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神戸大学 海事博物館

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 各地の博物館で海事関係の催しがあるとき「神戸大学 海事博物館所蔵」と表示された展示物を時々見かけることがある。 一度は本家に行って見たいと思っていたが中々機会がこなかった。
 
 この博物館(資料館)は神戸商船大学の付属施設としてずっと前からあることも知っていたし、大学の前は通勤とハーバー行きで毎日通っていた。しかし、開館日が月水金の午後だけなので長らく行きそびれていた。

 先週の金曜日、近くで会合があり、それが早く終わったので、突然思い立って神戸大学深江キャンパスの海事博物館を訪れてみた。
 沖から構内の練習船などが係留されている泊地を覗いたことはあるが、正門からは入るのは初めてなので守衛さんに挨拶をし、あっちと言われた駐車場に車を回す。
 
 博物館は大きな講堂の1階部分を占めている。今は企画展「戦前・戦後のポスターにみる日本商船」として山田早苗コレクション「日本商船隊の行動記録」、「徴用船」の記憶などの展示がされている。

 ボクは今、和船に興味が出ているので「企画展」と反対回りで見学する。そちらは常設の展示物で北前船など各種弁才船の模型や沖縄のヤンバル船、西洋型帆船の模型、それに沖縄の刳りブネである「サバニ」の実物もあった。

 貴重な近世の航路図や絵馬、船箪笥など骨董品は当然ながらガラスケースに入っている。また昔の学生が学んでいたのか三連成蒸気エンジンの模型やレーダー、ジャイロなど古い航海機器の展示もある。へー、と思ったのが本船の測深をまだ重いハンドレッドに獣脂を詰めて使っていた時代の大きな自動測深器を見たことだ!

 午後3時に入り、あれこれ見ているとすぐに時間が過ぎてしまう。午後4時になると今日はもう閉館ですと告げられてしまった。ああ残念。
 ボクと一緒だった一般見学者は4人くらい、当日の入場者名簿を見ると16名となっていた。海事博物館の入場者ってこんなもんですかね。

 一般の博物館に較べて海事について専門に研究している大学が設置している博物館なので詳しいことは当然でしょうね。今は時間に余裕があるのでまたテーマを持って見に行ってみようと思っている。

 余談だが、ボクの仲間や知り合いには神戸商船大学出身のヨット乗りは結構いらっしゃる。そして皆さん紳士であることが共通しているなぁ・・・。

【参考Web】:神戸大学 海事博物館
【ご参考に】:企画展にあわせて第3回市民セミナー「博物館資料と戦時徴用船」が開催される予定だ。 10月3・10・17・24日 11月7日(無料)
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by pac3jp | 2009-09-29 13:03 | ウオッチング  

9月22日 徳島・日和佐港の温泉情報

 昨夜は牟岐大島名物の「蚊の大群」にも襲われず、無事、朝になったが、残念ながらお天気は、風弱く小雨が降っている。
 小さな入り江に泊っていた9隻のヨットたちも出発の用意が出来た順にそれぞれの目的地に向け出航してゆく。

 牟岐大島を出ると小雨は相変わらず降っているし、南からのうねりもやってくる。そう穏やかな海ではないが、風は西になり少しは吹いてきた。我々のグループは淡路・洲本港に向かう予定であるが、ボクは翌、23日に甥の結婚式に出なくてはならないので徳島・日和佐港で下ろしてもらうことになった。

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 機走、約1時間で日和佐港に入り下船する。ヨットには若手のクルーが乗り込んでいるのでオーナーも安心だろう。(↑画像は日和佐城が見える日和佐港内にて)

 日和佐は今年の7月末に来たときから「ウェルかめ」の「のぼり」があちこちに立っている。なんだろうと思っていたが、「日和佐の海がめ」ネタでNHKの朝の連ドラがここでロケをしているなどの話を聞いた。
 
