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国産・新艇ヨットのドジャー

 先週末の三日間、春のフローティングヨットショーが新西宮ヨットハーバーで開かれた。ボクは日曜日に少しだけ見学に行ってきた。当日のお天気は良かったが、冷たいブローが吹き、ディーラーの営業マン達は寒そうな風だった。

 陸上のマリングッズのブースは狭い広場にテントが並んでいるので割合お客さんは入っているようにみえるが、ビジターバースに係留された展示ヨットにはチラホラという感じでお客さんが集まっている。

c0041039_1732164.jpg 小豆島の岡崎造船が2隻のヨットを展示している。「OKAZAKI 30C」と「OKAZAKI 335クラシック」だ。33f(左画像)は楕円のポートライトと大きなメタルカウルベントの換気口を採用していて、岡崎造船の社長さんがおっしゃるには「アーリーアメリカン」とか「ネオクラシック」とかいうイメージのヨットらしい。

 気がついたのはドジャーのデザインが進化して、格好もよく、今までよりかなり見通しがよい作りになっていることだった。前面からフィルムの一枚窓になり明るく広々としている。無理に難を言えば側面の海面反射からの日除け部分が少ないので夏場はドジャーの中でも日焼けは間違いない?。

c0041039_17331080.jpg どこが作ったのかと見るとドジャーの裾に「フッド」のラベルが付いている。輸入品かと思っていたが岡崎造船指定のセールメーカーだった。もう一隻、30fのドジャーのキャンバスはグレーで少しデザインは違うように見えるが基本的には同じ作りのようである。でもメーカーのラベルが「SAILTEC」となっている。
 何故だろうと聞いてみると、これはセールメーカーの都合でブランド名を変えているだけで同じくフッドで製作しているという。 なぁ~んだ!

 クルージングを始めるならドジャーは今や必須の装備であることに誰も疑いはない。でも国産の中古艇を購入したらドジャーが付いてないこともあり、その時は新しくドジャーを作ってもらうことになる。輸入艇でも程度の悪くなったドジャーの場合は新しいデザインで作り変えたいと思うこともあるだろう。その時は地元のセールメーカーやキャンバス専門の業者に頼んで作ってもらうのだが、フレーム、フィルム、大きさ、水仕舞いなどしっかりと説明して納得のゆく作りにしてもらうこと肝心です。

 でも、一回、長めのクルージングをすると具合が悪いところはちゃんと出てくるもんですけどね。
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by pac3jp | 2009-03-30 17:36 | ヨットの艤装と艤装品  

10人用のライフラフト(膨張式救命いかだ)

c0041039_183976.jpg 先日、なにわの海の時空館を見学した折、春季企画展として「船具・船の灯り」という展示をやっていた。

 江戸時代から大坂は「天下の台所」といわれ、物流の大拠点だったので船造りのも盛んで船材や船具をあつかうお店も集中していたという。その伝統は現在でも木津川や安治川沿いで脈々と受け継がれている。そして、その大阪船用品組合の協力で「船具と船灯」をテーマに展示されていた。

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 航海灯も船具も特に興味を引くような物はなかったが、木津川や安治川当たりにライフラフトの関連会社があるのだろうか、藤倉ゴムの10人用ライフラフトが展開されて展示してあった。ライフラフトはケースに入りデッキに設置してあるのはよく見るが、展開してあるのを見る機会は少ない。そばに搭載されている近海用らしい装備品もケースに入って展示してあり、火薬類、食料など有効期限が有るものは全て切れているが、でも細々と随分入っているもんです。

 ラフトのサイズも10人用となるとヨット用など4人・6人用などに比べるとかなり大きい。外観では天幕に反射テープが、その上で丸く輝いているのはダンボールにアルミ泊を貼り付けた軽量なレーダーリフレクターだ。ラフト内の奥にある白く長い袋は装備品の収納袋。前面の入り口には乗降のはしごがある。ラフトの天井高さは傍の子供と比べてお分かりのように大人は立てないと思われる。

c0041039_18371551.jpg ラフトの床をみて「やっぱり最後にはこれがいるのだ!」と思った。英文と数字のモールス符号と「SOS」の“トトト ツーツーツー トトト”が書かれたゴムのシートが貼り付けてあった。
 相手がこちらに気づかず、こちらから相手が見えている時に送るSOS信号は昼間は鏡で、夜はフラッシュライトが有効だろう。
 でも、モールスが何とかうまく打てても相手がそれを理解できるかが問題ではあるが、ピカピカさせるだけでも充分効果はあるはずだ。

