接岸エネルギー吸収後は、装置を岸壁側に収縮させることで、船側と岸壁の距離を短くできることから、クレーン設備の小型化や荷役効率の向上が可能になる。


 新型の防衝接岸装置のモデルケースとして10数年前にここに建設されたが、その後どこかでこの技術が生かされたのだろうか、船に優しいアイデアは良いがゴムの防舷材に較べて圧倒的に高そうだし、500トンクラスでこの大きさだとコンテナ埠頭の数万トンクラスの設備だとかなりの費用が掛かりそうである。

 でも、タグのお世話にならずに大型コンテナ船が着岸出来たら港湾コストは安くなりそうですが、港湾は既得権など政治絡みの難物も多いのでこの新システムで勝てるかな?
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by pac3jp | 2010-08-22 18:21 | ウオッチング  

進徳丸のバーカンティン帆装

 今週初め、神戸・元町の海文堂書店に寄ると店頭のショーウインドに総帆に順風を受けて航海する4檣バーカンティン型だった「進徳丸」の絵画が飾ってあり、同時に進徳丸の解説も掲示してあった。

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 ↓ クリックすると大きくなります。
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 《進徳丸の帆装型式決定の謂れ》
 大正10年10月、文部省は練習船建造調査会を開き、その船種と型式が検討された。海軍側の汽船論と文部省側の帆船論が対立したが、文部省督学官であった小関三平氏の熱心な主張により帆船と決定した。さらに帆装型式については、大成丸と同じ4本マストのバーク型と4本マストバーカンテイン型とが議論されたが、当時日本郵船の海務部長であった武田良太郎氏が英国で自ら乗船した経験より旋回性能に優れているバーカンテイン型を強く推奨したことにより4本マストバーカンテイン型に決定された。
 当時国内では大型帆船建造の経験が乏しく、英国のRamage&Ferguson Co.に帆船に関する部分の設計一切を依頼し、日本より技師を派遣し建造の指導を受けた。(神大海事科学部HPより)


c0041039_7354479.jpg バーカンティン型帆船

 左図は一般的な3檣バーカンティン型の帆装だが大型帆船だった「進徳丸」は4檣の内、メイン、ミズン、ジガーの縦帆が余りにも巨大で操作が困難だということで縦帆を分割してダブルガフに大改造された。
 艤装は複雑になったが操作性は良好だったといわれる。
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by pac3jp | 2010-08-20 07:43 | 帆船  

進徳丸メモリアル(2)

 深江丸をはじめ神大海事科学部に所属する船艇が停泊するポンド東側の用地に設置された「進徳丸メモリアル」を訪れる。夏草に埋もれていたようだが業者の若者が草刈の真最中である。もう暫くで作業完了の見込みだ。

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 デッキに上がりマストを見上げる。その昔は最後尾に立っていたジガーマスト(22.4m)で帆船時代は41.5mもあったという。マストの回りに汽笛やホーンなどが置いてある。
 振り返れば屋上には舵輪が載った大きな窓のブリッジ風の船室がある。そのブリッジ内には船長公室、隣には主機関の一部と実習生居室などが配置されている。

 施設の周囲に進徳丸のアンカー、プロペラなどの装備品と当時の木造の交通艇「むこ丸」(深江の沖に停泊した進徳丸への交通艇として活躍し、多くの学生が学校のポンドから、むこ丸により進徳丸に乗下船した。)が展示してある。

 1923年(大正13年)生まれの練習帆船・進徳丸は当時一般的な石炭を燃料とするレシプロ蒸気機関を搭載していた。舶用ディーゼル機関がやっと使われはじめたという時代だった。

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主機関(Main engine)
三段膨脹往復蒸気機関 2基 帆装を取り外して汽船で運用された時代もこのスチームエンジンだった。
1基 625HP 総馬力 1,250HP
高圧シリンダー:直径305mm 中圧シリンダー:直径 508mm 低圧シリンダー:直径838mm  ストローク:600mm
速力(機走) 10.5ノット (帆走) 13.0ノット

