カテゴリ:帆船( 16 )

 

省エネ帆装船の今昔(1)

 地球温暖化で海面の水位が上がり、サンゴ礁の国々では水没する島が増えてくるという。世界中で二酸化炭素を発生する化石燃料から自然のエネルギーを有効使った仕組みに代えてゆこうとしているが、便利で効率の良い石油を大量に消費する社会システムからそう簡単に代えられない。
 でも、船舶は大昔から風のエネルギーで運航されてきた長い歴史を持っているのだ。そんな帆装船があちこちで話題になっている。

 最近はカリブやタヒチでの大型帆装客船のクルーズ運航もあると聞いているが、完全に風力だけでの運航は不可能だが、風向きによっては帆がエンジンのパワーを補う働きはするのだろう。

 昨年末に仲間から新しい「ハイテク クリッパーシップ」のWeb Siteを紹介された。その船、「MALTES FALCON」はかなりの省エネ効果を持つ帆船である。で、その概要は
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   全 長:88m(289f)
   全 幅:12m
セイルエリア:2400㎡
 最大 速力:19.5kt
 排 水 量:1240トン

高さ58mの3本マストを持つシップ型帆船だ。


c0041039_936213.jpg 当然、コンピュータ制御でマストやセールのコントロールをする。マストはカーボン製だろうか、ステイなしの独立タイプ。そして、風向きに合わせて回転する。ハイテククロスのセイルは風力に合わせて個別にマスト内にファーリングされる。(左画像)

 この船は豪華な内装装備とゲストキャビンを6室持ち、最大12人のゲストのために18人のクルーが奉仕するセレブご用達のチャーターボートだ。一般的に帆船は省エネタイプではあるが、省力タイプのフネではない。排水量1240トンの船を客室乗務員を除くキャプテン以下10人足らずで運航できるのは驚きだ。

 昨年、新西宮ヨットハーバーにもやってきたエンデバーも豪華なチャーターボートだったが、このファルコンは長さ、幅とも倍以上あるし、マストもエンデバーよりより8mも高い。全くコンセプトの違うヨットだがエンデバーで驚いたボクはファルコンの本物を見るとどう感じるだろう。

 最近は原油の高騰で1バレル100ドルを越えたと報道されている。ガソリンも1リッター150円もする。1980年台の石油危機の際、日本でも船舶の省エネブームが起こって「近代帆装商船」が何隻か造られたのだった。
以下の昔話は次回に・・・。
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by pac3jp | 2008-01-07 09:46 | 帆船  

艦船の搭載艇あれこれ

 先日、神戸港開港140年の記念イベントで日本丸と海王丸の2隻が並んで停泊していた。ボク達は海上からこの姉妹船を見物したが、船名を確かめるまでどのフネが日本丸だか分らない位そっくりだ。最初に気がついたのは船首像が違うことだが、もう少し注意して見るとボート・ダビットに吊られた搭戴艇が違っていた。
 下の画像は日本丸のカッターだ。全く動力はなくオールで漕ぐライフボートである。
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 一方、海王丸に搭戴されているライフボートはエンジンが搭載された動力艇(↑画像)である。色も船体と同じく白く塗られていて船尾にガードで囲まれたプロペラが見える。
 本船に搭載される子ブネは親船の性格を凝縮されて作られていると言う。

 これらの帆船は、これから船舶の運航に関わる職業に就こうとしている若い学生たちが航海訓練につかう船である。帆船にはオールで漕ぐボートがよく似合うが、沖がかりで碇泊していると陸との連絡がちょっと不便でもある。サブアンカーワークでも機動力があれば手早くできる。海王丸は富山湾の事故のあと動力艇に変更されたのだろうか。

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 ↑巡視船「せっつ」の搭戴艇は海難救助も出来る高速のジェットボート(左舷)が1隻と普通の動力艇(右舷↑画像)1隻とオールで漕ぐカッター(両舷)が2隻の合計4隻の搭戴艇を持っている。沖で碇泊している「せっつ」の周りでよく見るのはやっぱり高速艇の方だ。しっかりとカバーが掛かったカッターはいつ使うのでしょうか。もしかして、春に新人の海上保安官が配属されてきた時、彼らの訓練のために積んでいるのでしようかね。ヘリ搭載の大型巡視船の搭戴艇としては手漕ぎのカッターはちょっと時代遅れと思うが他に使い道があるんだろう。

