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久しぶりのスピンラン

c0041039_10584739.jpg 先日、クルージング仲間の帆走会と称する懇親レースに参加した。当日は昔レースをやっていた頃の顔ぶれが久し振りに揃った。揃ったといってもたったの4人だけだ。お天気も穏かそうなので今日のレースはスピンを揚げることにした。前にあげたのは3年前だったのだろうか、もうすっかりいつ頃揚げたのか忘れてしまった。

 我艇のスピンポールシステムはディップポールシステムなのでシートとガイが各2本づつ必要だ。コクピットにはガイとシートが4本、ツィカー2本、フォアガイ1本それにジブシート2本、とメンシートの合計10本のロープがコクピットの床にとぐろを巻いている。
 デッキでは「シートの取り回しがおかしいなぁ、ツイーカーはどこにつけるの・・・」と誰かがいっている。もうすっかり忘れている。

 日頃からレースをしているフネならシートやガイのブロックが付いていたりフォアガイのロープがコクピットにリードされていたりするが、純クルージングヨットにはそんなものは全く付いてない。ただ、スピンポールのコントロールロープのみマストに付いているだけだ。長く使ってないスピン関係のスライダーやポールのトリガー、スナップシャックルの可動部に注油して準備する。

 それでも何とか艤装が出来たようだ。スタート海面に向かうと東6~8ktの風。第1マークにはアビームになる。出来るだけ東よりから出てスピンが上がるコースを狙う。 午前11:00スタート。狙い通り一番風上からスタートができたが、風は良く振れ、前に回ったりするが、とにかくスピンアップの合図を送る。フォアデッキがハリヤードを引くが途中で息が切れてトップまで上がらない。アフターガイが応援に行きやっとスピンは上がりきった。
 重いフネでもフリーのコースはスピンの馬力で何とか滑ってゆく。スピントリマーも長い間ご無沙汰の仕事なのでどうもシートを引きすぎるように思う。スピードが乗らない。ライバルも遅ればせながらもスピンをあげて追いかけてきた。でも、第1マークは辛うじて我々がトップで回航した。

c0041039_1059434.jpg 第2マークまでは微風のクローズホールドだ。重排水量タイプのクルージングヨットが最も苦手とする帆走コースである。すぐに後続のジャヌー32に追いつかれ、抜かれてしまった。でもこの風でタックをすると止まってしまうのでスピード、スピードと念じながら長いクロスのコースをセーリングした。
 第2マークを回るとフリーのスピンコースになるので何とか前に追いつこうと思っていた。第2マークを回るとコースの前方に土砂運搬用のバージが多数アンカリングしている。強風のクロスでは危険な障害物だが、微風の追っ手ならたいした事はないと思い勇躍スピンを揚げた。今度はうまく揚がった。でももう「はぁはぁ」言っている。
 みんな15年前はこんな作業は何ともなかったのだ。でも30歳だったクルーは45歳になったし、45歳だったクルーはもう定年退職の年齢だ。いまや彼らも仕事で体力を使うことは殆どない。キーボードを叩く指を動かすだけになってしまったのだ。でも昔と同じポジションでクルーワークをやっている。

c0041039_110822.jpg 猛ダッシュとは行かないが、風は東6ktで艇速2ノットでボチボチと追いかけてゆく。スピンのコースはクローズドホールドと違ってクルー全員に担当の仕事があるの皆さん共に忙しい。
 前方のバージ群に入ってしまった頃から風が落ちてきた。スピンが孕まなくなってきた。風速計は2kt~1ktに遂に0ノット、無風になってしまった。スピンを下ろしジブを出し、新しい風を待つことにしたが、僅かに逆方向に潮の流れがある。時々タバコの煙が流れるくらいの空気の流れはあるがフネを進める程の風はない。
 その内僅かな流れと風で付近のヨットと共にが3000トン積みの鋼製バージに寄せられてくる。バージは頑丈だがヨットは繊細な乗り物なので、迷わずエンジンを掛けて衝突を回避する。