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【ご参考に】三段膨張機関の動作例

 赤で示されている高圧蒸気がボイラーから入り、青で示されている低圧蒸気として排気され復水器へ送られる。弁室は対応するシリンダーの左側に位置している

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トロットマンズ・アンカー(Trotman's Anchor)

 ヨーロッパの帆船で多く使用されており、フリューク部が可動式になっている。潮の満ち引きが激しいヨーロッパならではの錨である。
 特徴:爪の背に突き出ている突起が海底に引っかかり、爪が土中へ貫入するようになっている。片方の爪が土中に入ると、もう片方が寝た状態になる。初代の日本丸、海王丸にも搭載されていた。

c0041039_6194773.jpg 実習生居室の壁には、「追憶」のプレートが入った額が掲げられています。

昭和22年7月24日播磨灘二見沖において爆沈の悲運にあい、多数の死傷者を出した。戦後これを引き揚げ、神戸三菱ドックに曳航、改装修理が施され、昭和22年5月30日進徳丸は再興された。当時実習生として乗船していた高等商船学校第二期生らがこれを記念し、真実と自由と友愛の証として、真鍮板に「追憶」を刻し、昭和23年3月10日第一教室(学生食堂)左舷の壁に掲げた。以来、光り輝く青春の象徴として親しまれ、多くの実習生の手により磨き続けられた。(説明板より)

※窓際にあるその説明文の下線の年数が間違っていました。進徳丸が米軍の攻撃を受けたのは昭和20年の7月24日でした。

【関連記事】:進徳丸メモリアル(1)
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by pac3jp | 2010-08-14 06:41 | 帆船  

進徳丸メモリアル(1)

c0041039_8471742.jpg 神戸高等商船学校の初代進徳丸は華麗な帆船として生まれ、戦争の時代に汽船となりやがて陸に上がり神戸商船大学のモニュメントになったのだが、ボクの通勤コースの道路からもずっと見えていた。
 その後、阪神淡路大震災で進徳丸が倒壊し解体されてしまったことは新聞などで知ったが、被災地域に住居も職場もあったボクはもう自分の事でセイ一杯ですっかり忘れていたが、ある日小さいメモリアル施設に生まれ変わっていることに気が付いた。

 一度は行って見ようと思っていたが先週やっとその機会がきた。

 ボクにとって進徳丸の名はずっと身近な存在だった。それは昔、母からよく聞かされた話があったからだった。

 「戦争中、西岡(集落名)のすぐ沖の進徳丸に毎日のようにグラマンが飛んできて機銃掃射し、船の人がようけ死んだったんよ」、そしてグラマンの不発弾が村のあちこちにばら撒かれ「庭掃除をしていたお寺の人が不発弾の爆発で亡くなったこともあるんやで」と任意欄座した進徳丸の空爆の様子をよく教えてくれた。

 記録にある進徳丸が欄座した位置からボクの実家との直線距離を測定すると半農半漁の小さな部落を挟んで僅か500mほどしか離れていない。グラマンの編隊がもう動けない進徳丸を狙って急降下し、機銃掃射やロケット弾で攻撃する轟音は周囲の住民に恐怖の音として聞こえてきたのだろう。ボクも防空壕のなかでその音を聞いていたはずだが今では全く覚えてない。

戦時中、緊急物資の輸送として石炭輸送に従事していた昭和20年7月24日正午頃、二見沖停泊中、米軍の艦載機の機銃掃射とロケット弾による空爆を受け甚大な被害を被り、沈没を免れるため任意欄座した。この空爆により死亡者6名(実習生5名、乗組員1名)、重傷者6名(全員実習生)の人的被害を被つた。空爆は31日まで続き船体は無数の銃弾を受け全焼した。火災により当時の公式記録はすべて焼失した。二見港沖方位124度、距離420mの地点であった。
終戦1年後の昭和21年(1946年)7月31日に引揚げ作業が始められ、8月19日浮上、8月24日三菱神戸造船所に曳航され、修理が施された。翌昭和22年(1947年)5月30日汽船練習船「進徳丸」が甦った。
(神戸商船大学 海技実習センター年報 第2号 平成13年3月30日より)


