<   2010年 05月 ( 7 )   > この月の画像一覧

 

2010 美保基地 航空祭 ビジネスジェット系

 美保基地のエプロンに展示されている航空機はチームで移動しているブルーインパルスを除くと大体は1機種は1機だけだが、迷彩カラーのC-1は地元なのでアチコチに10機もいる。白い機体に黒のラインが入った双発の小型ビジネスジェット風の航空機が並んでいる。

 よく見れば少し離れた場所にもずらりと並んでいる。そうか、この基地に本拠がある機体なんだと分った。説明板によるとそのシックな機はT-400中等練習機とあり、美保基地の第41教育飛行隊で輸送機、救難機などの大型機パイロットを目指す学生に対して基本操縦課程(13ヶ月)の実技訓練に使われていると記されている。

c0041039_1002718.jpg

T-400(054号機)
製 造:ホーカービーチクラフト社    定 員:乗員2、乗客4          
全 長:14.8 m              全 幅:13.3 m             
全 高:4.2 m              自 重:4,650 kg          
最大速度:M0.78            航続距離:3,000km         
エンジン:P&WC JT15D-5F ×2       出 力:1,315kg×2

 このT-400は米国から輸入されたが、元々はMU-2の後継機として三菱重工で設計・開発された「MU-300ビジネスジェット」だが、色々の事情→ここがあり米レイシオン社に譲渡され米軍用の練習機として改良されT-1Aとなり民用としてはホーカー400となった。それを航空自衛隊初の並列座席練習機として里帰り導入したということだね。
c0041039_101513.jpg

 画像はT-400のターボファンエンジン。長さ:1.6m、直径:0.68m、重さ:294kgとそんなに大きくないのに推力馬力で4223HP(THP)がでるらしい。隣には長さが6mもあるC-1のエンジンが大きかったので、これが2台で最大速力の870km/hが出るのだろうかと思った・・・。

c0041039_101493.jpg
c0041039_10111335.jpg
 飛行点検機 U-125 (042号機)

 航空自衛隊が運用している飛行点検機(航法施設検査機)である。航空航法設備などの動作点検を行うことを目的としており、自動飛行点検装置を搭載している。それまでの三菱MU-2Jに代わって、1990年(平成2年)度より3機を調達され、全機とも入間基地の飛行点検隊に配備されている。白と赤を基調とした塗装がなされている。原型は英国ブリティッシュ・エアロスペース社のビジネスジェット「BAe125-800」です。現在は米国のホーカービーチクラフト社が製造し、ホーカー800となっている。

 なお、今回の展示にはなかったが、U-125と同タイプでは国内11ヶ所の航空救援隊向けに配備された探索救難機のU-125Aがある。
[PR]

by pac3jp | 2010-05-29 10:17 | 航空・宇宙  

2010 美保基地 航空祭 C-1

 5月23日(日)米子市のJASDF美保基地航空祭に行ってきた。

 ここはC-1戦術輸送機が主力の航空輸送部隊がいる基地だと知っていた。それにボクの甥っ子夫婦がここに勤務している縁もあって前から一度は行った見たいと思っていた航空祭だった。ところが出発前夜から雨が降っているし、予報ではかなりの悪天候になるという。

c0041039_1417177.jpg 11時半頃、ぬかるんだ駐車場から基地に入る、今年は見学者の手荷物検査があったが護衛艦のようなセンサーでチェックなどでなく目視だけで適当である。まぁ、バスツアーでやってくる善男善女のグループだということですからね。