 まだ期待の風は吹かないがバージ群の中で各艇はレースを続行中である。またもやノーコンになりバージに衝突の恐れもあったのでレースはリタイヤすることにした。

 でも、懇親レースは完走出来なかったが、久々のスピンランも出来たし、それにスピンの虫干し、シート・ブロック類の点検、艤装の確認、確実に落ちてしまった体力の認識と、それなりにチームの皆にとっても有意義な一日であったことは確かだ。
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by pac3jp | 2006-10-30 11:01 | シーマンシップ  

アンカートラブル解消方法

 真夏の「阿波踊りヨットレース」は有名なレースなのでレーサーは勿論、レースに参加しないヨットまで徳島のケンチョピア・ヨット泊地に集まってくる。ここは川で両岸に多くのヨットやボートが船尾アンカー、槍付けで泊っている。水が濁っているので見えないが水底ではアンカーラインが網のように交差しているのだろう。そこへ何の考えも無くアンカーを打てば無事に上がってくる事自体が奇跡なのだ。

 そんな経験を幾度かすると、アンカーを打つと必ず引っ掛かるので自分のアンカーは入れないで「横抱きしてもらう専門」で行くのだ。と言うヨット乗りも出てくるが、ちょっとおかしいと思う。どこの泊地でも必ず横付けできる岸壁と横抱きさせてくれるフネがいるとは限らない。ちゃんと準備してアンカーを入れれば全く問題なくアンカーは上がってくる筈である。

c0041039_931451.jpg まず、アンカーのクラウン(頭の部分)に引き抜き用のアイが付いているので、そこにアンカーブイ、あるいは双綱のロープをつける。そしてそのロープを引けば大抵の引っ掛かりは外れる。
 でもCQRやブルースにはクラウン部分にそれようのアイが付いているが、何故かボクのダンフォースもどきには付いていない。仕方がないので双綱用に9mmの穴を開けてシャックルを付けるようにした。蛇足だがカタログを調べてみるとダンフォースタイプは本家純正も含めてクラウン部分にはアイはない。日本で売っているコピーはしっかり大きな穴が開いているのにね。

 アンカーブイは狭い漁港では使えないのでボクの場合は双綱をつける。アンカーのクラウン部のアイから10mm×12mロープをアンカーラインに沿って細く短いプラヒモで適当に縛ってゆく。それをアンカーラインと共に入れてゆく。アンカートラブルで錨を揚げる時は双綱を引けば紐は勝手に外れる。
 国産の市販品ではアンカーセイバーと呼ばれる商品もあった。根掛かりが多い磯付近でアンカーを入れて魚を釣る釣りボートなどには絶好だが多少の制約もあるみたいだった。

 少し前に古い英文のクルージングワールド誌から簡単なアンカーセイバーの作り方とその使用方法(下の図)を見つけたので今度試してみようと思っている。その道具は長さ60cmくらいで太さ12mm位の亜鉛めっき、ビニールコーティングをしたワイヤーの両端に18mmのシンブルが付いたアイをつけたものだ。
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 図によると岩に掛かったアンカーチェーンを真上から引き上げ、クリートし、そのアンカーラインにループにしたアンカーセーバーをレスキューラインに付けてアンカーまで沈めてゆく。そして、チェーンを緩め海底に戻す。そうしてからレスキューラインを引き上げる。

 上手くいくかどうかは判らないがクラウンに穴が開いていないダンフォースアンカーの回収にはぴったりだなと思っている。ワイヤーも少し細いがステンレスの古いハリヤードだったらヨットハーバーの片隅に転がっていそうだし、他の部品もコーナンにある。簡単に自作できて、嵩ばらないので非常用備品として保存にも最適だと思うが・・・。
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by pac3jp | 2006-10-27 09:47 | アンカー  