 ここはクルージングの寄港地や台風の避泊地として絶好の港だが、以前からあったお風呂が現在はなくなっている。前回も暑い盛りの入港だったがやむを得ずヨットの貴重な温水シャワーを使い汗を流した。
 そのときガソリンスタンドの店員から薬王寺が温泉を造っていると聞いていたので、四国八十八ヶ所参りで大繁盛の薬王寺と温泉施設建設現場を偵察してきた。

c0041039_1339660.jpg 寂れたJR日和佐駅の裏側に大きな「道の駅」があり、旅行客も多く、ここも繁盛しているように見える。
 温泉はお寺に隣接した駐車場の一部をつぶして建設工事中だった。
 完成予想図には、薬王寺温泉「湯元・醫王の湯」平成21年 年末完成予定と書いてある。

 来年には港から徒歩10分で湯元温泉に入れることは確実だ。

 もう一つ、勝手させてもらったのは、一度はヨット以外の乗り物であるJR四国の牟岐線に乗りたかったのだ、讃岐のJR高松~琴平間は確か電車だったと思うがこちらは古いディーゼル列車だった。昼間は2時間に1本なので暇な人にはお寺参りなどには充分の時間がある。そして、日和佐駅→徳島駅間では久し振りに1時間半のローカル線を楽しんだ。終点の徳島駅も大きな駅だが停まっているのはディーゼル列車ばかりでこれは予想外だったなあ。

 後は徳島から満席の高速バスで神戸・三ノ宮へ、高速道路で事故渋滞などもあったが午後3時前には無事到着する。ヨット組はもう洲本港に着いただろうか。

以前の記事:7月31日 徳島県・日和佐港 
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by pac3jp | 2009-09-26 13:43 | クルージング  

9月21日 牟岐大島・アンカーリング演習?

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0630 沼島港を出港。天気は秋雨前線の影響か薄曇り、風向は南の微風。機走で伊島の東側を狙って針路をとる。

紀伊水道~鳴門航路付近から風は弱いのに三角波のようないやな波が出てきた。やがて、まばらな風が吹き出してきたのでセールアップする。

1000 伊島灯台を右舷正横に見て牟岐大島に変針する。しばらく波の悪いエリアを通過すると海面はうねりだけで穏やかになってきた。
1210 日和佐沖、風は南西12ノット、スタボーのクロスで快調なセーリング、艇速7ノット。
1310 牟岐大島の小さな入り江に到着。

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 先客はダイバー船が2隻、ヨットは2隻でケッチが1隻入り江の中央でアンカーリングしている。もう1隻はダイバー用の桟橋と岸からのラインで岸寄りに係留している。我々も35ポンドダンフォースタイプ+9ミリ×6mのチエーンで投錨するが、滑ってしまい初回は失敗。4度目に何とか海底を掻いたようなので暫く仲間の到着を待つ。(ウインドラスを持たない38fのアンカーリングを4回もやればかなり疲れますです、ハイ)

 やがて到着した仲間達が狭い入り江内をくるくる回って良い場所を見つけ?投錨するが、どうもうまく行かないようだ。先着のケッチが心配そうに眺めている。

 最近の沿岸クルージングではバウからアンカーを打ち、振れまわしで係留するなど殆どしない、大抵は桟橋や岸壁横付けで偶に槍付けくらいはするがバウのウインドラスはクルージングヨットとしての飾り同然である。

 お仲間の新艇がやってきた。フル装備なので勿論ウインドラスも装備している。程よい場所でバウローラーに載ったデルタアンカーのピンを抜くと小気味良い音がしてオールチエーンのアンカーが海底に落ちてゆく。そこでアスターンにしてアンカーを効かすのだが、どうも様子がおかしい。次はバウからロープも出てきた。オーナーがバウに出てロープを引いたりウインドラスをいじっている。その間にヨットが流れて岸の大岩に当たりそうになるし、こちらから見てもハラハラする。

 後でお聞きすると、納艇いらい一度も動かしたことがなかったし、ウインドラスのクラッチが最初から開放されていて、ピンを外すとチエーンは全部落ちてしまうし、クラッチを締める方法も分らなかったとか・・・。