 小雨が降るエプロンにはずらりと地上展示の機体が並んでいる。ミサイルや機関砲を装備した戦闘機は1機もいないが、輸送機、練習機、救援機、偵察機、多用途機など割と地味な航空機が並んでいる。そのなかで航空祭の花形「T-4ブルーインパルス」チームの機体が見える。美保基地の主力はC-1輸送機だ、ぐるっと見渡すとエプロンや格納庫に10機くらいはいるようである。

c0041039_14125233.jpg

c0041039_1482234.jpg

 エプロンで唯一の機内見学が出来るC-1が車両や榴弾砲まで搭載できるという貨物室を開放しているので覗いてみる。大きな開口部なので雨の日でも傘の仕舞が楽だねと思いながら中に入る。
 機内の天井は高いが奥行は意外と短い、この機は中央に救急搬送の担架が8人分セットされている。内壁に簡単な座席が畳んであるが、旅客機とはえらい違いだ。コクピットの見学は出来ないが隙間からちらっと見ることが出来た。

c0041039_149238.jpg
  (クリックすると大きな絵になります)
 格納庫でC-1のジェットエンジンが展示されていた。全装備重量39トンの機体を最大速力800km/hで飛ばすエンジンは直径:約1.2m、長さ:約6m、重さ2トンの大きさだ。着陸には逆噴射がつかわれるのでジェット噴射口の後に開閉式の弁が付いていて、その作動デモが大音響つきで行われていた。戦闘機などは付いてないのだろうか、空港に行くと旅客機の着陸時には必ず逆噴射をする音が聞こえてきますよね。

 C-1戦術輸送機は昭和46年3月から装備が始まり昭和56年までに31機が配備されたというが、一番新しい機体でももう29年も経っていて、古いのはもう40歳だ。でも今年になって川崎重工からやっと一号機がJASDFに引き渡されたので、もう暫くすれば新型輸送機が配備され始めますね。下のXC-2の動画をご参照ください。



 ⇪ボクがちょっと気になったところ・・・試験飛行中に車輪を出しているのは突然の故障に備えているそうです。

 空挺降下するために離陸したとアナウンスされたC-1が早々と戻ってきた。どうもパラシュート降下には適当な気象条件ではないようだ。今回もブルーインパレスは駄目だろうと覚悟していた。
 <続く>
[PR]

by pac3jp | 2010-05-25 14:32 | 航空・宇宙  

神戸港 新港第1突堤のイベントなど

 新港という名がついているが大正時代に出来た古い突堤で懐かしい波止場の雰囲気があった。ずっと昔はこの突堤の前に税関のゲートがあり、うるさそうなおじさんが立番していて少し入りにくかった思い出がある。

 最近は色んな事情で老朽化した上屋が撤去され広々とした更地になっているがフェンスで囲われ「関係者以外立ち入り禁止」の表示がある。イベント開催時以外は入れない寂しい突堤になってしまった。

 今夏、ここで「神戸プラージュ2010」というイベントを開催すると神戸市が発表した。



 神戸港に人工砂浜 神戸プラージュの概要発表

c0041039_15135145.jpg 神戸市は13日、神戸港の新港第1突堤(同市中央区新港町)に巨大な人工砂浜を造り多彩なイベントを展開する「神戸プラージュ2010」の概要を発表した。市街に近い立地を生かし、5つのエリアを設置。7~8月の夏限定でビーチバレーや水上バイクなどを楽しめるようにする。

 プラージュはフランス語で砂浜の意味。パリで開催される期間限定の「人工海岸」を参考にした。同突堤は1921(大正10)年にできた神戸港最古の近代埠頭だが、貨物のコンテナ化で倉庫が撤去され、市がウオーターフロントの拠点として整備を進めている。

 会場は「プラージュ(砂浜)」「にぎわい通り」「マリンスポーツ」「シップ(船)」「イベント」の5エリアに区分。プラージュエリアには約3千平方に白砂を敷き詰め、ビーチサッカーなどが楽しめる。関西地区大学生のビーチバレー選手権も開催する。

 マリンスポーツエリアでは水上バイクやクルーザーの試乗ができる。シップエリアでは、航海訓練所の帆船「海王丸」などが一般公開される。 神戸の食材を生かしたレストランも出店。夜は発光ダイオード照明で砂浜を幻想的に演出する。

 矢田立郎市長は「船や港湾施設がひしめいていた港は、これまで人を寄せ付けなかった。今後は一帯を市民や観光客が水辺に親しむウオーターフロントとして整備する。まずは神戸プラージュを起爆剤に」と話す。