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 ついこの間見かけた潜水艦救難母艦「ちよだ」の艦戴艇(↑画像)は11m内火艇(36f)である。一般のDDでは7.9m内火艇(26f)を搭戴しているが「ちよだ」は沈没した潜水艦を救援するダイバーの支援業務用の装備や人員が乗るので大型の内火艇が搭載されている。

 ちなみに搭戴艇の艇ナンバーは右舷は奇数、左舷は偶数となっている。画像で紹介した帆船も巡視船も搭戴艇番号はそのように打ってあった。
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by pac3jp | 2007-12-14 11:21 | 帆船  

船首像(フィギュアヘッド)

 神戸港は幕末の開港から今年で140年になったそうで、その開港140周年記念行事の最後のイベントとして「KOBE帆船フェスタ2007」が日本丸と海王丸の2隻で「セールドリル」や船内の一般公開などが「勤労感謝の日」の3連休に行われた。

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 晴天の土曜日、最近は珍しいという2隻並んだ帆船を見物に行こうという仲間のヨットに便乗して神戸港へ出かけた。

 2隻の帆船はいつもの新港一突に係留していた。再開発予定で上屋が撤去された埠頭は広々としているが車と人、それにヘリの遊覧飛行までやっていて大変賑わっている。

 岸壁に沿って流しながら見学するが2500トンの帆船をヨットから見ると本当に大きい。両船は姉妹船なのでよく似ているのは当たり前だが、違うところも見つかった。まず帆船のシンボル、船首像(フィギュアヘッド)がどうも違うようだと気がついた。陸からつぶさに観察するのとは違って動くヨットの上から老眼で観察するので細かいところはよく分らないのだが・・・。

Webを検索してみると、
先代の日本丸、海王丸には船首像が無かったが、1985年に日本丸II世が就航した際に、「日本丸と海王丸に船首像を贈る運動」が企画され、全国からの募金により製作された。日本丸II世には「藍青(らんじょう)」という、しとやかに合掌している女性像が、海王丸には、まだ少女のあどけなさを残した顔立ちの横笛を吹く女性の「紺青(こんじょう)」が配された。これらの船首像は優しさのうちに凛々しさを秘めた日本女性の姿が表現されており、東京芸術大学の西大由教授によって制作されたものである。・・・とあった。

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 デジカメの画像をよく見ると確かに別々の女性像だし、手のしぐさも違う。ボクの好みは日本丸だな、とか思いながら写真のトリミングをしてみた。

 海王丸の船首像のほうがきれいな金色なのは製作時期は同じなので、先年富山での海難事故の際、この像も負傷して、その後のお化粧直しできれいになったのでしょうか。

 小さなヨットから港に停泊している帆船の長いバウスプリットが付く高いバウに取り付けられた船首像を見上げてているとあそこまで波に浸かるとは思えないが、外洋の大波にとっては2500トンの帆船は小さなものだ。多分、海が時化たら船首像はいつも波に洗われているのだろう。

c0041039_1641221.jpg 堅固に取り付けていても波のエネルギーで引きちぎられることもあるそうで、大阪市の「あこがれ」が世界1周航海の際どこかで落としたとか、航海記に書いてあったように思う・・・。右の画像は「あこがれ」の船首像。モデルは「ヤマトタケル」できっと勇ましい戦士の像なんでしょうね。でも女性像のほうがやさしくてボクはスキだなぁ。

 護衛艦の入港前の真鍮磨きは有名だが、日本丸も海王丸も港に入港する前には真鍮磨きと自慢のフィギュアヘッドのお手入れはしっかりするのだろう。潮をかぶっって白くなった船首像はすこし見っともないからね。
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by pac3jp | 2007-11-26 16:48 | 帆船  

エンデヴァーのウインチ

c0041039_1014984.jpg 130フィートの巨大なスループを眺めていると、ヨットマンなら誰もが目を惹く、これまた超大型のリューマ製ウインチがデッキにずらりと並んでいる。マスト周りに9個、ミジップに8個、メンシートとランナー用に6個と両舷合わせて合計23個の大型ウインチがある。
 シートが掛かってないのはなに用のウインチかは分らないが、セーリングするにはデッキにこれだけの数のウインチが必要なのだ。まだマストに数個のウインチがついている。

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  [↑ずらりと並ぶ大型ウインチ群] 

でっかいウインチを見てきた仲間が「あれをウインチハンドルで回すのはシンドイやろなぁ」と言っている。別の仲間が「あれは筋肉マンクルーがコーヒーグラインダーを回してその油圧パワーを各ウインチに分配しているのやろう」とのご意見も出る。
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 [↑高いマストを支える2組のランバクウインチとメンシートウインチ] 