 もう1隻の仲間も反対側で苦戦している。先着ケッチのクルーたちが自艇のアンカーラインと交差しそうなので、これまた心配そうだ。

c0041039_9312889.jpg 小さい入り江で大騒ぎをしているヨットを見ていたダイビングボートが気を利かせて早めに桟橋を空けてくれたので、アンカーリングは演習のみということにして浮き桟橋に集結する。そして一番最後に入ってきたヨットのみが桟橋に槍付けのアンカリングで合同クルージング6隻全艇の係留が完了した。

 結局、牟岐大島の入り江で朝まで振れまわしのアンカーリングしたのは和歌山のヨットが2隻だけだったが、無人島の入り江で錨泊しようという気持ちになり、実際にトライしたことで本を読むよりずっと良い経験になりましたね。
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by pac3jp | 2009-09-24 09:42 | クルージング  

9月20日 淡路・沼島漁港

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今日も朝から結構な北風が吹いている。日程は1日遅れの沼島漁港だ。友水の潮とまりに合わせて10時に洲本港を出港する。
沖は北東16kt、追手で波の悪い由良瀬戸に向かう。そこは大阪湾から南に向かうヨットが集まってくる。
丁度、瀬戸に差し掛かるときスターボータックでフルセールのXー36sが追い付いてきた。どうもポートタックで走っている我々に権利を主張するように近づいてくる。
昨年のハーバーのシリーズレースで優勝経験もあるオーナーはすぐジヤイブを返し、リーフを解除してレースモードになりはじめた。相手もそれを感じたのかすぐさまジェネカー上げて引き離しに掛かった様子。
ウチも…と言っているうちに彼らは強力なブローを食らいブローチング、そしてセールトラブル発生、我々はギャラリーに回ることにする。

今日もいい風に恵まれ全コース約3時間をセーリングで走れた。

1300 沼島漁港到着。防波堤を入って右側の岸壁に三隻横抱きで係留。後の四隻は少し離れた外港の桟橋に係留する。団体さんのクルージングは係留場所選び大変だね。
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今夜のお風呂と宴会は近くの民宿「あさやま」(画像↑)で、展望風呂(500円)、食事代(5000円)とちょっと高めかな?
ボクは久し振りの沼島だったが、ハモ料理で有名な木村屋と通船乗り場がちょっとした旅客センター風の立派な施設になっているのに驚いたなぁ。
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by pac3jp | 2009-09-22 13:01 | クルージング  

9月19日 洲本港へ

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このシルバーウィークはハーバーの仲間と牟岐大島などにクルージングの予定だ。ボクは「HARUNA」号(X-38)に乗せてもらう。

しかし、台風14号の影響で紀伊水道は風波が高いので1日目の沼島は延期して大阪湾内の洲本港までとなった。

11時10分出港。 一文字防波堤の外にでると北風20〜25kt、真追手。メンはワンポン、ジブは少し出し走り出す。
沖にでると風は北西に振れアビームになる。ジブを出し本格的に舵を引くと8ノット、ブローが入れば10ノットを軽くオーバーする豪快なセーリングとなる。

15時10分洲本港到着、4時間で着いたので平均8ノットオーバーで走ったわけで久々の快走である。元々よく走るフネではありますが……。

洲本港の浮き桟橋は先客で満員、岸壁に横抱きで7隻が係留した。
数えると港内に16隻のヨットが泊まっていてちょっとしたマリーナの感がある。
魚釣りが好きなヨットマンが集魚灯を点けアジを100匹も釣ったと嬉しそうに料理していた。下の画像は彼の釣果。奥さんへのお土産でしょうかね。
それにしても釣り人が多い港だ、きっとよく釣れるのだろう。

前によく行っていた旅館「鍋藤」のお風呂はもう営業していなくてお風呂は徒歩20分、商店街近くの銭湯「東光温泉」(@410円)に行く。
その「鍋藤」の前の空き地に大きなスーパー「マルナカ」が出来て便利になっていた。
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by pac3jp | 2009-09-20 15:12 | クルージング  

兵庫県立歴史博物館「船と海の博覧会」

c0041039_14205388.jpg 世界遺産・姫路城の北側にある兵庫県立歴史博物館で地元の姫路港開港50周年記念事業として「船と海の博覧会」が開催されていると新聞広告に出ていたので先日見学に行ってきた。