ボートショウを見学する

c0041039_971179.jpg 秋晴れの土、日曜日にハーバーのビジターバースでモーターボートだけのボートショウが開かれていた。意外に多くのお客さんが入っている。いつも行われているヨットのボートショウの人出よりは若い人が格段に多いようだ。
 出品されているボートもかっては大型のフィッシャーマンや豪華で高そうなボートが沢山展示されていたが、今回は40fを越すのは3~4隻だったかな? 9000万円クラスのトヨタポナム45と7000万円のベネトウ社ののトローラ42に人が集まっている。全体に小型の釣りボートが多いが、中々の盛況だった。
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c0041039_99492.jpg ボクが今回面白いと思ったのは「トヨタ ドライブアシスト」だ。これはボートを前後、左右、斜め前後左右、その場回転もジョイスティックだけで操作できる装置である。実際にボートを動かしているところを見たわけではないが、その説明板を写してきた。頻繁に離着岸する最新の客船などには装備されているそうだが、さすがトヨタ。高めのモーターボートに面白いものを付けて来たのだ。最近、ご近所で新艇ボートを買ったオーナーさんが「これだけ欲しいなぁ」と言っていた・・・。


c0041039_9101665.jpg 顔見知りのディラーは「ヨットも良いけど操作が面倒だ」なんて思っている団塊世代をターゲットに28fくらいの小振りのクルージングタイプのボートを売り出している。値段を聞くと1600万~1800万円と結構にいい値段だ。でも、営業マンは「そこそこ売れている」と言っている・・・。大阪でボチボチは普通に売れていて、そこそこと言えば結構売れているんやで、と聞いた事がある。なるほど、それでシュリンクされた輸入ボートがヤードにおいてあるのをよく見る訳だ。

c0041039_9131968.jpg お天気が良いので各ビルダーの旗を立てた試乗艇はお客さんが一杯だ。頻繁に発着を繰り返している。ボストンホエラーが幟を何本も立てて走っているのを見ると一瞬何だろうと思ったりする。

 ボクの所にもヤマハからボートショウの案内ハガキが確かに来ていた。でも持ってくるのをすっかり忘れていた。それがあればガラガラで抽選が出来たのに残念。

 そう思っているとヒルトン・バーケーション・クラブのお姉さんから「ハワイ旅行が当たるアンケートをしませんか?まだ3人しか応募がないの確率は高いですよ!」と声を掛けられた。ガラガラよりはこっちの方が良さそうだとすぐさま用紙に適当に記入し、お土産に小さい買い物袋を貰った。ガラガラ抽選はいつやってもボールペンだったので、イベントに参加してチョットだけ得をしたような気分になって、賑やかな会場を後にした。
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by pac3jp | 2006-10-25 09:26 | ウオッチング  

処女航海 原 健著

c0041039_9115084.jpg 1997年4月、高知沖の太平洋でレース中の南波 誠さんが落水して行方不明になってしまった遭難事故は多くのヨットマンの記憶に残っているだろう。彼は経験も技術も日本のトップクラスのヨット乗りだった。また当時、神戸ではそう荒れた天気でもなかったので、ボクもテレビのニュースを見てビックリしたものだった。当時は詳細に報道されていたが、いまや、ボクの記憶も大分曖昧になってきた。

 その南波さんが落水した時の状況を、同乗していたプロヨットマンの原健さんが書いた本「処女航海」の中で見つけた。

 以下にその時の緊迫した状況をご本より引用させていただく。



・・・黒潮の流れと真向かいになる北東風はすでに30ノットを越え、
潮の流れと相まって体感する風速は40ノットに達する勢いとなっていた。
そして、波高はビルの3階ほどに大きくなり、艇の危険が確実に迫っていた。

