カテゴリ:クルージング( 65 )

 

「DREA夢」ハワイの休日

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 このところずっと寒い日が続いている。明日は1月17日で、もう14年も経ったが阪神・淡路大震災があった日で、あの特別に寒かった日をよく思い出す。そんな時期、ボクの仲間のお一人が常夏のハワイに旅立ちました。今頃はワイキキのペンションでTシャツ・短パンでビールでも飲んで寛いでいることだろう。

 ↑画像はハワイのヨットクラブではありません。我々のいる新西宮ヨットハーバーです。紺碧の海を背に「椰子の木陰でフラダンス」とはいかないものの、少しは暖かい気分になりませんか?

 短い動画↓でフラダンスをご覧になりたい方は画像の真ん中をクリックしてください。(ブロードバンド推奨)


 多少はハワイの気分に浸れましたか?

 ハワイに出かけた彼の目的は、古い友人で世界一周を目指す「祈風」号の次のコース、ハワイからニュージーランドに至るクルージングのヨット整備と出港準備のサポートで2ヶ月はかかる仕事だとかで、日本に帰るのは3月中旬だと言っていた。ホントは何をしているのか分からないが、いい身分ではありますね。うらやましい!

c0041039_15175396.jpg そんなハワイの海でも12月のちょっとした嵐?でワイキキ沖で錨泊していたヨット2隻が浅瀬に打ち上げられ遭難したと、本人が撮った画像を送ってくれた。 嵐が予想されたらワイキキにはヨットハーバーもあり、桟橋か岸壁に係留できるのにどうして沖で嵐を過ごそうとしたのだろうと日本にいるボクはそう思ってしまう。

 でも南太平洋などでは沖がかりがほとんどだと聞いているのでクルージング中の彼らも普通に錨泊していたのだろう。しかし、彼らの予想より嵐が大きく錨は効かず打ち上げれれたということか。

 「祈風」号は日本を出てからハワイまで1回も錨泊せずワイキキの桟橋に舫いを取ったが、これからは多分、錨泊を重ねることになるだろう。フネを失うことにならないよう慎重にそして確実に錨泊し、クルージングを大いに楽しんでくださいね。
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by pac3jp | 2009-01-16 15:07 | クルージング  

久しぶりの淡路・福良港

 前回は2003年11月に福良港を訪れたのでもう5年も経ったしまった。久しぶりの港内は漁船の数は少し減ったように思うが、大型観潮船が2隻でピストン運航し、観光客も大勢いて盛況のようにみえる。

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 今回は仲間のヨット5隻との合同クルージングだったので、福良港は割りに大きな漁港だがヨット1~2隻のスペースならあるが・・・と案じていたら、ちゃんと纏まって係留できる場所を幹事艇が手早く確保してくれていた。

c0041039_89273.jpg そこは観潮船乗り場の西側の船だまりで一本釣り、延縄など小型の漁船が係留している。その入り口内側の防波堤に係留した。リングは付いている。上の画像に係留場所をマークしたが、普通は横付けで3隻係留できる。当日は仲間5隻と他のヨット2隻の7隻が泊った。
 トイレ・観光案内所・お土産屋さんは観潮船乗り場に、コンビニは前の駐車場にある。古くからやっている銭湯2軒も5年前と同じように営業していた。ラッキー!

c0041039_810624.jpg 町内を散歩していると樹木に覆われた急な石段の上に県指定文化財で三間社流造の本殿を持つ、福良八幡神社があるというので早速拝観することにした。まず山門と拝殿の瓦が葺き替えたばかりで新しい、そして拝殿の太い注連飾りを見るとさすが漁港の神さんだ!普通は藁を編んであるがここは魚網用か、黄色いナイロン繊維で作ってある。これは長持ちしそうだなぁと、変なところで感心する。
 それにこの神社は氏子が還暦や厄年を記念して黒御影石に大勢の名前を彫った記念碑がやたらと多いし、拝殿の内壁にも記念写真がずらっと掛かっている。神社と氏子のつながりが特に太いのかなと思ったりした。