 「博覧会」という名称と夏休み期間の特別展と言うこともあって余り期待せずに行ったが、やっぱり小・中学生向けの展示だった。

 メインの展示は自館所蔵の1/10サイズ弁才船の菱垣廻船と北前船の2隻が大型で、あとは小型模型と残りは1/500サイズのミニ模型がずらっと並んでいた。それに「船の科学館」から借り出した巡回用だろうか、子供向けの海イベント用機材も並んでいる。

 でも一つ、収穫は弁才船の船主が自分の趣味で彫刻など取り付けている場所や杉や松材で造られる船体に大きなケヤキの一枚板を貼り付ける場所などを再発見しただけだった。

 1階の無料の常設展示室にもう一隻の弁才船で1/10サイズの樽廻船が置いてあった。ここでは高田屋嘉兵衛と北前船について解説してもらっている人がいた。そして、かなり知識のあるお客さんらしく学芸員が北前船と樽廻船や菱垣廻船の海損保険の制度についても説明していた。

 ここでじっくりと近世の海運について聞いてみたいとも思ったが、残念ながらもう帰る時間がきてしまった。またにしようか!

 この企画展は日本財団の助成事業なので「海と船の博物館ネットワーク」に各地で開催される色々な展示情報が見れます。

【参考Web】:兵庫県立歴史博物館 
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by pac3jp | 2009-09-18 14:31 | ウオッチング  

戦艦「大和」の木甲板

 分厚い鋼鉄で建造され、砲弾が炸裂する中で活動する軍艦などは可燃物である木甲板など無縁と思っていたが、日露戦争で有名な日本海海戦の連合艦隊旗艦「三笠」の開戦直前の艦橋を描いた絵画を見ると、東郷司令長官や参謀の秋山真之が立っているのは木甲板だった。

 現在の護衛艦は木デッキは勿論、チーク材で豪華に造作した艦長室などもないでしょうね。
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 でも、戦前は戦艦の甲板は帆船時代からの伝統的で、歩きやすさや甲板下の諸室の保温などを考えて水平装甲鈑上には木甲板が張られてきたという。ちなみにハワイにあるアメリカの戦艦「ミズーリ」にも木甲板が張ってある。

 本物の戦艦「大和」も艦首、艦尾を除く装甲甲鈑に台湾ヒノキの木甲板が張られていた。1/10スケールの「大和」はヒノキだと木目の都合が悪いので木目が詰まって色合いのいい「たも材」になったようである。

c0041039_16273568.jpg ←「大和」の木組みを忠実に再現したという木甲板の端部の収まり具合。
 施工した大下棟梁は終戦のころ呉海軍工廠で少年工として働き、戦後は造船所で船大工としてずっと働いてきた人物だという。

c0041039_1630944.jpg 一方、ボクらが乗るヨットでもFRPを成型しただけのデッキより、チークの木甲板を張るとコクピットの座り心地が良かったり、キャビンの暑さや寒さを防いだり、ノンスリップ効果も大きいのでデッキワークの安全度が増すなどクルージングヨットにとって良いことは多い。

 丁寧に木口を収めたバウデッキ付近。小豆島・岡崎造船製のヨットから。(右上画像)

 チーク合板を張ったヨーロッパのプロダクションヨットのコクピット付近、チーク合板の周りは黒い接着剤で防水処理をしてある。昔のチーク合板は評判が悪かったが、この頃のは中々丈夫そうで剥がれてしまったデッキは見かけなくなった。(右下画像)

 デッキ材も色々でヒノキでデッキを張ってある漁船もあるし、スギやベイマツの甲板を張った船舶はあると思うね。でも、豪華客船はきっと素足でも歩ける磨き上げられたチークでしょうね。
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by pac3jp | 2009-09-15 16:36 | ウオッチング  

てつのくじら館(海上自衛隊呉資料館)Part2

 資料館3階から展示潜水艦「あきしお」の涙滴型最大φの中央部に開けられた入り口を入ると、潜水艦は狭いと聞いていたのに・・・と思うくらい広く感じるエントランススペースがあり、ここは先任曹長室だったという張り紙がある。隔壁がとり外され通路とつながった艦体中心線より左舷側に士官用トイレとシャワーがある。

