処女航海 原 健著

c0041039_9115084.jpg 1997年4月、高知沖の太平洋でレース中の南波 誠さんが落水して行方不明になってしまった遭難事故は多くのヨットマンの記憶に残っているだろう。彼は経験も技術も日本のトップクラスのヨット乗りだった。また当時、神戸ではそう荒れた天気でもなかったので、ボクもテレビのニュースを見てビックリしたものだった。当時は詳細に報道されていたが、いまや、ボクの記憶も大分曖昧になってきた。

 その南波さんが落水した時の状況を、同乗していたプロヨットマンの原健さんが書いた本「処女航海」の中で見つけた。

 以下にその時の緊迫した状況をご本より引用させていただく。



・・・黒潮の流れと真向かいになる北東風はすでに30ノットを越え、
潮の流れと相まって体感する風速は40ノットに達する勢いとなっていた。
そして、波高はビルの3階ほどに大きくなり、艇の危険が確実に迫っていた。

・・・デッキ上でまだライフハーネスを装着していなかったのは南波と僕の
二人だけだった。・・・

それまでは規則的に前方から襲ってきた波に加え、突発的な横波が出だした
のは・・・。
一度、二度と突き上げるような波の塊が左舷から攻撃してきたかと思うと、
三度目の凄まじい横波が、爆発のような音とともに艇の横腹に炸裂した。
ロープで身体を縛っていたために、かろうじて艇に留った僕は咄嗟に前方に
目をやった。すると舵輪を握っていたはずの南波の姿が無くなっていた・・・。

反射的に艇の風下を見ると、大きく傾いて半ば水没しかけた右舷後方の安全索
に必死にしがみつく南波の姿があり、その姿はほとんど海中に呑み込まれよう
としていた。僕は自分の身体を縛っていたロープを急いでほどくと、スキーの
ジャンプ台のごとく急角度に傾いたデッキを風下方向に向かった。しかしその
時、舵取りを失った艇は風上へと方向転換し始め、水没していた右舷が水中か
ら起き上がり始めた。
あと50センチ・・・・差し伸べた僕の手が届く一瞬前に、南波の手は艇を離れ
ていった。

「南波さんが落ちたぁ!!」
僕は力の限り叫びながら、救命ポールを海に投げていた。そして、舵手を失っ
た艇は怒濤の波の中で闘牛のように暴れ始めていた。
僕が舵を取り直す頃には、風位を超えて勝手に方向転換を完了していた艇は、
右舷からの裏風を孕み大きく逆に傾いており、左舷デッキに腰を下ろしていた
数名のクルーたちが水中に没しかけていた。そこで、デッキ中央に唯一残って
いたクルーに前方のジブセールのロープを外させた。すると、艇の傾きが無く
なり、左舷で水没しかけていたクルーたちがデッキ上に戻ってきた。

「南波さんが落水した!メーデー信号の発信と落水地点をGPSに落としてく
れ、それにエンジン始動とメインセールのダウンだ。そしてたのクルーの人数
を確認してく!」僕は強風ではためくセイルの轟音の中で、叫ぶように指示を
だした。エンジンが掛かると舵の利き出した艇を風上に立ててメインセールを
下ろし、GPSを頼りに南波の落水地点を求めて風下へと方向転換した。

「他のクルーは全員います」
という報告が届く頃には、艇は風下へ向かって大波に乗り、凄ましいサーフィ
ングを始めていた。決壊した川のように水が氾濫する前方のデッキでは、ジブ
を下ろすという厄介な作業が待っていた。そして、ベテランクルー3人によっ
て慎重にその作業が行われた。2次、3次の落水者を出すことだけは避けなけ
ればならなかったのだ。
無事作業を終えるとエンジンのみでの機走によって南波の捜索が始まった。
GPSを頼りに落水地点を何度も何度も通り過ぎながら、南波の名前を呼び続け
た。そしてちっぽけな一葉の枯れ葉のように漂い続ける艇の上で、僕たちの喉
は、時間の経過とともにカラカラに渇いていった。





 この事故の経過を見ていると

1.落水と同時にマークとなる標識ポールを投げる
2.メーデー発信とGPSのMOB(マン オーバー ボード)キーを押す
3.エンジン始動・2次、3次の落水者を出さないような慎重なデッキ作業
4.セールダウン・他のクルーの確認
5.GPSによる捜索開始

 手順通りではあるが、もし自分がこの艇のスキッパーだったらチャンと出来るだろうかと思う。皆さんGPSのMOBキーを押して素早く落水地点に戻れますか?MOBてなに?とおっしゃるヨットマンも多少はいらっしゃるでしょう。ご自分のGPSで確認して置いてくださいね。

 この事故は残念ながらヘルムスマンが荒天航行中にハーネス未着装だったことだったが、ヨットから落水し、行方不明になってしまう事故はクルージング中にも、いつでも起りうる事故である。そのためにも、まずクルーの安全意識を上げる事。そして落水しないように艇の安全装備を充分に整備し、もし落水者が出ればすかさず救助するために日頃から救助訓練などが欠かせないと思われる。
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by pac3jp | 2006-10-23 09:20 |  

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