 この神社は福良湾を見下ろす丘にあり、うっそうと茂った樹木に隠れてわずかの海しか見えないが江戸時代の「淡路国名所図絵」によると石段の下の道路際まで海岸だったというが、浜が埋め立てられ今は少し奥まったところになっている。

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 淡路島内には奈良時代から官道として南海道が由良浦から福良浦へ至る約30㎞が整備され長く使われてきた。そして終点の福良浦は天然の良港で、古くから阿波徳島への渡海場として賑わった。浦には船待ちの人々のための旅籠が並んでいた。
 「淡路国名所絵図」には沖に須崎、煙島と数隻の帆影が見え、石積の長い突堤の先に渡海船が客を待っている。海岸には旅籠が建ち並び人々が忙しげに行き交っている。
 向こうには漁船が浜に上げられ漁家が立ち並んでいるのが描かれている。

c0041039_812587.jpg 一転、現代のボク等はコンクリートの防波堤にフネを繋ぎ、今回はグルメクルージングだという触れ込みなので漁港にほど近い料理屋さん「寿司・活魚 一作」で同行の仲間と宴会で盛り上がる。
 前に来たとき、このお店は高そうだったのでパスしてその近くの安い居酒屋で一杯飲んだのを思い出した・・・。
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by pac3jp | 2008-09-19 08:21 | クルージング  

播州室津港(兵庫県たつの市)の昔、そして今

 播州室乃津は和銅6年(713)に編纂された播磨国風土記にも揖保郡浦上里室原泊りと記されているふるい湊である。いらい瀬戸内屈指の良港として多くの船が帆を休めてきた。

 また、室津の入江の小さな岬の上には立派な神社がある。京都上賀茂神社の御厨だった加茂神社だ。田舎の漁港にこんな立派な社殿があるのは珍しいが古来海上交通の要の湊として、また江戸時代は西国大名の参勤交代の上陸地として栄えた。そして初代将軍徳川家康より始まり歴代将軍から領土安堵の朱印状をくだされ手厚い保護を受けてきた歴史がある。

 元禄年間には室津に600戸の家があり、つくり酒屋、旅館、料理屋、遊郭もあり、馬革細工の生産と記している。(エンゲルト・ケンペル日本誌より)

↓画像2枚は「日本」シーボルト著から
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 文政9(1826)年有名なシーボルトがこの賀茂神社を訪れ、社殿、多宝塔、藤棚、船絵馬などの記述を「江戸参府紀行」に記している。中でも参籠所からの眺めを「これまで日本で見たもっとも美しい景色のひとつであり、それからこの広間の位置や設備はなんと雄大で、崇高かつ感動的な印象を与えるように計算されていることか」と絶賛している。

 海の景色はシーボルトのスケッチと現在もほとんど変わらない景観だと思うが画家が描いた写生とカメラで写しとろうとするボクとでは視野の広さがだいぶ違うようだ。でも行きも帰りも藻振鼻と手前の小島の間を通ってきたのだ。

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 加茂神社の風景は広々と描かれているが今は樹木が茂り境内もそう大きくはないように感じる。二重の塔ももうないように思ったが確認してこなかった。

 現在の室津港は物揚場が埋め立て拡張されてかなり大きくなっている。冬場はカキの養殖が盛んで即売所が沢山できている。古くからある港の奥の船溜まりも新しい岸壁と防潮堤が築造されキレイになりつつある。町並みも一部は整備され、狭かった町内の道路も少しはましになってきた。
 古い歴史のある港町なので、ちゃんと郷土資料館が2ヶ所もある。ボクはビミニがないクラブレーサーでのクルージングだったので、まず体を冷やすのが一番と喫茶店から一歩も出たくない気分になり、見学はパスしてしまったが次回はしっかり見てくるつもりだ。