 もう日本がほとんど降参していた昭和20年7月、終戦の20日前に、商船学校の練習船を執拗に空爆した米軍も非常識だが、無念にもお亡くなりになった若い学生5名と乗組員1名のご冥福をお祈りします。

【関連記事】:進徳丸メモリアル(2)
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by pac3jp | 2010-08-12 08:04 | 帆船  

神戸大学海事博物館「江戸時代の海路の賑わい」を見学する

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 2010年8月6日(金)深江の神大海事博物館で企画展「江戸時代の海路の賑わい」で当時の海図と海路・道中図などの展示がされて開催されているので見学してきた。昨年、同時期に別の企画展を見学したのだがあれからもう一年だ、時間の経つのは全く早い!

c0041039_1011461.jpg 当日の博物館の来館者はボクを含め3人、記入した名簿の上の欄にはこのジャンルで著名な大先生の名前が記入されていた。そして管理事務所の方から賑やかに談笑する声が聞こえてくる。
 さて、どちらからと算段していると当番?のボランティア・スタッフ氏が「こちらからどうぞ!」とおっしゃる。お喋りをしながら次々と展示物を楽しく見学するが、いつものマイペース見学に馴れた身にはちょっと忙しかったが一通り見学してきた。

 展示のメインは自前の海路図屏風六曲一双の2枚だ。金泥多彩色の華麗な航路図屏風は元禄の頃の作と考えられ、大坂から瀬戸内海・周防・長崎にいたる航路を里程と島々や海岸部のお城や寺社などが描きこまれた素晴らしいものです。とても航海の用に使うものとは違いもっぱら豪華なお部屋の装飾品ですね。

 長崎の町が特に大きく描かれているので長崎にゆかりの深い絵師の作品か、あるいは元禄の頃、大坂から見る長崎は外国に開けた素晴らしく大きな町だというイメージが定着していたのかもしれない。

 その他の展示された海図や航路図の内、数点はペリー来航前後の幕末の作成で、藩が海防の為に作成したものや実際の航海にも使えるように方位と距離が記入された海図、それに仙台藩が自力で建造した洋式帆船「開成丸」の江戸~仙台の実測航跡図もある。その航海も終わりに近づく頃、目的港方向から吹き出す強風の風上航に散々に苦労している航跡が描かれている。

 バーチャルミュージアム「海図」というパソコンと大型モニターで古い海路図を大きく見せる展示があるがどうも解像度がいま一つで地デジで見る鮮明な画像に慣れた目にはもうちょっとはっきりした絵にして欲しいなあと思ってしまう。

 ボクが気になったのは「外国船来航と当時の人々」の展示でケースに入っていた数冊の和漢書で「スループ備方法則」と後の書名は忘れたが面白そうな口絵が描いてある本だった。多分ここの海事科学部の図書館に行けば見せてもらえるはずだが、さて、読めるかな・・・。

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 上の画像は企画展のパンフレットです。クリックすれば大きくなります。
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by pac3jp | 2010-08-08 10:05 | ウオッチング  

ケープタウン沖でヨットにクジラが乗り上げる!