 ヨットのクルージングでも長くライフラフトなしでは行けなかった沖縄本島も規制緩和で沿海装備でOKになった。でも欲を出して宮古島までとなると近海になるのでラフトは要る。ラフト不用のエリアでも、もし遭難したらと考えたら、浮器につかまり救助を待つか、ラフト上で濡れずに待つかで天と地の違いはある筈、もし、ボクに充分お金があったらラフト派になりたい・・・。

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by pac3jp | 2009-03-27 18:39 | ヨットの艤装と艤装品  

大航海時代の天測器具

 航海者は沿岸から離れて太洋に乗り出すとき、太陽や北極星の高さを観測し、緯度を求め、船の位置や針路を定めていた。そのための航海器具が次々と現れ改良されていった。

c0041039_15344413.jpg 最初に使われた器具は「コードランド」(画像左上)と呼ばれる、木か金属で出来た分度器を半分にした円の四分の一の形をしていて、その直角をなす中心線から錘が吊り下げられている構造をしている。
 使い方は図のとおりで、角度は目盛りで読むのだが初期の頃は字が読めない船乗りも多くいたので海上で計測するというより船が出航する港の緯度を覚えておくという使い方であり、目盛りより船が立ち寄る主要な港の緯度が記号などで書き込まれていたという。航海に使われ始めたのは1460年頃と記録にあるが実際はそれより30年くらい前から使われ始めたようだ。

 その後、天文学者用から船舶用に改良された「アストラーベ」が現れ、「コードランド」と両方がコロンブスの航海につかわれたとあるが、重くて使いにくい「アストラーベ」で観測をしたという記述が航海記のどこにも見当たらないという。

 「クロス・スタッフ」(画像左下)は構造簡単な器具でB.C.400年頃すでにカルデアの天文学者が使っていてたといわれている。形が十字架に似ていることから「ヤコブの杖」と呼ばれていた。航海用としては1514年に提案されたが当時は長い木の棒に長さの違う四枚の板の一枚を通す構造になっていて、観測者は角度に適した一枚を選び図のように観測した。
 太陽を観測するには油煙の付いたガラスを通すなど改良が進み、やがて1530年頃から可動板とクロス下辺の目盛りを読む形になってきた。この「クロス・スタッフ」の測角範囲は3度~60度で太陽が高い低緯度や高緯度で北極星の観測が出来なかった欠点があった。
 そして、1594年にクロス・スタッフから格段に進歩した「バック・スタフ」が発明され、次つぎと現代の六分儀へと進化してゆく。

c0041039_1537585.jpg 「クロス・スタフ」は誰もが体験できるように六分儀と一緒に台の上に並んでいる。担当スタッフはボクにこちらをとセクスタントを指差したが、構造簡単な方のクロス・スタッフを選んで挑戦してみた。

 向かいの壁の模擬天体の北極星を狙ってみる。棒の端から覗いて可動板を手で動かし、北極星を見るわけだが簡単なようで正確に測るのは目の位置など難しい。この器具は水平線側は固定されているのに、この調子では動く小型船内での観測はとても難しそうだと思った。

 利点はその簡単な構造だ。勿論自作もできそうだ。棹が長いのがちょっと邪魔だが横に使えば角度を測ることも出来そうだし・・・。

c0041039_15375912.jpg 道具さえあれば割合正確に天体の角度は測れるが、天測道具をもたなかった古代の航海者も北極星が緯度を示すことは知っていた。そこで彼らは腕を一杯に伸ばし、指を横にして1本の幅を単位として角度を測った。この単位を「イスパ」といいおよそ2度である。

 手のひらを開いて親指と中指は10イスパで約20度、画像の人差し指と親指は約15度で拳の幅は10度である。このように自分の体を使って角度を求める方法は航海術のおまけのお話として時々書かれていますね。
 いざという時に役立つのは間違いないのでしっかりと覚えておこう。

【関連記事】:セクスタント(六分儀)
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by pac3jp | 2009-03-25 15:43 | シーマンシップ  

ノクターナル(星時計)

c0041039_1734046.jpg 航海計器の歴史には前から興味があり、本など割合い注意して読んでいるが、昨日、「なにわの海の時空館」で、星で時間を知るノクターナルを体験してみようというコーナーがあり、初めてその名前と器具にふれた。