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 画像は当日係留した岸壁。横付けで6隻、1隻は横抱きで合計7隻係留できた。この場所は料理屋さん「まるよし」の裏側になる。新しい岸壁が出来ているがまだ工事中の部分もある。奥まっていて引き波もまったく入ってこないいい場所で、今年中は係留できるという。

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 近くの防潮堤に燃料値上げを告知する漁協の張り紙があった。よく見ると、燃料と同時に潤滑油も上がっている。その下に全国一斉休業に関する張り紙も・・・。燃料の高騰で漁業経営も大変なようだ。

勿論、我が家も食料品の値上がりやガソリンの高騰で大困りである。


参考資料:「描かれた船」 たつの市歴史資料館 発行
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by pac3jp | 2008-07-23 21:09 | クルージング  

洲本港 宴会クルージング

 淡路島の海の玄関、洲本観光港も関空と結ぶ高速船が昨年3月で廃止になり港内はガランとしていた。ターミナルビルはボートレースの舟券売り場に改装され、皮肉にも島内の競艇ファンが集まり賑やかになってきた。当然ビル内では競艇ファン向けに喫茶店や食堂も営業している。
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 ボク達の仲間で宴会クルージングの話しがでたとき、大阪湾で十数隻のヨットが停泊できて宴会場が近くにあるところといったら使われなくなった高速船用の浮桟橋がある洲本港とあと1~2ヶ所くらいしか思いつかない。
 この桟橋は兵庫県洲本土木事務所が管理しているで申し込めば誰でも停泊できるはずである。今回の幹事さんが役所に桟橋の使用許可を申請したが、先方に個人のプレジャーボート向けに決まったフォームがなく本船の船舶代理店がする手続きに準じて書類を作らされたとぼやいていた。まぁ、いずれ簡単な手続きで泊れるようになるだろう。

 この浮桟橋は沖から見て右側は水産庁の取締り船用に貸してあるそうで、ボク等は左側に係留した。遅れてやってきた他の数杯のヨットは何も知らずに右側につけていたが夕方、水産庁の船が帰ってきて、さぁどうするかと見ていたら浮桟橋は諦めて岸壁に係留していた1隻のヨットを蹴散らしてそこに停泊した。

c0041039_933969.jpg 宴会場は港から近い旅館「なべ藤」。おすすめ日帰りプラン(露天風呂と宴会料理で6千円、お酒は別途)の大宴会?をする。

 宿のロビーにはご先祖が苗字帯刀を許された書き付けや、遊女屋が盛業だった頃の写真、新渡戸稲造など有名人の色紙などが展示してあり歴史ある旅館を感じさせる。

 この旅館は天保元年(1830年)創業、淡路島最古の老舗旅館で昔から多彩な人びとが訪れており、大正から昭和にかけて文豪・谷崎潤一郎が定宿にしていた。小説「蓼喰う虫」は昭和3年~4年にかけて大阪毎日新聞に83回にわたり連載された新聞小説で客室から眺めた景色や汽船の音について描かれている。そして谷崎潤一郎ゆかりの宿として知られている。

 ボクも谷崎潤一郎の小説をいくらか読んだ記憶はあるが殆ど覚えてないし、映画化された「痴人の愛」などは成人向けの映画だったように思うので純真な少年だったボクは見ていない。

 谷崎は文豪としてよく知られた作家で阪神間に長く住み多くの作品を書いたので関西生まれの作家だと思っている人もいるが、東大中退で30歳まで東京の下町に住んだチャキチャキの江戸っ子だった。37歳の時関東大震災で被災し京都へ、そして神戸・本山、岡本、魚崎、住吉と関西で13回も移り住んだ。昭和19年、谷崎潤一郎59歳、空襲が阪神間に及ぶにつれ岡山県に疎開する。やがて終戦とともに京都へ、そして熱海から湯河原へと転居する。
結局、阪神間で働き盛りの30年を過ごしたことになる。