・・・デッキ上でまだライフハーネスを装着していなかったのは南波と僕の
二人だけだった。・・・

それまでは規則的に前方から襲ってきた波に加え、突発的な横波が出だした
のは・・・。
一度、二度と突き上げるような波の塊が左舷から攻撃してきたかと思うと、
三度目の凄まじい横波が、爆発のような音とともに艇の横腹に炸裂した。
ロープで身体を縛っていたために、かろうじて艇に留った僕は咄嗟に前方に
目をやった。すると舵輪を握っていたはずの南波の姿が無くなっていた・・・。

反射的に艇の風下を見ると、大きく傾いて半ば水没しかけた右舷後方の安全索
に必死にしがみつく南波の姿があり、その姿はほとんど海中に呑み込まれよう
としていた。僕は自分の身体を縛っていたロープを急いでほどくと、スキーの
ジャンプ台のごとく急角度に傾いたデッキを風下方向に向かった。しかしその
時、舵取りを失った艇は風上へと方向転換し始め、水没していた右舷が水中か
ら起き上がり始めた。
あと50センチ・・・・差し伸べた僕の手が届く一瞬前に、南波の手は艇を離れ
ていった。

「南波さんが落ちたぁ!!」
僕は力の限り叫びながら、救命ポールを海に投げていた。そして、舵手を失っ
た艇は怒濤の波の中で闘牛のように暴れ始めていた。
僕が舵を取り直す頃には、風位を超えて勝手に方向転換を完了していた艇は、
右舷からの裏風を孕み大きく逆に傾いており、左舷デッキに腰を下ろしていた
数名のクルーたちが水中に没しかけていた。そこで、デッキ中央に唯一残って
いたクルーに前方のジブセールのロープを外させた。すると、艇の傾きが無く
なり、左舷で水没しかけていたクルーたちがデッキ上に戻ってきた。

「南波さんが落水した!メーデー信号の発信と落水地点をGPSに落としてく
れ、それにエンジン始動とメインセールのダウンだ。そしてたのクルーの人数
を確認してく!」僕は強風ではためくセイルの轟音の中で、叫ぶように指示を
だした。エンジンが掛かると舵の利き出した艇を風上に立ててメインセールを
下ろし、GPSを頼りに南波の落水地点を求めて風下へと方向転換した。

「他のクルーは全員います」
という報告が届く頃には、艇は風下へ向かって大波に乗り、凄ましいサーフィ
ングを始めていた。決壊した川のように水が氾濫する前方のデッキでは、ジブ
を下ろすという厄介な作業が待っていた。そして、ベテランクルー3人によっ
て慎重にその作業が行われた。2次、3次の落水者を出すことだけは避けなけ
ればならなかったのだ。
無事作業を終えるとエンジンのみでの機走によって南波の捜索が始まった。
GPSを頼りに落水地点を何度も何度も通り過ぎながら、南波の名前を呼び続け
た。そしてちっぽけな一葉の枯れ葉のように漂い続ける艇の上で、僕たちの喉
は、時間の経過とともにカラカラに渇いていった。





 この事故の経過を見ていると

1.落水と同時にマークとなる標識ポールを投げる
2.メーデー発信とGPSのMOB(マン オーバー ボード)キーを押す
3.エンジン始動・2次、3次の落水者を出さないような慎重なデッキ作業
4.セールダウン・他のクルーの確認
5.GPSによる捜索開始

 手順通りではあるが、もし自分がこの艇のスキッパーだったらチャンと出来るだろうかと思う。皆さんGPSのMOBキーを押して素早く落水地点に戻れますか?MOBてなに?とおっしゃるヨットマンも多少はいらっしゃるでしょう。ご自分のGPSで確認して置いてくださいね。

 この事故は残念ながらヘルムスマンが荒天航行中にハーネス未着装だったことだったが、ヨットから落水し、行方不明になってしまう事故はクルージング中にも、いつでも起りうる事故である。そのためにも、まずクルーの安全意識を上げる事。そして落水しないように艇の安全装備を充分に整備し、もし落水者が出ればすかさず救助するために日頃から救助訓練などが欠かせないと思われる。
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by pac3jp | 2006-10-23 09:20 |  