 ノクターナルをWebで検索するとスウェーデンのヘヴィメタルバンドに関するWebページが大量にヒットし、この名称がもう航海計器としては一般的ではないのを確認した。改めて調べてみるとボクの書棚の「航海技術の歴史物語」にちゃんとその項目があった。読んでるはずなのにもうすっかり忘れていた。

 星時計とロマンチックな名前がついたこのノクターナルは中世、まだ時計がない頃、夜間の時刻を知る道具として使われたもので13世紀頃から用いられてきて16世紀には広くゆきわたっており、1581年にはミッチェル・コイネットにより発表された文献がある。

c0041039_17343727.jpg その原理は北極星の周りを回る星は時刻によって位置が決まっているからである。そしてこれは北極星と、同じ小熊座の※コカブとの角度で時間を測定する。

コカブ(Kochab)はこぐま座β星である。北斗七星より一回り小さな、こぐま座の小北斗七星ともいえる星の並びの中にあり、ひしゃくの水汲みの先にある。

 使用法はまず、内側の小円盤の指針を日付を合わせる。次いで中央のナットの穴から天の北極星を覗き、長いアームを小熊座のコカブに合わせる。この時の時刻はアームが指差している内側の小円盤の時間目盛りを読めば現時刻が分かる仕組みだ。

 体験コーナーの壁にはここ時空館の位置である北緯34度38分に北極星の固定ランプが光っているが、指針をさす相手の小熊座のコカブは固定という訳にもいかず係員が動かすレーザーマーカーをコカブの位置と考え皆さん測定する。経験豊かな係員が正確にマークしているのか割合正確な時間がでる。

 この便利な道具も、恒星も地球の歳差運動により赤径が変化してゆくから永久には使えないというが、コカブの位置が変わるのは1000年単位だろう人の一生や半生位は充分使えるはずだ。 でも、やがて時計が発達して夜間の時間を星で測定する必要もなくなってしまいこの器具はこの世から消えていった。
 ノクターナルは前記の星時計として最も多く使用されたが、この他に潮時を知るものや日出没の時刻を知るものがあったようだ。

 これはハンド・ログ同様の自作可能な航海計器だろう。大小2枚のプラ円盤を用意し、大カードには1月~12月の目盛りを切り、小カードには24時間の目盛りを切り、中心に覗き穴とアームを付けたらもう出来上がりのように思いますが・・・まぁ、そんなに簡単ではないか。

 自作が苦手な人には・・・「なにわの海の時空館」のものは日本語表記だったので、もしかしたら国内で商品としてあるのかもしれないですね。

【関連記事】:ハンド・ログ
【参考資料】:航海技術の歴史物語 飯島幸人著 成山堂書店
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by pac3jp | 2009-03-23 17:45 | シーマンシップ  

史蹟 和田岬砲台

 三菱重工神戸造船所で大型コンテナ船の進水式を見学して船台から出ると、通路にはこの造船所内にある国の史蹟、和田岬砲台見学コース行きの矢印看板があった。
 以前からここに古い砲台あることは知っていたので頑丈な第3船台の下を潜り、昔は岬の先端だっただろう工場の南東方面に暫く歩くと、植栽やベンチもあり小公園のように整備された場所に出た。 145年前に築造された砲台は古びてはいるが花崗岩を積んだ立派な建築物だし付近の景観ともマッチしている。大工場の奥深くで丁寧に保存されてきたので他と比べ流石にとも思わせる。もう少し季節が進むと付近の桜が満開になり花見にも絶好の場所にもみえるが構内なのでそうもいかないのでしょうかね。

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 現在は木造の内部構造が痛んできたので保存に向けての調査中とかで内部の見学は出来ない。中まで見たい人は三菱神戸造船所のWebで和田岬砲台をクリックしてください。