 「蓼喰う虫」は神戸・岡本に住んでいた42歳の作品で千代夫人との離婚を考えていた時期だったという。そんな谷崎潤一郎が文章を推敲していたであろう「なべ藤」二階から、ボクは、震災後に内港を埋め立て綺麗に区画された広い道路とポピーが咲く花壇を眺めながら、たかが宴会クルージングでも昔のように船溜りのざわめきとエンジンの響や汽笛が聞こえてくればもっと旅情をかんじるのになぁ~と思ったことであった。

参考Web:名作の舞台「蓼喰う虫」谷崎潤一郎
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by pac3jp | 2008-04-16 09:20 | クルージング  

強風のセーリング

 昨日の日曜日は朝早くから強風でリギンが鳴り、ブローがヨットを揺らせていた。ハーバー内のアチコチで今日のレースに出るヨットのクルー達が忙しく出航の準備をしている。

 昨夜のサタディーナイトフィーバーで「明日はゲストが大勢やってくるので手伝って欲しい」と仲間のオーナーが言っていたのを聞いていたので、風が強くて自艇は出さないボク達はお手伝いに行くことにした。

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 この39フィートヨットのコクピットは広いので10人くらい乗っても多少の余裕はある。ハーバーを出ると西の強風が結構吹いている。白波が一面にみえるが、一文字防波堤の中なのでまだ波は小さい。小さめのセールで沖を目指す。暫く上りのセーリングをしながら沖でレースをしているはずのヨット群を捜すが何にも見えない。

 遠くに港に帰って行くような10杯くらいの帆影が見える。どうも強風でレース中止になったのかもしれない。この海面は西の強風が吹くと一文字に当って打ち返す波が三角波になってかなり悪い状況になる。
 レーススタートの見物は諦めて本日の目的地、北港ヨットハーバーへ向かう。生憎、コースは真風下になる。風速25~30ノットで悪い波の中を追手で走ることになってしまった。ヨットに慣れないゲストにとっては最悪の状態だ。メンは巻いてしまい、ジブ1枚で落としてゆく。案の定、気分が悪くなるメンバーもではじめた。

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 2~3mの三角波に揺られながら淀川の河口を進み、北港ヨットハーバーへ入る。桟橋は空いていたが、この風で出やすいバースはないのでやむを得ず外側の押される桟橋に着ける。
 ここまでのセーリングシーンはボクでもよくあるが「レストランで食事を」というのが、そうないのだ。食事をしてもハーバーの食堂でカレーか焼き飯を食べるくらいだし・・・。
 でも今日はお供なので皆さんについて行く。寒い海上から暖房が効いた揺れないレストランは最高だ。船酔い気味の女性ゲストも元気が戻ってきた。桟橋に繋がれ強風にヒールするヨットを窓から見ながらビールで美味しいランチを頂く。

c0041039_146112.jpg 帰りも風は収まらず西25~35ノット、時にはブローが40ノットにあがる。一文字内を波の低そうな場所を選び機走でハーバーに帰る。暫くすると強風のため延期になっていたレースが再開されいたらしく沖からレース艇が帰ってきた。
 濡れて寒そうなクルーもいたが、一番気の毒だったのはマストを失ったヨットがいたことだった。桟橋で折れたマストからセールを取り外していた。レース慣れしたヨットなのにどうしたのだろう。このレースは参加艇の半分はリタイヤしたそうだ。もし、ボクが出ていてもあの海でレースはゴメンだね。きっと、リタイヤを選択したでしょうね。

 大阪管区気象台は18日西日本で西高東低の冬型の気圧配置になり近畿地方に「木枯らし1号」が吹いたと発表した。

あぁ、もう冬がそこまで近づいてきた!!
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by pac3jp | 2007-11-19 14:12 | クルージング  

