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4月30日 本島港で昼食をとって

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小豆島までは6艇だったが1艇は残念ながら連休中に所用があり母港へ帰る。

今日は快晴だが無風。5艇で仁尾マリーナを目指す。
ここで久振りに昔仲間の先輩ヨットマンと再会する事になっている。
時間に余裕があるので塩飽諸島本島で観光と昼食をとってゆっくりと出港する。
画像は本島港 食事とトイレは目の前のセンターハウスにある。

春の海ひねもすのたりのたりかな・・と備讃瀬戸を西へ。

三崎付近で陽菜手配のパイロットボートがくる。マイクで何か言っているが我キャプテンも理解できてない。

1600 仁尾マリーナに全艇無事到着 各艇給油し、先輩ヨットマンの歓迎を受ける。
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by pac3jp | 2006-04-30 15:24 | 瀬戸内海周航  

4月29日 ピアネット広島湾クルージング初日

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0600 予定どうり新西宮ヨットハーバーを6艇(16名)で出航。

ボクは今回のクルージングにフリートキャプテンのミセスエフさんにお手伝いとして乗り組んでいる。

朝は程々の風だったが明石を越え、鹿の背付近10時頃からSWが吹き出し播磨灘は時化模様になってきた。20~25ノットの風に潮流もあって対地速度は10ノットを越える速度がでたヨットもあったようだ。

小豆島に近づき風波は小さくなったようだがそれでも結構ある。
東土庄港に入るが予定の浮桟橋は小型のフェリーと先着のヨットが係留中なので王子漁港に入ることにした。
ここは浅いと判っているが、横風が強い中で槍付けの用意が出来ているフネはないので、空いた岸壁に横付けと横抱きで係留する。

1600 参加6隻は大騒ぎしながらも無事、小豆島王子漁港に係留完了。

オリーブ温泉に入ると色の黒いヨット乗り風の人もチラホラいる。港を眺めてみると、我々も入れて9隻のヨットが舫っている。さすがGW初日だね。

チョット高いオリーブ温泉は @800円 
夕食はその施設内のレストランの各種定食セットでとる。
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by pac3jp | 2006-04-30 08:43 | 瀬戸内海周航  

200年前 瀬戸内海の船旅

c0041039_10114087.jpg 瀬戸内海は島多く波穏かなこともあって海上交通は大昔から栄えてきた。

江戸時代も後期にはいると一般の人たちもあちこちへ旅をするようになってきていた。当時の旅は伊勢神宮参拝を始め各地の有名な神社仏閣詣だったが、物流の増加に伴ってビジネスでの旅も増えていた。
 そして歩かなくても良いので当時の海の新幹線?とでも言うべき早舟をチャーターして役人や裕福な商人、豪農などが瀬戸内の旅を楽しんだそうだ。



 記録によると享保3年(1802年)商用で長崎に行っていた古河某は供二人をつれ、下関から大阪まで早舟をチャーターし帰ることにした。
 早舟は全長10mばかりで帆柱は一本、四人水主乗組みである。料金は三日半請け受合いで二百四十目(小判4両)、他に食費一日百文づつ。途中に宮島に寄港する契約。

9月26日 下関を昼に出帆。夜10時上ノ関着
9月27日 朝6時上ノ関を出帆。午後3時 安芸宮島へ到着。厳島神社を参詣し、夕刻出帆。音戸の瀬戸を通し忠海沖で夜明け。
9月28日 朝8時はなぐり瀬戸を通し、午後2時過ぎに備後鞆に着 保命酒を買いすぐ出帆。その夜備前牛窓にて夜明け。
9月29日 天気よくも風弱く暫く夕方播州明石の沖に至る。その夜始終櫓4丁にて櫓走。夜明け方大阪安治川川口に到着。

 この航海は下関→大阪間、約275海里を二日と18時間で走破した。上ノ関で8時間と宮島で3時間ばかり停泊したから、航行時間は55時間になる。平均速度は5ノットだった。但し、風の弱かった明石→大阪間の櫓走は2ノット弱である。(逆潮だったみたいだ)

 瀬戸内海の航海は必ず潮流を考えて航行しなければならないのは今も昔も同様である。1日目のコースは平均速度は7.4ノットだ。潮にも乗っていたのだろうがかなりの速度である。
 上ノ関で8時間停泊したのも潮の調整時間だろう。順調に航海してきたが播磨灘で風が弱かったので明石の潮に間に合わず、微風もあって櫓走になったのだろうと想像する。