 エンデヴァーも現役でアメリカズカップを闘っていた頃は当然、全てマンパワーで走らせていただろうが、今は太平洋を渡ってきたクルージングヨットなのだ。ハリヤード、メンシート、ジブシート、ランナー用などの大型ウインチは多分電動でしょうね。ウインチ本体やすぐ側のデッキにスイッチのような物が見えるのもある。
 でもウインチ群の傍らにウインチハンドルも置いてあるので両用しているのかもしれない。外人のプロセーラーは本当にパワーフルやからね!

 電動ウインチといえばボク達のヨットで使うDC12V用ではなくボート用のDC24Vか、或はジェネレーターから出力されるAC120Vや240V用かもしれない。これだと小型モーターでもかなりの馬力がある。

エンデヴァーのヘルムスマンステーション
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 デッキ中央に露天の操舵装置がある。この船は鋼船なので磁気コンパスに自差修正用の鉄球が2個付いている。ステアリングの左右にステンレスの操機ポストがあり機関やオーパイのコントロールをする装置が収まっているのだろう。

 外洋でこの船の舵を取るのは大変でしょうね。まず立って操船する。腰掛スタンドのようなものはあるがベンチシートはない。乾舷が低いのでヒールをすれば風下デッキは波を掬い、バウが大波に突っ込むとバウデッキからスターンまで青波が流れる。勿論ヘルムスマンはビチャビチャだ。日除けがないので真夏のクルージングも大変だろう。
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 でもレース以外のクルージングではコーミングに囲まれたキャビン入口のコクピットにいれば少々時化てもOKか、などと思っていたが、この船はアメリカのリッチマンがオーナーの豪華メガヨットなので全ての運用はプロのクルー達がするのだ!

 ボク等のように自分が便利に乗りまわす為に、あの装備この装備をつけて・・・なんて考えていなくて、オーナーが沖を帆走るエンデヴァーを見たり、フネの一等場所に陣取り「美しいヨットだなぁ!」なんて楽しむ為にも機能オンリーに艤装されているのでしょうね。

 生活感はヨットの美しさ削ぐものなのだ。ウチのクルーにも他所ではライフラインに「洗濯モノを干すな!」といっとかなくちゃ・・・。
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by pac3jp | 2007-10-31 10:31 | 帆船  

あのエンデヴァー(ENDEAVOUR)が来る!!

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 週末、ヨットハーバーに入るとビジターバースに異様に高いマストが見えた。付近に60フィートクラスのレーサーもいるが、まだズバ抜けてそのマストは高いのだ。桟橋からヨットを眺めるとマストの高さに比べ、デッキの高さはかなり低く最近の40~50フィートのクルージングヨット並みである。

 エンデヴァーと書かれたスターンの船名から「あのエンデヴァーだと直ぐに判った」まさか本物がここにいるとは信じ難かったがハルのデザインは正にJクラスのものだった。高いマストトップにJクラスのフラッグが翻っていた。
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   ↑巨大なブームとフラットなデッキ

20年も前に読んだ「舵誌」に載っていた記事を思い出した。

 このヨットはイギリス(イングランド)がアメリカズカップに挑戦する為に1934年に建造した130フィートのJクラススループで1934年にチャレンジャーになり4-2で敗れた。その次もイングランドはエンデヴァーⅢでまたも挑戦したが、4-0だ敗れた。そして世界は戦争の時代に入り、第2次世界大戦が始まりヨットレースどころではなくなった。戦後も長らくエンデヴァーはテームズ川に放置され朽ち果てていたが、やがてアメリカの大富豪の女性がオランダの造船所でレストアを始め1989年に新たな姿に蘇った。

全長:39.56m
全幅:6.78m
深さ:4.76m
マスト高:50.36m
船体:6mm厚スチール
エンジン:キャタピラー402hp
巡航:10kt

 現在のオーナーは最初のオーナーではないだろうがヨットは最高のコンディションで維持されている。側で見てもスチールだというブルーのハルはピカピカと輝き、すり傷1つないし、テークデッキも完璧に磨かれている。
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 船体のデッキ以外の木部のニスはつい最近進水したかのようにみえる。オーナーは不在でクルーは12~13人乗っているようだがデッキに余分な物は全くない。金物は磨かれロープはきっちりとコイルしてある。
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 高いマストに巨大なセールを展開するメガヨットのでセーリングでも結構なスピードが出るそうでモーターボートで後ろに付いていてもそう遅いとは思わない位のスピードだという。