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 江戸幕府は幕末、日本近海に現れる列強の軍艦から国防に不安を感じ、京都を警護する要地である大阪湾各地に勝 安房守(勝海舟)の建策、設計で数多くの砲台を築いた。
 阪神間では明石海峡の舞子と対岸の淡路・松帆、神戸の川崎と和田岬、西宮の今津と香枦園に文久3年(1863年)から突貫工事にとりかかった。和田岬砲台は講道館柔道で有名な嘉納治五郎の父、嘉納治郎作が工費二万五千両で請負い、二ヵ年で竣工したが、今津と香枦園はやわらかい砂地に重い花崗岩を積むため基礎工事に手間取ったのか足掛け4年の歳月がかかってしまったという。

c0041039_1542263.jpg 上の説明板によると現存するのは和田岬砲台だけだと書いてあるが西宮・香枦園浜にある西宮砲台はしっかりと残っている。ただし、昔から管理が悪いのか大正期に内部は火災で焼失し、近年はフェンスで囲まれているが落書きなどいたずらで文化財らしくない管理状態に見える。(画像左上)

 西宮にあるもう一方の今津砲台は同時期に今津港東口に築造されたが、大正4年(1915年)民間に払い下げされ、石を取るため解体され今津港から運びだされてしまい現存しない。今、その場所には大正4年に地元の酒造家長部文次郎氏らが砲台に積まれた御影石に文言を刻んだ記念碑が建立され今に残っている。(画像左下)

 今の感覚で見れば明石海峡を睨む舞子や松帆、神戸港の入り口である和田岬は砲台設置の必要性もあるが西宮の二ヶ所は本当に必要かと考えてしまうが当時は西宮港も今津港も神戸港に並ぶ重要港湾だったのだろう。



【関連記事】:旧和田岬灯台
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by pac3jp | 2009-03-21 16:00 | 歴史・民俗  

3月18日 大型コンテナ船 MOL MAGNIFICENCE号 の進水を見学する

 神戸港では川崎造船がバラ積み貨物船を、三菱神戸造船所が自動車運搬船やコンテナ船などの大型新造船を建造している。それに両社とも大日本帝国海軍の時代から引き続き現在まで潜水艦の建造もしている。

 ボクも神戸港で貨物船の進水式をやっているのはよく知っていたが、週日だったりして今まで一度も見学の機会がなかった。ところが先日応募した大型コンテナ船命名進水式見学募集に当選し昨日の18日、三菱重工神戸造船所で大型船の進水式を初めて見学してきた。

↓デジカメ動画で撮ってきましたのでご覧ください。映像に入っているタイトルの日付が2008年は間違いで今年2009年です。



c0041039_16293558.jpgコンテナ船「エムオーエル・マグニフィセンス」の完成予想図。
頂いた絵はがきより。

船主:株式会社 商船三井
起工:平成20年 10月 3日
竣工:平成21年 8月下旬
全長:約302メートル
幅 :43.4メートル
総トン数:約78,000トン
コンテナ搭載個数:6724個「ISO 型20f換算」
航海速力:約24.5ノット

c0041039_16302129.jpg 当日は朝、8時20分までの受付なので造船所の人たちと一緒に早々と正門からの出社となったが、年頃や服装で殆ど見分けが付く。本日の進水が行われる第3船台は正門から遠く、1300人もいる見学者の列は長く続いている。現場に着くと頑丈なコンクリートの船台はきれいに片付いて巨大な船体が静かに船台に載っていて、傍らに観覧席が設けてある。見学通路から船首を仰ぎ見れば確かに海で見るより遥かに大きい。大きなビルをみているようだ。

c0041039_16323339.jpg バウ付近の船底には船尾やミジップと違った鉄骨の船台がセットされていてデッキからブイの付いたワイヤーで吊られている。数えて見ると片舷15本ほどある。なんだろうと思って考えると、ミジップは船幅43mでデッキまでの高さも40mはありそうなので船台の上でも安定だが、バウは船底の幅が狭くて船尾からゆっくり船体が進水してゆくと船尾が浮き、バウの狭い船底部分に一時大きな荷重がかかる時があり、その対策で入っている治具だろうと素人考えで想像した。

c0041039_16361742.jpg 進水準備が始まると船主招待席の前には進水制御卓を中心に4人のチームが並び、三菱神戸が今日進水させる第1282番船の進水作業の指揮を執る。まず、ミジップでコンクリート船台と船とを固定してあった木のくさびを外し主綱一本だけにし、合図とともに船主会社のお偉方の奥方が支綱を切断し、セットしてあった特大シャンパンだろうか、そのお酒のビンが船体に当たって砕けると、静かに船は動き出した。

 造船所のカメラマンは船首と同じ高さのゴンドラに乗ってビデオを回している。あそこは撮影には一等場所だと思うが部外者は到底無理でビデオは船が完成した時の竣工図書の一部になるのだろう。