ヨットのヘッド(トイレ)

 大昔から人々は海にフネを浮かべ魚を追い、遠い海のかなたに交易を求めて航海してきた。だが、帆船の大航海時代になっても船に個室トイレてなものは無かった。でも帆船も人間が操っているのでトイレは必要だった。その場所は船の舳先の部分、船首像の下のあたりにあった。帆船の場合、船の進行方向が風下になることが多く、落下物は風の力で前方に飛ばされ、船体を汚すことがない。もし汚れても波が洗い流してくれるため、非常に好都合な場所だったのだ。 
 ↓↓の画像は日本丸なので当然この付近にトイレはついてない・・・
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 古い時代には、マストと舳先をつなぐロープにぶら下がって用を足すというアクロバット的なことも行われていたが、やがて船首部に腰掛式の便器が装備されるようになった。そんなことで昔、英国海軍などでは船のトイレを「ヘッド(船首)」と呼んでいた。
 以来、時代が移っても古いヨット乗り達もトイレのことを「ヘッド」と呼んでいるのだ。

 今時はそのトイレもクルージングヨットでは30fを越すくらいからは個室になっているが、それ以下はバースやロッカーと兼用になっている場合が多い。上品な?ヨットマン・ヨットウーマン達は大体そこで用を足す。

 一方、同じ海で行き会う沿岸漁船はそんな上品な物は付いてないようだ。ペーパーロールを握って帆船時代そのままで用を足しているのを目撃した事がある。お客を乗せる釣り船は少し品良く、艫のデッキにドボン水洗タイプの小屋がついてる船もあった。

 だが、外洋をヨットで長距離航海するシングルハンダーは又、原始に戻るらしい。誰~れもいない大海原。太陽と海と自分しか存在しない場所で何も狭いトイレですることはない。スターンデッキで気持ちよく用を足し、後は海水が勝手に洗い流す。ウオッシュレットも海水でドバッとやればいい。だが、海に落ちたら元も子もないのでしっかりとハーネスで繋がれて・・・。

航海中のヨットでは、気持ち良い事も決して楽には出来ないないようですね!
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by pac3jp | 2006-10-20 08:23 | クルージング  

巨大なコンテナ船がやってきた「エマ マースク」

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 先週、神戸港六甲アイランドのマースクバースに巨大なコンテナ船が入ってきた。世界最大のコンテナ船「エマ・マースク」(約17万トン)で20フィートコンテナ換算で11,000個を積載できる超大型船だ。 全長約400m、全幅約56m。パナマ運河は通れない大きさだ。でも欧州~アジア間専用では関係ないか。スターンから喫水標を見れば満載で約17mとなっている。神戸港で最初に出来たコンテナバースがもう使えないと聞いていたが、この喫水ラインを見て納得した。

 ボクのフネは喫水1.7mだが停泊するときは20パーセントのマージンで最低でも2mの水深は欲しい。この巨大なコンテナ船では水深20m以上は必要になるのだろうか。でもここの水深はそんなに深くない。
 この付近の岸壁はコンテナ船ずらっと横付けで着く。横から通してみると東側のNYKの7~8万トンクラスが小さく見える。「エマ・マースク」の横幅はかなり広い。コンテナクレーンの長いアームがもう一杯だ。スターンデッキに積まれたコンテナを数えると22個ある。黒いNYKコンテナ船はデッキには12個並んでいるだけだ。凡そ倍の幅がある。
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 前に回ると40フィート以上はありそうな巨大なバルバスバウが付いている。バウスラスターマークが2個、、マースクライン船のアンカーはみんなハルに嵌まり込むタイプでこのフネもそのようになっている。400mもある長い船体もまだ新しいのでダグボートがつける傷もない。