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 トイレは少々の衝撃では壊れそうにないステンレスの頑丈な便器に排出用のフラッパー弁ハンドルが付いている。当然洗浄水は海水である。隣のシャワー室は海水という訳にはいかず、清水がでるがボールのコックは節水型。

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 ここから発令所までに士官居住区がある。隔壁に水密扉で区画されていたのだが観光客のために隔壁は外され広いスロープ通路で繋がってている。上の画像は左舷の士官寝室、3段ベットである。右舷に士官公室があり、壁には小型テレビが、テーブルには広島湾から関門海峡にいたる海図が広げてある。士官用食堂になるのだろう。

c0041039_16523646.jpg 発令所のうしろ、右舷側に質素な艦長室がある(←左画像)。
 そこは書類キャビネット付きの小さい机があり、ベット脇にインターコムや航海情報を示す機器がある。しかし、深度計らしい計器の文字盤はのっぺらぼうである。

 艦長室のすぐ後ろの壁に長らく発令所にはいるのに使われてきたと思われる太いハンドルが付いた水密扉があった(↑右画像)。これをくぐって行き来すのは大変だ、膝や腰が悪ければ通れないなぁ。客船ではないので人に優しくないのは当然だが、定年真近の乗員がいたとしたらしんどいのかな、でも自衛艦乗りは53歳が定年なので、まだまだ若いのできっと大丈夫だろう。

c0041039_16532769.jpg 発令所に海底追随航法の為だろうか大きな海図台、すぐ手前に2本の潜望鏡、奥に操縦席がある。

 潜航中の潜水艦の航法には、慣性航法装置(INS)、全地球測位システム(GPS)、海底追随航法などがある。海底追随航法は、通常は海図で自艦の位置を把握して、時折り音波の反射を利用して位置を確認する方法である。秘匿性を求められる潜水艦は、(有事に限らず)アクティブソナーを発して海中航行する事は自殺行為であるため、『目隠しをして飛行機を操縦する』かの如く、パッシブによる「周囲の音響変化」などをたよりに手探りで航行しなければならない。
 そのため、一大潜水艦隊を運用している米露海軍は、独自の『海洋調査船』を複数運用する事などによって絶えず『想定戦場』となる海域の海底地図を作成しているといわれる。勿論、潜水艦部隊の通常哨戒によって地図の精度を上げるなどの努力は行われていると見られる。

 日本のみならず中国や韓国も独自に海底地図などを作成していると見られるが、『北方領土問題』だけでなく『尖閣諸島』や海底資源に対する外交問題、『竹島領有権問題』などにより、その行為は度々日本近海で問題を生じている。

(Wikipedia「潜水艦」より)

c0041039_165419.jpg 画像は資料館3階の艦内生活のコーナーに展示してあった食事のサンプル。水上艦にくらべ、潜水艦は狭くて居住環境は悪く、勤務はきつい、その代わりに食事は良い物を食べていたと聞いてたのがこれだ。手前がお昼ご飯で奥が夕食で中々美味しそうだなぁ。これはストロボでとったが展示されている部屋の小さな照明では暗くて多分おいしそうには見えないでしょうが、でもコンビが近くにないのでお腹が空くと美味しく食べられるはず・・・。

作戦中はナイフとフォークでゆっくりと食べているわけにはいかないので戦闘食の缶詰になるのでしょうね、以前に自衛艦隊用の軍用赤飯をゴチになったことがある。


【関連記事】1:カレーうどんと軍用赤飯
【関連記事】2:てつのくじら館(海上自衛隊呉資料館)Part1
 
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by pac3jp | 2009-09-10 17:17 | ウオッチング  

てつのくじら館(海上自衛隊呉資料館)Part1

 先週、広島・呉港にある「大和ミュージアムと、てつのくじら館」を見学するバスツアーに行ってきた。大和ミュージアムは以前に見学したので今回は展示潜水艦を主に見てこようと思っていた。