 7月17日~8月31日の午前11時~午後10時(8月3~9日は花火大会の準備、撤去で休み)。入場無料。会期中はJR三ノ宮駅と会場をシャトルバスで結ぶ。
 神戸新聞Web (木村信行)


c0041039_15164182.jpg 昨日(5/20)、生憎の濃霧だったが「神戸プラージュ」開催予定の新港1突に偵察に行ってきた。
 シップエリア予定地に航海訓練所の大成丸ただ1隻が停泊していただけで準備工事は勿論、広い突堤に人影もなかった。

 プラージュとは3000㎡の砂浜のことらしいが凡そ60m×50mのビーチバレーのコートを1面のことかもしれない。水上バイクやクルーザーの試乗も出来るらしいが、それには浮き桟橋が必要なのでついでに海からやって来る観光客であるボートやヨット用のビジター桟橋も用意して欲しいもんですね。
 でもこの付近は港内を航行する船舶の曳き波でよく揺れるのでご注意です。それに夏の大阪湾奥は海水が一番汚れているシーズンなので直接海水を被る水上バイクの試乗などはどうかな? まあ、ウエットを着ているので問題ないか。

 やっぱり港の夏は人工光で幻想的に演出された夜景を見ながらビールを飲むのが一番でしょうね!


 ごく近くに幕末に勝海舟によって開設され、坂本竜馬らも学んだた幕府海軍操練所跡の記念碑がある。また港には船蓼場(乾ドック)が必要だという信念から巨額の私財を投じ神戸村安永新田に建設した、そして、この場所は港に最適な場所だと時の将軍、徳川家茂に進言し今日の神戸港の礎をつくった地元の呉服商 網谷吉兵衛の顕彰碑もある。

c0041039_15262023.jpg

【関連記事】:港で見つけた格安の自動販売機 
【参考Web】:網谷吉兵衛  ウィキペディア(Wikipedia)
[PR]

by pac3jp | 2010-05-21 15:40 | ウオッチング  

16才少女 最年少の単独無寄港、無支援の世界一周を達成

 昨年10月18日、オーストラリアの16才の女の子がヨットで単独世界一周に出帆したと聞いたのはつい最近のような気もするが、先週末、5月15日シドニーに無事帰港したとニュースが報道された。あれから7ヶ月、地球一周より1,000マイル長い23,000マイルを航海してきたのだ。

 目指した記録は認定機関(WSSC)が最年少記録カテゴリーを廃止したので非公認となったが、事実上の単独無寄港、無支援による世界一周の最年少記録達成だという。


【5月15日 AFP】ヨットによる世界最年少の単独無寄港、無支援の世界一周を目指して前年10月にオーストラリアのシドニーから出航した16歳のオーストラリア人少女、ジェシカ・ワトソンさんが15日、シドニー港のフィニッシュラインを越え、世界一周を達成した。

c0041039_15112243.jpg ワトソンさんは15日午後2時(日本時間午後1時)の少し前、明るいピンク色のヨットに乗って、シドニー港のフィニッシュラインを横断した。17歳の誕生日の3日前で、予定よりも1か月早い達成となった。

 同港のスティーブ・ヤング港長が号笛を鳴らし、港に到着したワトソンさんに210日に及んだ海の旅の終わりを告げた。タグボートが祝福の水しぶきをあげるなか、ワトソンさんは港に集まった人びとに手を振りながら港へ近づいた。ヨットの最終ゴール地点のシドニー・オペラハウスに近づくにつれ、歓声も広がった。

 「数時間しか眠れなかったけど、今は興奮していると思う」と最終地点に到着目前のワトソンさんは語った。「着く前に深呼吸をしなくちゃ」

 認定機関の「世界帆走スピード記録評議会(World Speed Sailing Council)」は最年少記録カテゴリーを廃止したため、ワトソンさんの記録は公認されない。しかし、事実上の単独無寄港、無支援による世界一周の最年少記録達成だ。

