「海路安心録」

 日本人が近代的な航海術に出会うのは長崎に設置された海軍伝習所(1855年)でオランダ海軍の教官から幕府海軍の候補生達が習ったのが最初ではあるが、それ以前からも天文や測量の計算に和算を使っていた人達が推測航法や漂流してしまい船位を失った時、天体観測などで本国に帰る方法などを論じた航海?の本が幾つか刊行されていた。

c0041039_11324854.jpg 特別展「描かれた船」で面白い挿絵を見つけた。それは江戸時代後期(1816年)に発行された航海書「海路安心録」坂部勇左衛門広胖の著作の中にあった。

 タイトルは「洋中水を取全図」とある。この著者によると、充分沖合いの大洋では五十尋(約90m)以上の水深に真水があり、それを採取する方法を図で説明している。

 50尋以上の綱に栓を付けた樽を括り樽の底に碇をつける。栓は綱にそわせてある細綱に繋ぐ。船から綱を下ろし、予定の水深まで届くと伝馬船の男が栓を引き抜く。すると真水が樽に充填され、それを引き上げ、伝馬船の水桶に入れるという段取りだ。

 一方、前記の本より6年前(1810年)に刊行された「廻船安乗録」では航海中に真水をとるにはランビキの法があるけど、やはり塩気が多く、海水を真水にする法を知る人はいないかと記し、大洋の水深五十尋に真水があるとは全く触れてない。

 この著者、服部義高は、官船船頭として長く伊豆八丈島の航海に従事していた人で、伊豆八丈島は、伊豆七島中最も江戸との海路交通往来の頻繁な所であった。また、江戸以外の附近の島嶼との海路交通の必要もあった。これらの航路は危険が多かったので、造船・航海術等が進歩発達した。本書の記述は著者の実際的経験から出たものであるので何れも適切であり、簡明でしかも要を得ている。(図書の解説から引用)

 以上のように実務経験のない和算家が書いた本と、海上経験が深い船乗りが書いた本には実務面での記述に大きな相違はある。

c0041039_11462462.jpg 現在では本船を捨てて、ライフラフトで漂流した場合、救命水が無くなれば、真水を採取するためにランビキと同じ原理の黒いビニールの容器が積み込まれていたように記憶しているが、今は搭戴品リストに入ってない。どうなっているのだろう。(効果があるとは思えなかったが・・・)

 最近では手動の造水機が手っ取り早いので、皆さん緊急脱出用品として準備されているようですね。

参考図書:日本航海術史 飯田嘉郎著

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by pac3jp | 2008-03-07 11:48 |  

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