 バスでお隣になった来年は80歳になるという話好きのオジサンとおしゃべりしていると、彼は定年後のアルバイトで三菱神戸に定期検査で入ってくる潜水艦の仕事を震災までしていたんだとおっしゃる。潜水艦に入るには狭いハッチから深いハシゴをくだり艦内へ入っていたので、この頃ひざが悪いので心配だなあ、といっていた。

 所で、どんな仕事だったのですかとお聞きすると、主に狭い場所にあるバルブなど部品を取り付けてあるボルト・ナットを外す手間暇がかかる作業で、ひも付きの工具でナットを落とさないように細心の注意を払ってやていたいう。
 ある時、潜水艦の内殻と外殻の間に多数取り付けてあるボンベ(酸素ボンベと彼はいっていたが空気ボンベか)を外すのにバンドを固定してあるナットを狭い隙間に入り苦労して緩めてゆく。 三菱の本工さんは見回りに来るだけ、たまにはナットを落としビルジの溜まる艦底まで探しにいったこともあったとか。
 でも、国の予算が充分ある潜水艦仕事はワシらの時給も良かったし、仕事は面白かったと、むかし話風にあれこれ潜水艦の予備知識を教えてくれた。

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展示用潜水艦「あきしお」
●就 役:1986年03月05日 ●除 籍:2004年03月03日
●建 造:三菱重工神戸造船所
●基準排水量:2,250t
●主要寸法:長さ76.2m×幅9.9m×深さ10.2m
●主機械:ディーゼル2基・エレクトリック1基1軸 
●馬 力:水中:7200PS 水上:3400PS
●速 力:約12kt(水中)約20kt
●船 型:完全複殻式(涙滴型)
●乗 員:約75名
●主要装備:533ミリ魚雷発射管×6門 ハープーンUSMを発射可

「あきしお」は、ゆうしお型 7番艦だが、5番艦は海難事故で有名になってしまった「なだしお」がいる。

 潜水艦は港で停泊していたり沖で出会うことはあったが、このように下から見上げたことはなかった。滑らかな艦体がペンキで光っている。船底塗料だとそこまで光らないと思うが、陸上構造物になってしまったので建築用の塗装になったのだろう。しかし、あまりにもつるつるしていて変だなと思ったら外殻の隙間は溶接され、多分付いていたはずの無反響タイルも付いていないが、世代が古いので無いのかもしれないなあ。

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 艦首の下に丸いマッシュルーム型のアンカーが置いてある、その上を見ると艦底の丸いへこみにアンカーを収納する場所である。あまり効きそうにないアンカーだが、錨泊することなどきっと少ないのだろう。後に回ると本来はスキュード・プロペラがあったはずだが、イミテーションの小さい5翼のペラが取り付けてあった。↑の画像右側

c0041039_1012591.jpg 海上自衛隊呉資料館の3階から潜水艦の中に入る。心配したハッチからのタラップでなく大きな入り口が用意されていた。大型護衛艦に入るような感じで艦内に入ると、多少狭いが水密ハッチや頭上に注意すこともなく発令所に着く。潜水艦に乗ればまず触ってみたいのが潜望鏡だろう。メーカーはニコン、戦艦大和ではニコンの大測距儀が有名だが海自の潜望鏡もニコン製だった。軍用光学兵器は昔からニコンが信頼されていたのでしょうね。
 ここでは2本ある潜望鏡の内、1番のハンドルを握って接眼レンズを覗くと対岸の呉港に泊っている護衛艦がくっきりと視野に入る。「魚雷発射!」「急速潜航!」と小さくつぶやいてみる・・・。
しかし、危険なのか潜望鏡の上下動はしないが、足元の透明な床板を通して長い収納シャフトは見える。階下は魚雷発射管室である。画像は1番潜望鏡。

c0041039_10135763.jpg 潜望鏡の前は潜水艦の操縦席だ。ジョイスティックハンドルが2組あり右が潜航と横舵、左が縦舵を受け持ち2人で操縦する。1人でも出来るようにはなっているが、「おやしお」型からは1名で操縦するようになっている。