 見学者の歓声に送られて無事進水した船のバウからしばらくして、バシャ!という大きな水音と両舷から高い水柱がたった。バウから吊っていた進水用の治具を一斉に海に落とした音だった。

c0041039_163866.jpg 船がいなくなった船台にはソフトボールよりも大分大きい鋼鉄のボールが80個も並んだプレートが片舷に十数枚ほど残っている。触ってみるとグリスが付いているが軽く動く。この上を鋼鉄の台に乗った数万トンもあるコンテナ船が滑っていったのだ。

 そして後で海に落ちた船台や治具など進水設備はダイバーが回収するのでしょうね。進水式は後片付けも大変みたいだ。
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by pac3jp | 2009-03-19 16:44 | 貨物船  

春が来ると日本に帰ってくる人

c0041039_173978.jpg 昨日の日曜日はお天気は良かったが冷たい西風が20ノットも吹いている日だった。

 冬の間、ずーっとハワイで世界一周途上の「祈風」と遊んでいた仲間が帰ってきた。久し振りなので一緒に乗ろうと艇をボク等の桟橋に回してきた。丁度、彼からハワイのみやげ話を聞くのもいいかな、と、近所の友人と彼のヨットに同乗し付近を一回りしてきた。

 「まぁ、よく日に焼けて!」と声をかけ、乗り込む。こっちは寒いなぁ、向こうは天候不順でずっと天気が悪く、帰る日は22度で寒かったという。でも今日、西宮の海は多分8度位だろう寒いのは当たり前で、22度で寒いとは全く贅沢である。

 でも、毎日忙しく遊んで、それでもちゃんと「祈風」でビックアイランドまでクルージングしてきているので天候不順も大したことはなかったのだろう。彼の話によると一番苦労したのは不得意?な彼等の英語で入港の手続きをすることだったらしく、僕は英語の勉強までして海外のクルージングには行きたくないとか・・・。同感です!

 画像上は若い女性も見える「祈風」のハワイ出航お見送り記念写真。下は「祈風」のお手伝いを口実にしっかりと遊んできたが、地元大阪湾で寒がっているオーナー氏。

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 もうお一人、毎年冬の間はマレー半島とその付近で過ごしている仲間も帰ってきた。
 真っ黒に日焼けしているのは何時のもことだが、帰国前、ジョホールのマリーナでロシヤ人に殴られて歯が何本も折れ、転倒したとき頭を打ったようで少し頭痛がするので病院でCTを取ってもらう予定だとおっしゃる。
 どんな状況でそうなったのか詳しくは聞いてないが、酔っ払っていたので状況はよく覚えてないというし、ロシア人をよく知っている人が言うには、彼らは若いときから軍隊で人を殺する術を習っているしチェチェンの戦争に行っていたかも知れない、それに大体が粗暴な民族だという。そんな人たちと治安の悪い場所で喧嘩したらまず勝ち目はないよ。それにやられた彼は日本人でも小柄な方なので大男からは舐められやすい。たとえマリーナに目撃者がいても多分証言はしてくれないので、やられ損でしょうねと。

 まぁ、頭はさておき、歯の2本や3本くらいならどういうことはありません。入れ歯という簡単なリカバリー法があります。もう若くもないお年なので、少し不自由でしょうが、おかしい事は少しもありませんよ。

 今年も冬が来ればきっとまたマレーシアにでかけることでしょう。でも今度はロシア人には気をつけてくださいね。
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by pac3jp | 2009-03-16 17:46 | ウオッチング  

寛平さん、アメリカ・ロスに無事到着!

c0041039_11161516.jpg 最初は28フィートの小さいヨットでおっさん2人が3ヶ月も無事で航海できるのだろうかと心配してみていたが、毎日UPされるブログや動画で早々とその心配は消え去った。そして時々は太平洋のお天気を勉強しながらブログを読ませていただいた。

 ヨットの太洋横断の大航海でも通信環境さえ整ったらこんな風に航海が出来るんだとハイテクの恩恵を実感したもんでした。でも貧乏ヨットマンにはこれからも無縁の世界でしょうね。きっと。

 今日、寛平さんとエオラス号がロサンジェルスのハーバーに入港し、通関を待っているとの記事を読み、本当によかったなあと思っている。でもこれが最後ではないのだ。アースマラソンの最初のワンステージが終わっただけで、これから次の新しいステージのスタートになるのだ。

 今二人でしみじみ喜びをかみしめています。
 寛平「みんなにあえるぞー!応援してくれてみんなありがとう。けど僕は三日後歩き出します」


色んな面で二人ともすごい人だと思う、これからもずっと頑張ってください!!