 港の周辺には数万人規模の人が集まってピンク色の服を着て横断幕を振り、港内には100隻以上のボートがくり出してワトソンさんの到着を祝福した。さらに数百万人がテレビの生中継を見たとみられる。

 ケビン・ラッド(Kevin Rudd)豪首相や、最年少記録保持者で同じくオーストラリア人のジェシー・マーティンさんも到着地点にかけつけた。マーティンさんは1999年に327日かけて、18歳で世界一周記録を達成した。

 マーティンさんは、ゴールラインを越えたワトソンさんのヨットに飛び乗ってワトソンさんを祝福し、ワトソンさんがこの瞬間を満喫できるようにとヨットの操縦を代わった。

 ワトソンさんがヨットを始めたのは8歳のとき。世界一周の旅は、2万3000カイリに及んだ。度々苦難に見舞われながら、太平洋、大西洋、インド洋を航海した。タスマニア島沖ではヨット転覆もあった。

 航海中は退屈と孤独との闘いだったという。数か月も人に遭遇することがないときもあり、ヨットの修復もすべて自分で行った。

 試験航行の際、ワトソンさんのヨットが出港直後に6万3800トンの貨物船に衝突して破損したことから、クイーンズランド州当局は出港を考え直すよう求められることもあった。


 ヨットで記録を目指すチャレンジセーリングも個人が楽しみで行うクルージングでもそれを受け入れる海は皆んな同じです。厳しい時もあるし優しい時もある。万全の準備を整えて出帆しても苦労が耐えない航海になる場合もあり、またその反対もあります。オーストラリアの少女ワトソンさんも転覆などたびたびの苦難に見舞われたというが、無事に目的を達成された。

c0041039_1522540.jpg 一方、今年1月16日、ニュージーランド・ワンガレーを出港してホーン岬を目指していた九州の世界一周艇「祈風」が3月12日よりチリ沖の南緯 51度08分・西経 86度55分から連絡が途絶えている。チリの関係当局に捜索依頼はしてあるそうですがイーパブ、イリジュウム、共に発信されていないということらしい。食料・水は4月いっぱい大丈夫だということでしたが、もう5月中旬になってしまいました。
 因みさんから無事だったよ、という知らせが出来るだけ早く聞こえてくることを心から願っている。
祈風情報:位置など  


【関連記事】:オーストラリアの16歳女の子、ヨット単独世界一周に出帆 
[PR]

by pac3jp | 2010-05-18 15:15 | クルージング  

赤瀬川 原平さんのニラハウス

 先日、テレビで「中古美品? 赤瀬川 原平 人生の楽しみ方」が放送された。

 お名前はずっと前のベストセラー「老人力」を読んで面白かったことで記憶にあるが、その当時は「老人力」など自分にっとてはまだ大分先の事だと思っていた。でも、彼らの路上観察学会の活動は今のボクにも少なからず影響を与えていたように思うなあ。

c0041039_14292934.jpg いまや、もう充分に「老人力」がついたボクは有名な路上観察以外の活動はもうすっかり忘れてしまっていて一体どんな人だったのだろうと思ってテレビを見ていた。

 その中でお仲間で建築史がご専門の藤森照信さんが設計した木造の赤瀬川 原平邸が出てくる。この住宅は1997年に建てられ、ニラハウスとして有名な建築物らしいのですがボクは今回初めてそれを知った。

c0041039_14175020.jpg

 緩やかな勾配を持つ大きな屋根に幅広い板で葺かれたように見える木の屋根に点々と青いニラの入ったポッドが規則正しく並んでいる。約800鉢あるというのだが、なぜニラなの?水遣りは?屋根の防水はどうなっているの?など次々と疑問がわいてきた。

c0041039_14302437.jpg 調べてもなぜニラなのかは分らなかったが縄文時代に関係があり、食用でかつどこでも育つ植物であるという事かも知れない。屋根の構造は屋根材としては波型スレートで葺いてあり、その上に分厚いベイマツの板が隙間を空けて張られている。スレートと板の間は鉢の厚みの分だけあり夏の断熱効果は大きいという。