 ブリッジを見上げるとマストにデンマークの国旗がはためいていた。デンマークもドイツも北欧の外航船はしっかりと船籍は自国に登録している。それに較べて日本の外航船は殆どが便宜置籍船になっていて近所のバースに入ってくる日本郵船や川崎汽船も船籍はパナマだ。日本の命運を担って海外からエネルギーや多くの生活物資を輸送する船舶のうち日本国籍の外航船は100隻を割ったといわれている。

 外航船の国旗を見ると生来の心配性?が頭をもたげてくるのだ。もし、いざという事態になったとき日本商船隊はどうなるのだろうかと。船は外国籍、船員は殆ど、あるいは全員外国人の船もある。日本国の船会社の指令通りに運航できるのだろうか。
 多分、大幅な危険手当を出すといっても外航船舶を運航する人手は激減して、国内の物資不足が大問題になるでしょうね。
 そうならない事を願っているが、もしそういう事態になった時、国民の生活を守る術は出来ているのだろうか。大いに心配ではある。
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by pac3jp | 2006-10-18 10:12 | 貨物船  

海からのメッセージ 田久保雅巳著

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 著者の田久保さんはヨット雑誌「舵」の編集長をされている。表紙に 編集長の独り言 世界と日本の海洋レジャー事情のエッセンス、10年間にわたり連載された「巻頭言」厳選集とある。確かに毎回KAJI誌の巻頭にあった記事だ。道理で読んだ記憶もあった。

 本を読んでみると、さすがに現役のヨットジャーナリストが書いたエッセイである。国内外の幅広い話題があり、その内容も素晴らしい。読み続けていくとボクもそのとおりだとうなずける意見も多い。

 2003.12「フネの能力、人の能力」と題する一文がある。琵琶湖で起きたヨット転覆事故に関連してヨットの定員について書かれた文章である。
 定員は小型船舶安全規則によると「検査機関が充分と認められる乾舷および復元性を保持できる最大限の乗船者の数」とある。近海以上の定員はバースの数以内、でも沿海以下は一人分の座席は幅、奥行きがそれぞれ40cm以上でその前面に30cm以上の空間があればよい。従って事故を起した21fのヨットに10名の定員を取る事は可能である。

 法律ではそうであるがオーナーが実際に定員を取るときは、海上花火大会見物時に乗るゲストの最大人数も勘定に入れ、ライジャケや浮器の数と収納場所との兼ね合いで決まってくる。我艇の法定定員は8名だが最近の10年間で定員一杯に乗ったことはたったの2度だけである。何れもハーバー周辺のレースなどでゲストを数時間乗せただけであった。いずれ定員は4人にしても良いなと思っている。

 ヨットの運用上での「定員」の考え方は昔からいろんな案があった。この本にも引用されているが、ヨットデザイナーの横山晃さんが昔、「舵」に書かれていた案は、乗員数を点数制で決める事を提唱された。「そのフネのベテランは2点。慣れている人は1点。他艇では経験があるがその艇では初めての乗る人は0.5点。未経験者は0点。ただ酔うだけの人はマイナス1点。子供はマイナス2点。それぞれが一人ずつ乗船していたとする。すると6人の合計は0.5点。沖に出るのは少なくとも1点以上が必要なため船検範囲内としても、沖に出るのは危険」という計算方法だ。

 もう一つ。こちらは今でもベテランからよく耳にするので最もポピュラーな法則かもしれない。
 「ヨットの耐航能力はフネの能力と、乗り組む人間の能力との総合力だ。6人で出港を考えたとして、その内2人が未経験者だとすると、その2人のために4人の能力は半減する。揺れる船上の初心者はその動き自体が危険。落水しないように、怪我をしないように経験者1人が初心者1人の面倒を見ることになる。だから乗員戦力は残りの2人。その戦力で変化する天候を乗り切ることができるか、最悪の状況でフネも人も耐えられるかを判断して、出港するか否かを決める。そのぐらい慎重に」という。

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(参考)

右の画像はドイツのババリアヨットが指定したババリア34の定員と荷物の最大を記載したコクピットの表示プレート。


 