  参考文献 「日本航海術史 : 古代から幕末まで」 飯田嘉郎 著

 
 エンジンのない33fのヨットで瀬戸内海を平均5ノットで航海するのはボクの腕では難しいというよりはできないね。この船はプロが運航する貨客船なので我々アマチュアの運用技術を遥かに越えているし、この時代には早舟のような小型帆船の航路もしっかりと確立されていたのだろう。
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by pac3jp | 2006-04-28 10:19 | 歴史・民俗  

クルージング先で見つけた面白い風景(3)


 備讃瀬戸でプレジャーボートやヨットが自由に着けられる浮桟橋(有料@500円)では香川県坂出市与島のフィッシャマンズワーフが一番有名だろう。今までここには何回も寄ったがこの施設の外に出たことはなかった。

 今回のクルージング中で強力な寒冷前線の通過が予想される日、ここの港でお天気待ちをした。ついでに初めて島内の散策をしてみた。

 歩いてみるとこの島の瀬戸大橋関連施設以外は昔ながらの島の風景があり生活があった。インターチェンジとつながる大型バスの為の道路が僅かにあるが、集落の中は折れ曲がった細い路地でつながっている。だが、小学校も廃校になったいるし、空き地も多くひっそりとしている。
 短い路地の坂を下りるとすぐ前はもう使われていない小さな船溜り。左には墓石が並ぶ墓地がある。脇に火葬場があり、手入れが悪いのかあるいは廃棄されたのかわからないが中が見えている。ドキッとする。

c0041039_9494677.jpg この島の港は南東に向いている。鍋島と石造りの古い防波堤に守られた港と船溜まりがある。そこに神様を祭った小さな祠があった。
 島の仕事には船がどうしても必要なんだろう。そして海の仕事の安全を祈願して祠前には古いプロペラがひっそりと奉納されていた。

 讃岐の金毘羅さんにはピカピカと輝く巨大な本船用のプロペラが奉納してあったが、ここの施主は漁師さんだろうか、身の丈サイズの奉納物が好ましい。
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by pac3jp | 2006-04-26 09:58 | 瀬戸内海周航  

クルージング先で見つけた面白い風景(2)


c0041039_11514338.jpg 国東半島東部に位置するここ「マリンピアむさし」は大分空港が造成された時に一緒に造られたのだろうと思う。空港の北端に出来た狭い水域に漁港とマリーナがあり海岸周辺は親水公園が造られている。

 マリーナに停泊しているが、夜間や早朝は管理事務所内にあるトイレは使えないので親水公園のトイレのお世話になる。このトイレはいつもお掃除がされていて気持ちがいい。

 そしてその脇の小さな砂浜に半分海に浸かった木製の鳥居が見えている。潮が引いた時に見に行ってみると水中から大きな岩が出ている。

 砂浜から見ると只の岩だが、鳥居を通して眺めてみると古来、五穀豊穣、子孫繁栄の願いで信仰を集めているシンボルのシルエットが見えてきた。
 ボクが住む地域にも小さなお山の参道脇の祠に鎮座されたものはあるが、海岸にあるのははじめて見た。

 鳥居といえばこの付近にはやたらと小さくて赤く塗られた鳥居がある。ゴミの不法投棄されそうな場所や立ち入り禁止の看板の代わりに使われていたりする。
 国東半島は「仏の里」と呼ばれ、六郷満山文化が栄えた土地柄だ。八百万の神々がおわすこの地では神や仏がより身近なので禁止看板よりも鳥居に不敬の方がその効果は高いのだろうかな。
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by pac3jp | 2006-04-25 11:57 | 瀬戸内海周航  

クルージング先で見つけた面白い風景(1)

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 大分県国東市武蔵町。 つい最近、町村合併で武蔵町も市になった。

 海岸沿いの新しいバイパス道路を歩いていると数軒の民家の屋根全部に白っぽくて太いホースかロープのようなものが無造作に掛けてある家がポツポツと見えた。
 なんだろうと近づいて見るとやっぱりロープである。干してあるのかなとも思ったが、そうではないようだ。

 散歩中のおじさんにお聞きするとよく知らないがと前置きされて「この辺りは台風時の風が強いので瓦が飛ばないようにしてるのと違うかな」とおっしゃた。

 でも周辺の住宅全ての屋根にロープが載っているわけではないし、かなり長いロープが使われているので買うと費用もかなりかかる。
 常識的に考えて大量の古いロープを持っている職業は漁師さんだろうし、その廃物利用かな? と思いながら見ていたが・・・。ちょっと不思議。
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by pac3jp | 2006-04-24 09:05 | 瀬戸内海周航  