 この家全体がベイマツが主材で建てれられている。それも安い丸太で買ってそれを割り材にして使っていているらしく、屋根板も丸みを帯びているように見える。塗装のない板の固定は釘で留めてあるようだがもう13年も経っているに腐っているようには見えない。雨水が溜まらない構造なんでしょうねきっと。

 (ベイマツは北米から輸入される太くて長い材が取れる木でアカマツ・クロマツなどのいわゆる「マツ属」ではなく日本名ではトガサワラと呼ばれる木材 現地ではダグラスファー)

 鉢の水遣りシステムは屋根板に鉢をセットする位置(板の上端)と鉢の部分的な切り欠きがポイントかもしれない。

 赤瀬川原平さんは若い頃はアバンギャルドな美術活動をやっていて、作家になるとさっさと芥川賞をとってしまうなどすごい才能の人なんだ、でも路上観察など仲間たちと面白いことにも沢山やっている。そして、自宅、ニラハウスは「自然を建物に食い込ませる」という設計者の考えに「自然と遊ぶという感覚」で面白がって共感し、自宅として出来上がったのでしょうね。

 最近は屋上緑化が流行っていて専用の軽い土が発売されたり、商業ビルの屋上に緑地を設けたり、自宅ビルの屋上菜園で野菜を収穫してる姿などが報道されている。

c0041039_14341514.jpg ご近所にも屋根を緑化した平屋の住宅がある。1995年の表示があるのでもう15年も経っている。寒い時期に前を通った時は寒々した印象だったが昨日写真を撮った時は素晴らしい感じになっていた。どのような方のお住まいか全く知らないのですが、きっとちゃんとした主義主張をお持ちの方なんでしょうね。


【ご参考に】:路上観察学会とは、路上に隠れる建物(もしくはその一部)・看板・張り紙など、通常は景観とは見做されないものを観察・鑑賞する団体。
[PR]

by pac3jp | 2010-05-15 14:42 | ウオッチング  

兵庫県立考古博物館の復元古代船「ヒボコ」

 ボクは色んな博物館に行くのは好きな方で、展示されているテーマが「海や船系」だと是非にでも見てこようという気になってくる。昨年には姫路城に隣接した兵庫県立歴史博物館で開催された「船と海の博覧会」などにも行ってきた。ここには近世に活躍した弁才船の大型模型が2隻あり、司馬遼太郎の小説「菜の花の沖」で有名になった高田屋嘉兵衛の解説コーナーもあった。

c0041039_1681414.jpg ところが、3年前に我家から南西に17kmほど離れた播磨町に兵庫県立考古博物館が新しくオープンした。ここは県内各地の遺跡から出土する壷や皿などを展示していてフネ系の展示物はないだろうと思って今まで有料ゾーンには入らなかったが、今回、中世に滅びた「但馬守護 山名氏の城と戦い」という特別展を見学にいった際、初めて常設の有料ゾーンに入った。
 (上の画像は大きな見張りヤグラが象徴的な兵庫県立考古博物館 西方から撮影)

 入り口に入ると中央部の「交流 みち・であい」のコーナーに大きな刳船の準構造船が据付られているのが目に入る。早速近くで詳しく見学することに。
  
c0041039_169762.jpg
 
 この復元古代船は博物館ができた時、テーマ展示用に古事記、日本書記、播磨国風土記などに但馬・出石に関わる「アメノヒボコ伝説」からヒボコが朝鮮半島・新羅から倭国にやってきたときに乗ってきただろうと思われる船を遺跡から見つかった板図や古墳から出土した船形埴輪などを参考にデザインし、建造されたという。