 2010年ワールドカップで世界中のサッカーファンを沸かせた、南アフリカのケープタウン沖でホエールウオッチングのヨットに体重40トンのクジラが乗り上げたと言うニュース「Whale of a tale for couple yachting off Cape Town」が7月21日 付けのBBC Newsから報じられた。

c0041039_15592066.jpg ケープタウン(南アフリカ)沖でのホエールウォッチング旅行中のカップルは、長さ10m、体重40トンのミナミセミクジラが彼女らのヨットに飛びついたとき、幸運にも彼女らには大きな被害を免れたと言います。

 ミナミセミクジラ(貧しい視力で知られている種)が、ブリーチングして水の中へ滑る前にヨットのマストにかみついたという。
 このクジラは音でナビゲートしますが、カップルは「私たちのヨットのエンジンがオフであったので、クジラは、私たちがそこにいたのを知りませんでした」そして「私たちのヨットはただ間違った時間と間違った場所にいたボートでした」といってミナミセミクジラの習性に適切に対応したホエールウオッチングでなかったようにいっていますので、乗っていたヴェルナーさん達ががこの事故を導いた疑いもありました。当地のホエールウオッチングに対するガイドラインに違反しているんのかもしれませんね。

 状況は:ヴェルナーと彼女の仲間ラルフは天気の良い日のテーブル湾にはヨットの上から遠くにクジラの姿を見ることがあった。
 彼女は、エンジンを切って、それから1時間ほどクジラを見ながら浮いたと言いました。 クジラは最初、私達のヨットから120メートル離れて登場し、それからまた潜り、 数分後、それが10メートルの近くで浮上したのを見た。
 突然、私はパートナーの叫び声を聞いて周りを見回すと、そこにはデッキにブリーチングした大きなクジラが見えた!

 そして、マストが大きな音を立てて倒れて来たとき、私は、パートナーのラルフと本能的にヨットのホィールの後ろに隠れました。クジラはヨットの側面を滑り降り海の中に・・・。

 その時、近くにいた旅行者がその瞬間をカメラに捕えました。動画はこちら

c0041039_1621611.jpg すぐに私は、幸い我々の身体は無事だったが、ヨットはどのくらいのダメージがあったかはすぐに分った。ヴェルナーさんは、ヨットの損害を修理するには8,500ポンド(邦貨で約116万円)必要かもしれないと言っている。
(日本ではマストが折れてセイルにダメージがあればもっと掛かりそうですね)

 我々はエンジンを始動して、海岸に向かった。幸いにも、私たちは水に落ちることはなかった。そして私たちが陸に戻ったとき、私は、私たちが生き残ったのがどれくらい幸運であるかがわかりましたおっしゃっている。

 乗っていたヴェルナーさんは、その後、BBCに「私はまだクジラが好きです。」と、いったと伝えられている。

 最近、日本の熊野灘・土佐湾など沿岸や近海でもクジラが増えているという印象がある。国際会議では捕鯨反対の大合唱で環境テロリストが大きな顔をしてのさばっている。かって沿岸に多数生息していたクジラ類は取り尽してしまったらしいが保護を続けてゆけばまた復活するかもしれない。でも、沿岸で小型のヨットやボートにぶち当たる位に増えても困るなあ。

 時々ヨットがクジラに衝突した話も聞いたことがある。ヨットの10倍もの質量がある巨体に衝突され一瞬に沈没してしまって行方不明になったヨットもあるだろう。イパーブも艇内収納式では持ち出す時間がない、もしもの時は固定式の自動脱着装置がついたものが必要ですよ。
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by pac3jp | 2010-08-04 16:09 | クルージング  

多用途支援艦 AMS4304「げんかい」を見学する

 2010年7月31日(土)姫路港でボクが初めて見る艦種である多用途支援艦「げんかい」の一般公開があったので見学してきた。小型の補助艦艇なのでそう大勢の見学者はいなかったのでゆっくりと見学できた。

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基準排水量:980t
主機械:ディーゼル2基2軸 新潟原動機6MG28HXディーゼル
馬 力:5,000PS
速 力:17kt
発電機:300kw×3
特殊装置:曳航装置、訓練支援装置
定 員:47名 幹部5名(女性2名)曹士42名(女性8名)
主要寸法:65x12.0x5.8x3.5m(長さ、幅、深さ、喫水)