インド洋クルージングの話

 ボクの仲間にマレーシアにヨットを置いているヨットマンがいる。彼が今回、公募クルーを集め、5年間で世界を周航するロングクルージング計画に参加したいので相談に乗って欲しいといってきた。

 その計画を聞くと、1年目はプーケットを出港してインド洋を西へアンダマン・スリランカ・モルジブ・セイシェルと寄ってアフリカ沖のマダガスカルへ、それからケニアに入り1年目は終わる。
 2年目はアフリカ東岸を北へ向かって航海する。ソマリア半島を回り、紅海に入りエジプトまでだという。

 ボクは海外をクルージングしたことはないが丁度、うまい具合にスウェーデンから地中海→カリブ海→パナマ→南太平洋→オーストラリアのブリスベーンまで4年間だったか?公募クルーとも航海してきた経験のあるヨットマンがいたので彼にもアドバイスしてもらうことにした。

 まず、インド洋を1年もかけて航海するのは長過ぎる。その理由として、航海中はクルーワークの緊張もありそう問題はないが、長い停泊中が大変だ。陸に上がればホテル住まいならまだしも、50fのヨットでも男5~6人が暮らせば結構狭い。クルー間の不和は停泊中に起こるという。
 でも問題は2年目の航海だ。ケニヤからソマリアへは1月ならば北東のモンスーンが吹き、上りのコースになってしまう。それにこの海域は近年特に危険な海だ。

 つい昨日もソマリア沖アデン湾からこんなニュースがあった。


海賊船に発砲、炎上 米軍がソマリア沖で大捕物

c0041039_10214392.jpg 米海軍の誘導ミサイル駆逐艦「ポーター」の発砲で煙を上げる海賊船(米海軍提供・AP=共同)

 
 【シンガポール31日共同】海賊事件の相次ぐソマリア沖で、米海軍が駆逐艦などを繰り出して海賊制圧作戦を展開していることが米海軍の発表で31日、分かった。日本の会社が運航するケミカルタンカーを乗っ取った海賊の船は米艦の発砲で炎上。北朝鮮貨物船からは負傷者を米艦に移送し治療した。

 米海軍などによると、28日、ドーヴァル海運(東京)が運航するケミカルタンカー「ゴールデン・ノリ」(6、253トン)の救難信号を受け、誘導ミサイル駆逐艦「ポーター」が現場に急行、海賊の小型船に25ミリ砲を数回発砲、炎上させた。タンカーには韓国人ら23人が乗り組んでおり、米海軍などは監視を続けている。タンカーの詳しい状況は不明。


こちらは同じくソマリア沖だがかなり南側にあるモガジシオ付近から海賊事件が発生!


海賊が北朝鮮船乗っ取り 米軍が救出、ソマリア沖

2007/10/30 23:31
 【シンガポール30日共同】国際海事局(IMB)海賊情報センター(クアラルンプール)に30日入った情報によると、アフリカ東部ソマリア沖で北朝鮮の貨物船(43人乗り組み)が、海賊とみられる集団に乗っ取られた。米海軍などが救出作戦を実施し貨物船を確保したが、複数の負傷者が出た。
 IMB幹部によると、同海域をパトロールしている米海軍などが30日、「約8時間にわたる大掛かりな救出作戦」を展開。貨物船は首都モガディシオの港で積み荷の砂糖を降ろした後だったという。



 航海計画によるとケニアの次にはアフリカ観光の目玉であるエジプト ル・クソールのピラミットをみて地中海へということなんだがろうが、アフリカ東岸地域を訪れるクルージングヨットは殆どがマダガスカルからケープホーンを回りヨーロッパを目指すらしい。命を懸けてまで行くことはないと考えているんでしょうね。