 ボクのご近所ではゲスト満載で出港するヨットは少ないが、フネの大きさに不釣合いなほどFBに大勢の人が乗っているボートをハーバーで見かけることもある。

 でも、オーナーあるいはスキッパーは自艇の「フネの能力、人の能力」をいつも考え、海の遊びを安全に楽しみたいものですね。
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by pac3jp | 2006-10-16 09:15 |  

自衛艦旗(軍艦旗)

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 国体セーリング競技の運営にはいつも海上自衛隊が協力していると聞いている。今回もレース海面の沖に掃海艇「くめじま」(490ton)が停泊している。小さいけれどしっかりと軍艦のシルエットとして見える。レース海面付近を掃海艇搭載の黒いインフレータブルボートがスターンに軍艦旗をはためかせて航走している。クルーは2名、黒いウェットスーツのようなものを着ているように見える。実戦では海中にある機雷を処分する危険な作業を担当するフロッグマン達だ。選手の落水事故救助を受け持つ。

 レースサポートのインフレータブルボートが多い中でも軍艦旗を掲げたボートは目立つ。ボクも対抗して?国旗をスターンに付けたがやっぱり目立つ軍艦旗には負けているように思ってしまう。

 でも、今の自衛艦旗もすんなりと海軍から海上自衛隊へ引き継がれたわけではないのだ。
 太平洋戦争の敗戦で大日本帝国海軍は解体され、軍人も軍艦旗を掲げる軍艦もない状態でその権利は長く放棄されていた。そこで旧海軍出身のヨット乗りたちが歴史ある軍艦旗を残すため当時のGHQと交渉し、自分たちのエンサインとして国際機関に登録した。そしてクルージング・クラブ・オブジャパン(CCJ 日本外洋帆走協会の前身組織)の公式のエンサインとして使われていた。
 だが、やがて海上警備隊から昭和29年、晴れて海上自衛隊となったとき、旧軍艦旗は日本外洋帆走協会(NORC)からすじを通して、海上自衛隊にお返ししたらしい。以来、自衛艦は旧軍艦旗を使い、NORCは今のレース旗のデザインがエンサインになったのだ。
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自衛隊旗の規定は以下のようになっている。

構造及び寸法

1.形状
本品は縦2、横3、の旗布の中心より風上に水平に移項すること縦の1/6の点に、縦の1/2を直径とする赤色の日章を描く。光線は赤色にして円の中心点より垂線及び水平線に中心を合わせる光線を基本とし、各光線の幅及び間隔を各11 1/4度に取り、方光状に描くものとする。

2.種類及び寸法
1.5幅、2幅、3幅、4幅とする。
基準寸法は1幅の仕上がりを430mmとする。許容誤差はプラス、マイナス10mmとする。

3、材料
生地は国産荢麻(ちょま)原料を完全に乾燥した長綿糸を使用し、糸質が均一にして最強かつ自衛隊旗用として最適なもの、と規定されている。

 なお、荢麻(ちょま)とはイラクサ科の植物で「からむし」ともいう。日本での栽培は古く、織物として各地で生産されてきた。草丈は2メートル余となり、根元から刈り取った茎からは極めて強く、長くて軽くて美しい繊維がとれるので、昔から上布を織るのに用いられる。産地の特性ににより、越後上布、小千谷縮、奈良晒布、八重山上布、宮古上布などと呼ばれている。

 さすがに伝統ある自衛艦旗ですね。いい材料が使われています。処分艇の旗は一番小さい1.5幅よりもっと小さい旗だった。いくら小型ボートでも旗が海に浸かったらみっともないですからね。
 
 大きなフネに小さな旗や反対に小さなフネに大き過ぎる旗もアンバランスだ。ちなみにヨットと旗のサイズのベストマッチは1フィート・1インチと昔からいわれているらしい。


参考:艦船メカニズム図鑑 森 恒英著
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by pac3jp | 2006-10-13 09:05 |  