 船体は長さは11m余りで幅は2.5m位だろうか、分厚い前後の竪板と舷側板が波から荷物と乗員を護っている準構造船だ。船底は単材で単純な構造だが外観はチョウナで削った跡がきれいな仕上げ模様になっている。当時は鉄釘がないので船底部と竪板は木組みで、舷側板はさくらの皮(黒いテープ状のもの)をつかって繋いでいた。隙間はマキハダを打って水漏れを防いでいた。

c0041039_16112159.jpg
 
 船内は後ろ向きに立って櫂を漕ぐようになっている。固定の舵は平安時代までないのでこの当時は大きめの櫂で操船していた。
 命名・進水式は日本海の造船所で行われたので展示用とはいえ、ちゃんと船首と船尾に係船ビットが設けられているのが面白い。でも、船底材と曲がった船首材を結合する役目もあるのかも知れない。

 復元船の原木は直径2m、樹齢800年くらいのベイマツを使っているという。本来はクスノキでしょうが、もうこんな大きな材は手に入らないでしょうね。しかし、時代設定が三韓時代の朝鮮半島なのでクスノキやベイマツは生えてないが太いマツはあったと思うなぁ。

 ちなみにこの復元船を建造中の様子がネットワーク広場の映像ブースのビデオで見ることが出来ます。

【関連記事】:古代の大海戦 白村江の軍船は?

【参考Web】:1.アメノヒボコ
【参考Web】:2.兵庫県立考古博物館
[PR]

by pac3jp | 2010-05-11 16:21 | 歴史・民俗  

第107回 有田陶器市に行く

 前回の有田は2001年だったので9年ぶりに第107回目だという長い歴史がある佐賀県・有田陶器市に行ってきた。まぁ、行ってきたと言ってもドライバー兼ポーターで連れて行かれたと言うべきでしょうか。

 神戸を午後に出発し、高速道路を1000円払って福岡で1泊、翌日は佐賀・有田に入り、朝の9時から二人で勇躍?有田の陶器市を見て回る。この時間でももう結構な人出がある。
c0041039_14342213.jpg

 この陶器市で驚くのはJR有田駅と東隣の上有田駅の約2.5Kmの間にある幹線道路や脇道に面するお店の殆ど全部がこの7日間は陶器などを売る店になってしまうことである。あちこちの空地などはテント張りの仮設店舗になっている。道路は勿論、歩行者専用である。町をあげての大イベントだ。聞こえてくるのは元気なオバさんが発する九州弁が圧倒的に多い。

 ボクは陶器などこれといって欲しい食器や花器はないし、高価な工芸品にも興味はないのでお供に徹する。相棒は我家の生活食器はずっとここで調達してきたのよと言い、今回で5回目だという勝手知ったる通りを歩く。

c0041039_14351425.jpg 買い物パターンを見ていると地元の高級陶磁器店数店を回り、今、はやりの本物をしっかりと見てくる。予算に合えば小物は購入するが、本命のお店は気に入った商品があり、気前良く“まけて”くれる店だ。何回も行っていると自分好みのお皿や茶碗があるお店も分ってくるし、こんなに多くの陶器店があるのに同じ品物は他店にはないようだという。

←左画像、こんな所にと思うような場所にもお店がある。露天でプラスチックの箱に陶器が入っているだけなので雨が降っても平気なのがこの場所。緩やかな狭い坂の階段に陶器が入ったプラボックスがずっと上まで並んでいる。大通りに面した入り口が狭いので気がつく人は少ないが、トンベイにツタがからまり路地裏の風情があり、きっと安いだろうと思わせる雰囲気を持っている。
c0041039_1437326.jpg

 好天には恵まれたが、往復4.5Kmもある陶器市のコースをアイスクリームやコロッケを食べながら(喰い合わせ?)見歩く。ポーターの荷物も次第に増えてきた。重い!
午後2時、もう5時間も歩いている。相棒はまだ他の場所まで行きたいようだが、次の予定をこなさなくてはならないのでここまで。重いキャリアーを曳きながら坂の上の駐車場を目指す。 あ~しんど!!
[PR]

by pac3jp | 2010-05-07 14:47 | 徒然に