 彼には「このソマリアから紅海への航海は乗らず、無事に地中海に出てから又、乗せて貰ったら」と言うのが居合わせた皆さんのご意見だった。

c0041039_1024875.jpg インド洋に補給艦と護衛艦を長らく派遣していた海上自衛隊も海賊事件があったアデン湾でも給油活動をしていたらしいが、もし日本のヨットが海賊に襲われたと聞いたら「おっとり刀」で助けに来てくれるだろうか。護衛艦は補給艦を護衛しているので勝手に遊んでいるヨットのことなどワシャー知らん!!  ・・・と言われるかもね。
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by pac3jp | 2007-11-02 10:36 | クルージング  

2泊3日のクルージング予定が・・・

 9月は2回の3連休があるが、後の「秋分の日連休」はパートナーのコンサートを手伝う約束があるので「敬老の日連休」9月15日~17日を利用し、和歌山方面に2泊3日のクルージングをする計画だった。

 でも、出港の日は沖縄に大型の台風がいて、紀伊水道方面は2m~3mの波が有るとの予報を聞いて直ぐに行き先を波の少ない大阪湾に変更した。が、予報では翌日もお天気は不安定で洲本あたりは雨が降るらしいといっている。

 近頃とみに軟弱になってきたボクは「絶好の季節にラクチンなクルージングが良い」などと思い始め「しんどいクルージング」はパス!の心境なので、またまた目的地を変更して、ハーバーから一番近い淡路島・交流の翼港で船底掃除をするクルージングになってしまった。

 沖から桟橋に近づくと係員がやってきて場所を指定し、舫いを取ってくれた。久し振りにやって来た翼港は以前と違って桟橋にオキアミの残骸もないし、釣り人もいなかった。桟橋は完全にフネを着ける場所になっていた。小型のヨットやボートをつける桟橋は相変わらずの物だが一番奥なのでそうグラグラとは揺れなかった。料金は1日600円。以前は500円だったように思うがまぁ良いか。

 対岸の国営明石海峡公園の高台にある百段苑から翼港を見下ろすと中々上等なロケーションだなと思う。大阪湾で自分のフネがビルや工場、住宅などなしに見える港はそうないよ。多分ここだけだろう。
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 海水も潮の流れが速いところなので割合きれいだ。ここで船底のフジツボ落としをする。8月に落としたのにもう大分付いていてエンジンが2000回転で0.5ノットのロスがある。小さいクラゲはいるが暑いので仲間は水浴びを兼ねてワイワイとスクレッパーをかけている。
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 この港はトイレと自販機、氷もある。ホテルがある淡路夢舞台の方に行けば和・洋・中のレストランが10店くらいはありそう。風呂はないがホテルのプールで汗を流す手もある。リッチ派向き。

c0041039_9313455.jpg 花の好きな人には最高の場所だろうと思うがボクの仲間は「花よりダンゴ」。アイスクリーム屋さんをさがし、適当に散歩を楽しんで午後帰途につく。風は上がってきてクオーター24ノット。波は高くなったが快調にセーリング。時々強い雨も降ってくる。約3時間の航海で母港の桟橋に安着した。

 2泊3日の予定が日帰りクルージングになってしまったが、今夜はご近所のR亭で夜中までサタディナイトフィーバーだ。翌日も仲間のフネで沖に出る。最終日は搭載しているインフレータブルボートと船外機の点検を兼ねてハーバー内散策をする。

 なんのことはない、金曜日にフネに来たので実質3泊4日はフネに居たことになる。また真っ黒に日焼けしてしまった!!
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by pac3jp | 2007-09-21 09:38 | クルージング  

脂の乗った鰤(ブリ)

c0041039_8561854.jpg 先日、播磨灘の養殖漁業が盛んな漁港で一泊のお世話になった。日本の漁業が「獲る漁業から育てる漁業へ」と、大きく変わって行く中で、ここではハマチ、カンパチ、マダイなどが養殖されている。