「寛平さん、けさ7時11分アメリカ上陸」と公式ホームページに速報が出ていた。


【関連記事】:寛平さんのアースマラソン 
【参考Web】:公式ブログ間寛平アースマラソン
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by pac3jp | 2009-03-11 11:23 | ウオッチング  

ヨットハーバーには春がきた!

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 南風はまだ少し冷たいが、春らしい暖かな日差しになってきた。ハーバーの芝生広場には犬をつれた大勢のファミリーが休日を楽しんでいる。ビジターバースにはヤマハやトヨタマリンの旗が翻りいつもより多い試乗艇が忙しげにお客を乗せて出入りしている。ヨットディーラーがデコレーションフラッグを揚げ、賑やかに中古艇の展示をしている。桟橋の先のほうには食事に来たのだろうか数隻のビジターヨットがとまっている。

 近くの桟橋では高そうなアウトリガー付けた大型ボート(ヤマハ45f)の新艇が操船練習をしている。真横に動くなど微妙な操船をしているが小型のボートのようにエンジン音やスラスタの音など聞こえてこない。このクラスはジョイスティックを使うコンピュータ制御の操船システムを搭載している船もあるから予めゲーム機などで練習する必要もあるね、実際にシュミレーションソフトはあるのかもしれない。
 顔見知りの営業マンはボクに「下取りした41fがあるんですけど誰か紹介してくれませんか」と言う、この世界も大変だ。

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 ボクのフネを繋いでいる桟橋に入ると今度は「デュフォー365」の新艇が泊っていた。神戸港で艤装して先週の金曜日にここに持ってきたと、そうオーナーはおっしゃる。そしてまだあれこれと新艇艤装の工事中のようだった。

耳寄りな話を聞いた。
 マストにレイマリンのレーダーが取り付けてあったので「フランスで取り付けてきたの?」と聞くと「ウエストマリンで買ってこちらで取り付けました」とのお返事で、「レイマリンの代理店ではこのレーダーは日本の型式承認を取っているので申請は簡単です」とおっしゃった。国産のFURUNO製レーダーはウエストマリンで買うと型式承認がないので無線局を開設するのに大層苦労する。
 アメリカのレイマリンがちゃんと型式承認を取っているのに日本のFURUNOがなぜ出来ないのか、多分メーカーの販売政策の違いだろうが、今度買うときはレイマリンにしょうと思っている。

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 さらにもう一隻、まっさらのヨットがハーバー内をゆっくりと航走しているのが見えた。どうも先々週からヤードで新艇艤装中の「ナウティキャット385」だろうと見当をつけた。そのヨットは先月中頃、神戸港のマースクのコンテナバースでシュリンクされた姿で通関を待っていた。この時期に高そうな新艇がと仲間と噂をしたのでよく覚えていた。

 輸入元ディーラーにお聞きすると一年半も前に受注したヨットですとのこと、経済情勢が安定しているときは納期の長いのも辛抱できるが為替がこれだけ変動するとオーナーはちょっと悔しい思いをしているのかも知れないね。

 でも、注文したヨットを受け取ったオーナーはひとまず安心だ。ボクが聞いた噂によるとドイツのデヘラーヨットはどうも駄目になったようで代金を払い込んだが、フネがこない事態になっているオーナーもいるとか聞いている・・・。

 まぁ、色んなことはあるが春は確実にやってくる。まず、船底のメンテの予約をしてシーズンに備えよう。来週はまた景気良く、誰かが新艇の進水式をやるかもしれない。

 新聞を読んでくよくよしても始まらない、不景気をふっ飛ばし大いに遊ぼうよ!
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by pac3jp | 2009-03-09 12:01 | ウオッチング  