 コクピット中央に設置された緑色のモニター上で、時計の下側にある2個の丸い計器が深度計で、これは軍事機密なので数字がないダミーのようだ。(一説によるとゆうしお型の安全潜航深度は430mといわれている。)


【関連記事】1:5月4日 呉港・大和ミュージアム 
【関連記事】2:アメリカ大陸を爆撃した潜水艦
【関連記事】3:てつのくじら館(海上自衛隊呉資料館)Part2
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by pac3jp | 2009-09-08 10:20 | ウオッチング  

内航コンテナ船に初の女性船長が。

 神戸港・六甲アイランドのコンテナターミナルには大型コンテナ船がずらりと並びコンテナクレーンが忙しく動いている。そのバースの端の方に「IMOTO」と船体に大きな社名をいれた499トン型の内航コンテナ船がよく空船で泊っている。
 全長の割りにブリッジの背が高く変なスタイルの船なのでよく覚えている。この間は宮崎・都井岬の沖で行き会ったが、なにか知り合いに会ったように懐かしかった。

 そんな折、神戸港を拠点にしている内航コンテナ船で初めて若い女性の船長があらわれたと地元新聞が報じていた。



内航路コンテナ船で国内初の女性船長 神戸-広島

c0041039_9531889.jpgコンテナ船で国内初の女性船長に就任した寺田さん

 神戸-広島を結ぶ内航路のコンテナ船で、国内初の女性船長が誕生した。通常はおよそ10年はかかるといわれる船長就任。男性が9割以上といわれる業界の中で積極性や人柄が評価され、わずか5年のキャリアで異例の抜てきを受けた。「船にいる時間が何より好き」と話す女性キャプテンは真っすぐ海を見据えてかじを取る。(前川茂之)

 香川県観音寺市の三原汽船に勤める寺田美夏さん(28)=千葉県市川市。高校3年生のとき、雑誌に出ていた船員の姿に目が留まり、船員を志すきっかけとなった。「体と頭を両方使うのが船乗り。かっこいいと思った」という。静岡の海上技術短期大学に入学、卒業後同社に入社した。
 当初は船酔いが治まらず、年配の男性船員には「どうせ結婚したら辞めるんだろう」と、見られたこともあった。それでも海に出れば気持ちは自然と前向きになれる。大海原から昇る太陽や疾走する船の周りで飛び跳ねるイルカ、瀬戸内海に浮かぶ緑の島々…。「船に乗る時間が本当に好きでたまらないんです」と笑顔を見せる。
 そんな寺田さんを同社の三原康作専務は「常に積極的に取り組む姿勢が素晴らしい。今後の業界を背負っていく存在」と評価。7月27日付で井本商運(神戸市)とマロックス(広島市)が共同運航する貨物船「翔洋丸」(499トン)の船長に任命した。

 乗組員は寺田さんを含め22~30歳の6人。「船はチームワークが最も大切」といい、誕生日パーティーやクリスマス会などを次々に企画、乗組員とのコミュニケーションを図る。年代が近いこともあり、船内は常に笑い声が絶えないという。
 2年前には結婚し「ママになってもずっと船長をやっていたい」と張り切る寺田さん。「女性船長や船員がもっと増えてほしい。海の良さを知ればきっとはまるはず」と目を輝かせた。
神戸新聞 (9/1 16:00)


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 内航コンテナ船「翔洋丸」

G/T:498t D/W:1410t 航行区域:沿海
全長 :76.68m  型幅 :13.00m 型深 : 6.62m 乗組員数: 5名
主機 :2000PS  主機メーカー:新潟原動機
進水年月日:2008年7月 船舶所有者:三原汽船

 499トンはコンテナバースでは小さいですが航路で行き交うとかなり大きな船ですよね。今まで女性船長と言えば港内の遊覧船や巡視艇の船長さんなど小型船ではいらしたようですが、いよいよ本船のキャプテンが現れましたね。

 これから六アイのコンテナバース付近で女性船長の「翔洋丸」に出会うかも知れないなぁ、もし出合ったらエールを送ることにしょう!


【関連記事】:6級海技士
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by pac3jp | 2009-09-04 10:05 | 貨物船