のじぎく国体セーリング競技会

c0041039_10192464.jpg 第61回目の「のじぎく国体」が兵庫県内各地で開かれていた。ボク達のホームポートはセーリング競技が行われた。ボクは国体のセーリング競技に県代表で出るほどの腕がなかったので大会の開催場所を間近に見たのは今回初めてだが、第一印象はたった4日間のレースのためにえらくお金を掛けて準備しているなぁと思ったことである。

 大会の規模からいえば競技種目は男子5クラス、女子5クラスの10クラスである。参加しているヨットとボードは合わせて390艇。まあかなり大きな大会とは言えるが、シングルハンド195艇・195人、2マンディンギー195艇・390人、選手の合計585人だ。クルーザーのレースでは100隻程度参加したときのクルー数だね。でも国体は監督やコーチ、その他のスタッフも大勢連れて来るからなぁ。

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 まず、ビックリしたのはディンギーヤードに3階建で長さが40~50mはありそうな巨大な管理本部を建てた事だ。これは仮設だがお金は掛かっているよ。全国47都道府県のセーリング連盟のお偉方が詰めているのだろうか。勿論あちこちにレース艇とチームのための大小のテントも沢山張ってある。

 また、センターハウス西側に一般のお客さんや関係者向けのテント村が出来ている。観覧船受付、写真屋さん、みやげ物店、郵便局、ヨット関連ショップ、ファーストフード店、炊き出しコーナーなど等。ここで一番お金が掛かっていそうなのが大型ディスプレーによるヨットレース実況システムだ。数ヶ所の超望遠TVカメラが二つのレース海面のレース艇を写している。そして、その画像はインターネット中継されていたそうだ。

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 お隣のテントではボランティアが運営する無料のソフトドリンクコーナーがある。昼時になれば同じく無料の焼肉と豚汁の炊き出しコーナーに大勢の人が並んでいる。それを貰ってきてテレビでレースを観戦するのだ。「沖の観覧船で見てもレースの様子もさっぱり判らなかった」と観覧船に乗ってきた人が言っていた。 だが、ここが最高!

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 海上で観戦したいギャラリーのために大小2隻の観覧船が運航している。フィニッシュを陸上から観戦したい人は隣町の芦屋浜へシャトルバスが出ている。当然最寄駅からハーバーにもシャトルバスが出ている。至れり付くせりだが誰が費用を払っているのだろう。

 隣接する芝生広場ではアマチュアバンドが賑やかに演奏していたり、面白い野外設置のアート作品が並んでいて、楽しい雰囲気を醸し出している。一見ヨットレースとは関係なさそうだが、この付近からはレース艇も、勝ってはしゃいでいる顔や、思い通りにレースが出来なかった悔しい表情の選手も見ることは出来ない。町にやってきたお祭イベントを皆が楽しんでいる感じだ。

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 海上の選手もトップグループは頑張っているけど「参加することに意義」を感じている選手も多いのかもしれない・・・でも、国体ってこんなもんなんでしょうね。
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by pac3jp | 2006-10-11 10:33 | ウオッチング  

セーリング国体は終わった

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今、兵庫県各所で国体が行われている。ボク等の新西宮ヨットハーバーもセーリングの会場になっていて10月6日~9日まで毎日レースがあった。ハーバー内も近くの海もディンギーと警戒船で混雑していたが、やっと静かになりそうだ。
レース中はずっと強めのブローが吹き選手を大いに悩ませていたようだが、国体終了と共に微風、そよそよ風になってきた。
 でも、ヨットレースて、まったく見物して楽しむ競技ではないね。近くで見たいと思えば警戒船から立ち退くように大声で注意される。離れたら全く見えない。どうなっているかも判らない。
やっぱりセーリング競技はやって楽しむもんですね。改めて確認しました!!
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by pac3jp | 2006-10-09 15:25 | ウオッチング