 以前ハマチはモジャコから養殖していたと言うが、現在では、愛媛、高知、大分、長崎、宮崎、鹿児島から1年間養殖された 1㎏程度のツバスサイズの魚体を春に買い入れ、10月~12月にかけて3~5㎏のハマチ・ブリまで大きく育てて出荷すると言う。

 ボク達が係留した場所、汚れた魚網が山積みされた岸壁の端っこに青いドラム缶が3本ばかりパレットに載っている。横に繋がれた漁船のデッキにも同じ数本のドラム缶が載っている。岸壁の片脇の産排BOXの中には餌が入っていた紙袋が沢山捨ててあった。

c0041039_8565367.jpg 青いドラム缶には「養魚飼料用油脂」と表示がある。
原材料名:魚油・抽出ビタミンE・ビタミンA・ビタミンD3
添加物:BHA(ブチルヒドロキシアニソール)酸化防止剤 0.02%
不溶性不純物 0.15%以下と表示してある。


 紙袋には「ぶり用EPペレット」の表示がある。これらは沖の生簀にいるハマチたちの餌なんだ。

c0041039_915068.jpg 養殖専用の漁船には餌を混ぜるミキサーのような装置が付いている。これで「ぶり用ペレット」と「養魚飼料用油脂」を混ぜて餌にするのだろう。飼料と魚油の配合比率を変え、いつも「旬」になるようハマチやブリの脂の乗り具合を決めるのかな?

 ボクがイメージしていたハマチの餌は小さなイワシだが、もう活餌ばっかりはやらないんだろう。外国から輸入した魚粉に魚の生育に必要な各種素材を混ぜペレットに加工し飼料にしているのだ。昔、我家の飼い犬は残りご飯をやっていたのに、町でドックフードを生まれてはじめて見て驚いたような気分だった。 ・・・「こんなの食べれるの?!」

 養殖漁業の大敵は赤潮や病気だが、ここでも数年前に赤潮被害で大量の魚が死んでしまった事があり業者が大分減ってしまったと聞いた。
 昨年は赤潮被害もなく業績は好調だったそうだが、いつ起こるかも知れない自然災害に心配しながらリスクも多く、仕入れコストも掛かる養殖漁業も中々厳しいもんだなと思ったことである。
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by pac3jp | 2007-08-24 09:07 | クルージング  

スタンプラリーで関空マリーナに行く

c0041039_9393637.jpg 前日は上空に寒気が入ったとかで雷雨があったりしたが、今日の日曜日は割合良いお天気だ。4月に貰ってきた近畿「海の駅」スタンプラリーで関空に行ってみようと声を掛けるといつもの仲間が付き合ってくれた。

 本日の目的地は「いずみさの関空マリーナ」大阪・関空近くの泉佐野港にありモーターボートが多く係留しているマリーナである。新西宮ヨットハーバーから19マイル、大阪湾東岸なので潮の影響は少なく機帆走で約3時間の予定で出港。
 大阪港付近で水中の大型構造物を曳いている6隻位のダグボートに針路を譲ったたがほぼ予定通りに到着。マリーナの防波堤内側に作られたビジターバース(画像下)に舫う。先客は2隻のヨットのみ。向こうに見えるのは有名?な関空ゲートタワービル。

 まず、マリーナ事務所でビジター料金「2時間まで1,050円」を、もうこの艇でのクルージングは最後になるかもと言っていたオーナーが支払ってくれた。ボクは本日の目的であるスタンプラリーのスタンプを押してもらう。これでスタンプを2ヵ所押してもらったので何処かのマリーナは1泊は無料で泊れる権利を取ったのだ。ラッキー!!