 70年も昔にデザインされたヨットなのにバウやスターンの優美なカーブが人びとを引きつける。桟橋を歩くヨットに関係のなさそうなオバさんまで「キレイな船やねぇ」と感心している。

c0041039_16361782.jpg レッドエンサインはケイマン諸島のものだ。船籍はジョージタウン。メガヨットはここに船籍をおく船が多いようだ。

 エンデヴァーは今、日本に滞在中で、横浜から新西宮ヨットハーバーへ来たそうだが、これからの行き先は聞かなかった。ちなみにこの豪華ヨットのチャーター料は10,000,000円/1週間だと噂で聞いたが、確かではないがその位はしそうな気もする。また日本人のクルーも募集しているらしいョと誰かが言っていた。

 ボクはエンデヴァーのチャーターなんかはとんでもないが、沖をセーリングする姿や、もし出来るならJクラスヨットの躍動的なマッチレースなどが見れたら最高だなぁ!!
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by pac3jp | 2007-10-29 16:43 | 帆船  

「合いの子船」

 瀬戸内海は昔から海運が盛んだった。クルージングで各地の島を訪れると当時の海運や造船に関する資料が集められた資料館・博物館が方々にある。広島県倉橋島の長門造船歴史博物館で探していた「合いの子船」の模型を見つけた。

c0041039_9462367.jpg 「合いの子船」の名前を初めて聞いたのは十数年前だった。有名なヨット「春一番」の野本先生から瀬戸内の物流を研究するテーマのアドバイスを頂いた友人のA先生からお聞きした。この船とこの船が活動した時代の物流の研究者は少ないらしいともお聞きした。

ボクも旧知で年配の港湾ジャーナリストに問い合わせしたりしていたがよく判らず、ずっと気にはなっていたが先日偶然にも模型が展示されているのを見て、探していた船のイメージが掴めて嬉しかった。



昭和初期まで活躍した和洋折衷型帆船「合いの子船」

 江戸時代を通じて、日本の内航海運の中心となってきた弁才船(べんざいせん)に代表される和船は、明治維新後の海運近代化によって消滅したと考えられがちだ。ところがこの和船、じつは帆装を西洋式に変えた和洋折衷の「合いの子船」として昭和初期まで活躍し続けていた。
 維新後、明治政府は、和船、すなわち日本型帆船から西洋型帆船への転換による内航海運の近代化政策を推進しようとしたが、北前船主を中心とする日本の内航船主の多くは、これを歓迎しなかった。
 当時、国内での西洋式帆船建造能力は低く、船価は、和船と比べはるかに高かった。さらに当時の和船の性能は、西洋一辺倒の明治政府が考えていたより優れており、あえて西洋型帆船に切り替えるメリットがなかったのである。
 それでも、500石以上の大型船の建造を禁止するなど和船退治に力を入れる政府に対して、内航船主がとった抵抗策が合いの子船だった。
c0041039_9524248.jpg ベースは日本の船大工の技術で建造できる和船様式ながら、西洋式の帆装を積極的に取り入れた合いの子船の性能は、内航船としては、西洋型帆船を凌ぐものさえあった。
 結局、こうした抵抗に政府は匙を投げ、合いの子船は大正時代から昭和初期まで日本の内航海運界で活躍し続けることになる。それは江戸時代以来の和船の伝統を受け継ぐ船大工たちと、政府の圧力に屈せず、あくまで経済合理性を貫いた内航船主たちの知恵と努力の勝利といえるものだった。       
         ( 日本船主協会 海運雑学ゼミナールより)



 上記の文は船主から見た論評であるが、政府は和船建造禁止の規制を200石以上とより厳しくし、安全で強度のある西洋型帆舶に転換に転換させようとしたが、やがて時代は移り、大型の内航船も鉄製の汽船になり、合いの子船は次第に姿を消し、和船構造の船は小型の機帆船や漁船等が造り続けられてきたようだ。

 この話の発端の友人は資料を集め検討・実地調査・検証し、論文に纏めるなんて事が得意な方なので、いずれ自由な時間が出来た暁にはしっかり纏めて、面白いお話と共に我々にレクチャーしてくれる事を楽しみに待っていようと思っている。
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by pac3jp | 2006-05-26 09:59 | 帆船