クルージング中のエンジントラブル

 クルージングに出て、5日目の航海中に冷却用の海水ポンプのシャフトをエンジンに接続するコンパニオンフランジと呼ばれる部品が磨耗してポンプに動力が伝わらなくなった。従って海水ポンプは動かなくエンジンの運転も出来なくなったしまった。

c0041039_11531846.jpg 左の画像上は新品のコンパニオンフランジだ。磨耗したものは4/16の記事を参照。下の画像は今回交換しなかったポンプシャフトの新品と磨耗したシャフトである。
 故障の原因はエンジンの回転力を凸型(コンパニオンフランジ)→凹型(ポンプシャフト)の金属部品で結合する際に発生する摩擦が原因で金属が磨耗してしまったのだ。

c0041039_1158782.jpg 摩擦を防ぐ為に通常はオイルが循環しているものだが、このエンジンはこの結合部分をグリースで潤滑する方法を取っている。そしてそのグリースが少なくなったしまったら急激に磨耗が進むことになる。
 対策としては年1回くらいは分解して点検とグリースの補充をすることだろう。

 このエンジンの運転時間は2,106時間と表示されている。今までに故障あるいは不調で部品の交換をしてきた履歴から見れば、圧倒的に冷却水システムが多い。
 センサーなど電気系が2件あった。燃料系及び本体部分に今までのところ故障はなかったが、いつもお世話になるヤマハのメカニックによるとオイルは減りませんか?と聞いていた。他のタイプでは潤滑系でトラブルが多いと言っていた。

 だが、次に起こる故障を事前に予測することは難しい。だから、故障すればすぐに修理できる部品と技術が必要だ。
 今回の故障に限って見れば前回にこの部品は交換したことがあり、取り外した古い部品はヨットには積んでいなかったが、自宅の物置かどこかにあるはずだった。もし、フネにあったら多少の航海は出来たはずだ。
 今までも取り替えたパーツで緊急使用に耐えそうなVベルト、インペラー、バルブやソケットは予備としてフネに保存してあったが、このフランジは積み残してしまって残念なことをした。

 結局、ボルボMD22Aという日本では余り使われていないエンジンの為、国内で部品在庫がなくボルボ本社からの部品手配に10日もかかってしまった。部品価格も3年前に較べて25%は高くなっていた。何故だろう?

 前にも書いたが、ヨットの補機も建造時にチョイスできるなら自分が楽しむエリアで最もポピュラーなエンジンを選ぶのが賢明だとつくづくと思った事である。
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by pac3jp | 2006-04-21 11:59 | シーマンシップ  

4月19日 帰って来ました!

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小豆島土庄東港を出航した朝は微風、曇り空だったが10時頃から突然南風が吹き出してきた。
30ノットまで吹きあがる。播磨灘は割りに広いので波も立ってくる。
強風と三角波に揉まれながら明石海峡に入るとやたら西航するガット船が多い。左右に避けながら明石海峡大橋を通過する。

大阪湾に入るとは波風は多少はましだ。追っ手で母港に向けて帆走する。
汚くてチョットくさいが懐かしい西宮港へ帰ってきた。

16:20 母港のバースに安着。
無事にとは言えなかったが、今回のクルージングはこれで終わった。
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by pac3jp | 2006-04-19 20:35 | 瀬戸内海周航  

4月18日 土庄東港

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凪の瀬戸内を機帆走で東へ。途中燧灘で100Fを越すようなメガヨットが本船並みの速度で追い越して行く。

16:45  土庄東港に入り毎度の浮桟橋に着ける。丁度ガット船が風除けの防波堤になっている。
温泉好きなパートナーは早速オリーブ温泉へ出掛ける。

ここは本当に便利な港だ。温泉をはじめスーパー、電器屋、本屋、衣料品店、ビデオ屋、それに居酒屋、焼肉屋、外人スナックまである。

中でも一番便利なのはマルナカの前に多数設置してあるゴミ箱である。分別さえすればOKらしい。クルージング中の苦労がいっぺんに消えるね。
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by pac3jp | 2006-04-18 18:06 | 瀬戸内海周航  

4月17日 大三島 井ノ口港です

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冷たい北の微風のなか連れ潮に乗って安芸灘を東へ。大三島井ノ口港を目指す。
昼頃到着した。がらんとした高速船桟橋の反対側に港務所の許可を得て係留する。本来係留料は必要だが余りにも小額なので無料使用ができた。

近くに温泉が2ヶ所ある。スポーツセンターにある三島温泉は@500円。低い丘の上にある@300円の多々羅温泉に入る。
コンビニ2店、Aコープ、居酒屋、民宿もある。トイレは待合所に併設されていて24時間使用可能。
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by pac3jp | 2006-04-17 14:57 | 瀬戸内海周航