神戸市資源リサイクルセンターを見学する

 我家の近くには防災科学技術研究所の実大三次元震動破壊実験施設(E-ディフェンス)があり、以前に木造住宅の破壊実験を見学したことがある。場所は少し違うがそれと同じような時期に出来た神戸市環境局の大型施設がある。巨大な煙突はなく「缶・びん・ペットボトル」を専門に再資源化する「資源リサイクルセンター」だ。一度は見学しようと考えていたが、つい最近その機会があり施設の見学をしてきた。
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敷地面積:14,000㎡ 
建築面積:6,000㎡ 
延床面積:15,600㎡ 
処理能力:90t/5h 
総事業費:65億円だったとパンフレットに記載されていた。
リサイクル・プラントは地元の川崎重工業が請負い、建築は今政界を騒がせているあの西松建設と三井住友・地元建設会社のジョイントが施工した。

 飛び入りの見学もOKらしく、子供向に環境教育をしている付属施設の「こうべ環境未来館」の受付に行くとNPOの担当者が早速あれこれ説明してくれた。たった一人で大きな教室に入り、リサイクルセンターの仕組みを解説するDVDを見る。環境局のOBらしいNPOの担当者からお話を聞くとこの施設は神戸市民150万人が出す「缶・びん・ペット」を一括で処理している日本でも一番大きな施設だという。そして国内はもとより海外からも見学者がやって来るということだった。

 で、「リサイクルされる資源の売り上げは幾ら位ですか」とお聞きすると「昨年は3億円でした」と、でも市民がキャップやラベル取らずに出すなど排出マナーが悪いので資源の買取ランクは低くなってしまうとおっしゃるのでボクも少し責任を感じてしまう。
 (後で販売実績を調べるとスチール缶とアルミ缶をあわせて平成19年度は3.6億円、平成20年度は地金の値が下がり2.6億円だったと報告されているが、ペットとガラスは別のルートに流れるのか販売報告は見つけられなかった。)

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 工場棟に入ると見学コースはきれいで昔の清掃工場のイメージはなく、勿論くさい臭いなどしない。ごみ回収車から資源ピットに投入する場所は午後も遅かったのでもう車の姿はなくガランとしていたが回収日には車が数珠繋ぎになる。
 見学コースはガラス張りの中央制御室へ廻る、ここでは壁にビデオカメラのモニターとリサイクルシステムのフローパネルがあり稼動中の装置のランプが点灯している。机の上はその状況を示すデータを表示するモニターが5台あり監視の職員が一人詰めている。

c0041039_1033179.jpg 機械選別現場の見学コースの窓は狭くて大きな機械の一部分だけしか見えない。でもここの説明板で面白いことが分かった。前から缶・びん・ペットと混ざってしまった資源ゴミからどうしてアルミ缶とペットボトルを選別するのだろうと思っていた。スチール缶は磁石で、びんの色分けはカメラセンサーで出来るが非磁性体のアルミとペットは軽さも似ているのでどうするのか興味があった。

 説明パネルによるとコンベアロールの中で永久磁石を高速でまわし、金属であるアルミの内部にうず電流を流し、その反発力で遠くに飛ばして仕分けすると書いてある。ペットは金属ではないので重力の法則でそのまま落ちる。渦電流の原理って、IH調理器、電磁ブレーキなど、それにトランスやモーターの鉄損などが浮かぶけど、まぁ色々と方法はあるもんですね。これはボクの新発見。(ボクだけが知らなかったので)

c0041039_10342564.jpg この工場は大きなシステムで動いているが全自動ではない。大まかな選別は機械がするが細かい異物や不適物は人間の手で行っている。コースに異物除去コンベア作業を見学できる場所がある。そこはかなりのスピードで流れるコンベア上から除袋機で取れなかった汚れたゴミ袋やレジ袋それに不適なプラ容器などを4人くらいの作業員で素早くとり除いている現場だ。かなり大変そうな仕事だ。画像は玄関のモニターに映っていた選別作業風景。

 説明時にもらったフロー図によると作業員が不適物を取り除くコンベアは全部で10ケ所ある。先の画像の横にもガラスびんのかけらを選別するコンベアがあったがその時は休止中だった。でも多くの手選別のコンベアは稼動中で大勢の作業員が働いているようだった。
 最初に案内してくれたNPOの担当者によると多くの作業員は市の職員ではないという。ここでも高給を取る市職員より安く使える派遣社員などを使い経費削減し、かっては「株式会社 神戸市」と呼ばれた手腕で再資源化した商品を高く販売出来れば、やがては市民税も少しは安くなるかもね。

【関連記事】:E-ディフェンス見学
【参考Web】:こうべ環境未来館
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by pac3jp | 2009-03-06 10:45 | ウオッチング