 この艦は「ひうち型」多用途支援艦の4番艦として平成20年2月20日から就役なのでまだまだ新しい感じだ。主な任務は護衛艦艇の射撃訓練の支援の他、消火・救難・離島に対する災害派遣など多目的に及ぶ。

 船型は全長の割りに幅広で艦体の後部は広い甲板になっており、物資の輸送用3/4トントラックや40f・20fコンテナを搭載し災害時の拠点に使われるという。通常時はここに射撃訓練支援の自走式水上標的(通称バラクーダ)を2隻搭載し作業を行う。
 デッキに据え付けられたMax300KNの強力なウインチで動けなくなった艦を曳航することもあることから、機関出力は5,000馬力と強力になっており、自衛艦最大の「ましゅう型」補給艦(満載排水量25,000t)までを曳航できる外洋タグボートでもある。

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 割合高い位置、ブリッジ下の信号旗箱付近で右舷と左舷に太いパイプで繋がった構造物が見えたので係員に聞いてみるとやっぱり減揺タンクだとおっしゃる。一瞬、フインスタビライザーじゃないのと思ったが、ヘリも積んでないしお客もいない、高速航行しないので当然だなと思い直す。この艦では外洋で停船して水上標的や訓練魚雷を回収したり、離島へ災害出動時には沖でアンカリングして救援拠点となるので停船時のアンチローリングこそ必要になるのですね。
 でもカーフェリーが近くを航行するとしっかり揺れていた。システムが動いていないのでなく全ての横揺れをなくすのではなく“減揺システム”ですから・・・。
 神戸港でいつか見たJCGの航路標識測定船「つしま」にも付いていた。

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 ブリッジは小型艦なので小振りだが一番見易い場所に電子チャートとレーダーが並んで据え付けられていた。勿論海図台もあるが若い航海士はこっちが断然便利ですが・・・とおっしゃっていた。ENC連動のオーパイなど航海機器は民用品を使っているという。ステアリングもカッコいいハンドルがついていた。

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 ブリッジの背後は標的管制室がありバラクーダという全長7.23mのRHIB自走水上標的の管制をしている。ブリッジと同じ高さの一等場所で標的を目視、あるいはレーダーで管制しながら相手艦の砲弾が当たらないように操縦するのだ。ボートに搭載されたカメラで前方の着弾もしっかり確認できる。これはラジコンボートマニアなら是非一度はやってみたいだろう仕事だろう。

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 ブリッジの屋上にはこの艦唯一の武器が装備されている。両舷に2丁の12.7mm重機関銃が銃架にセットできる。この「ひうち型」は3番艦までは武器の搭戴はないが4、5番艦には他の護衛艦同様にテロリスト警戒の為か、太平洋戦争時代から使われているクラシックだが今でも信頼できるM2機関銃が選ばれている。でも小火器による攻撃ならば固定設置の船舶消火用の放水砲の方が効果を発揮するかも。

【参考図】クリックすると大きい画像になります。
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 「ひうち型」多用途支援艦の前級は特務艇「81号」型(↑画像)で航空機及び艦艇の救難と艦艇部隊の訓練に対する支援を任務とするもので、昭和43年から48年にかけて5隻が竣工した。この「81号」型は当初支援船として建造されて就役したが、任務行動が近海とはいえ外洋の行動がおおく、また救難活動に備えて待機義務があることから自衛艦籍の方がふさわしいと判断され、昭和52年4月に特務艇に区分変更された。設備としてはデッキにヘリが収納でき、放水銃を持っている。また訓練支援では攻撃目標になったり、低速の航空目標を運用したり訓練海域への輸送を行っていた。(艦船メカニズム図鑑より)

【参考Web】:減揺タンク(アンチローリングタンク)
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by pac3jp | 2010-08-02 17:09 | ウオッチング