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 もう後は昼ごはんを食べるだけだが、マリーナにもレストランはあるが、お隣の泉佐野漁協がやっている青空市場で食べることになった。
 丁度お昼時で2階のレストラン(画像左)は混んでいたが運良く空いた席があり、早速生ビールで乾杯! ボクは「アナゴてんぷら定食」750円を注文する。お仲間は「さしみ定食」1200円を注文していた。まぁそんなに美味しいとは思わなかったけど観光施設の昼食なのでこんなもんだろう。
 1階は魚市場(画像右)になっている。日曜日の昼なのでかなりの人出だなと思ったがこの付近の住人である友人は「昔は観光バスもやってきてもっと賑わっていた」だが今はそれ程でもないとの事。原因も色々あるそうだがこれだけ入れば充分かなともボクは思っていた。

c0041039_9413929.jpg さあ帰ろうと桟橋に向かって歩いていると上架ヤードでマリーンの解体をやっていた。もうそんなシーズンなんだと覗いて見ると体重132kgのカジキだ。潮岬沖15マイル付近で釣ったそうで関空マリーナ所属のボートで今年初の獲物だそうだ。釣ったボートは近くに留っていたオーシャンヨット48SS。豪華なフィッシャーマンでコクピットにまだバットが置いたあった。

 マリーナから出ると往路も上りだったが、帰途もまた風が振れて真正面の風になっていた。機走で走り出すが、暫くしたら六甲山から雷雲が南に下がってきた。遠くで稲光や雷鳴が聞こえてくる。やがてその雲からアビームの風が吹いてきた。セーリングで6.5kt。やっと走り出した。
 黒い雲は神戸港の付近にいる。かなりの雨が降っているようだ。母港に帰るまでに雷雲に出っくわすかなと心配していたが、大きな雨にもあわず雨にぬれた母港の桟橋に午後5時、無事帰着した。
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by pac3jp | 2007-06-13 09:48 | クルージング  

GWクルージングの教訓?

c0041039_1054661.jpg GW最終日は雨で荒れ模様のお天気になるとの予報だったのでボクを含め仲間のヨットは殆どが5月5日には帰ってきた。そしてその夜、反省会と称する飲み会が開かれた。ボクは所用があり、たったの2泊3日のクルージングだったが、ほかの仲間は7泊8日の瀬戸内クルージングを楽しんできた。積もる話も多くワイワイがやがやと楽しかった話は尽きなかった。

 長めのクルージングではエンジントラブルや大小の座礁ばなしが付きものだが今回は仲間の誰もが座礁はしなかったようだ。その代わりではないが、近くのマリーナに所属するヨットが大三島付近で座礁し、「118」で海上保安庁に救援要請して救助され宮浦港に帰ってきた。その後、港内で海保がする海難審判に必要なヨットの性能検証などをつぶさに見て当事者の話も聞き沢山の教訓を得たそうだ。

●まず一番は座礁しても沈没の危険もクルーに怪我もなく自力でなんとか対処できるときは「118」しない事。
 陸ではタクシー代わりに気楽に「119」を掛ける人もいるが「118」は後の対応が大変だよ。

●もし、漁船などに救助要請するときは海保に通報しないようにお願いする
 マリーナの海岸近くの砂浜に乗り上げ、自力離礁も可能なのに通りかかった渡船に引き出してもらったらすぐに海保に通報され、調書、海難審判と何度も呼び出されてクサッテいたオーナーがいらした。

デプスの故障したヨットで初めての海を航海する怖さ。
 そのフネのオーナーはそう気にしていないが雇われスキッパーは大緊張。初めての海域は出来るだけ多くの情報があるほうが安全な航海が期待できる。電子チャートに頼りすぎも問題ではあるね。

●他山の石 3件 田辺湾ヨット乗り揚げ事故女木島東・大三島付近ヨット乗り揚げ事故
 
 そのほかヨット内で感電?したとかエンジンオイルが漏れたとか色々あったようだがクルージングではよくある事で全て想定内の出来事だろう。
 5月9日現在、ハーバーの作業ヤードでキールやラダーを修理しているクルージングヨットはいなかった。今年は皆さんとも無事故でGWを楽しんできたようだね。
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by pac3jp | 2007-05-11 10:20 | クルージング