旧陸軍が運航していた船艇

近くのJMSDF阪神基地に年季の入った上陸用舟艇が停泊していた。
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LSU 4171「ゆら」 基準排水量590t / 全長58m・喫水1.7m / ディーゼル2×2 3000PS / 速力12kt / 20mm機関砲×1

 太平洋戦争が終わってから61年。毎年8月になると当時の話が色々と報道されるが、ボクはこの伝統的なスタイルをもつ小型の上陸用舟艇をみて当時日本軍がした上陸作戦を少しだけ調べてみた。

 戦前の日本の軍隊は敵前上陸作戦は陸軍の受け持ちだった。海軍は輸送船の護衛はするが直接上陸用舟艇で兵士と物資を送り込む任務はしなかったようだ。陸軍が本土から兵士と陸軍が開発した「大発(大発動機艇)」と称する(長さ15m・幅3.5m兵員なら70名、物資だけなら11tが積める)上陸用舟艇を一般商船を徴用した輸送船のデッキに積み、その他全ての物資を船で現地に運んでいた。そして大発などの上陸用舟艇は陸軍工兵隊が運用していた。

 作戦では、輸送船のデッキから大発を降ろし、海上で兵員や物資を積み込む作業をするが、風波がある状況では時間かかるので、陸軍は前もって兵員を大発に搭載したまま母船を発進できる神州丸を1934年(昭和9年)に造った。2000名の将兵を収容する設備と一度に1000名以上の兵員の上陸を可能にした今でいう強襲上陸艦を世界で初めて造ったのである。だが、同型船が実戦に投入されたのは10年後の戦争末期だった。

 日本の敵前上陸作戦は兵員が上陸した後、弾薬、燃料、糧秣等の物資が人力で陸揚げされるのだがその際、リヤカーが大活躍したそうだ。でも海岸に集積された物資は全く敵の攻撃に対して無防備だ。燃料や弾薬にに引火し苦労して運んだ物資が失われてしまう事も多かった。敵対するアメリカは自動車の国である。上陸用の物資はジープやトラック、又牽引用トラクターに引かれて上陸してくる。リヤカーとトラックでは全く勝負にもならない。

 そこで陸軍も海軍も輸送車両や戦車が揚陸できる大型の揚陸艦 LST LSMらを造ることにしたが既に敗色が濃くなってきた時期だった。制空覇権がない海でもう上陸させる戦車も車両もなくなっていたので、その機能を生かす事もなくただの輸送船になってしまっていた。陸軍も太平洋に展開する部隊に補給するため民間の輸送船をつかったが敵潜の雷撃で消耗が激しく最後は自前の潜水艦まで使って物資の輸送をしていた・・・。

 現在、上陸用舟艇の運用は海上自衛隊がやることになっている。LSTは空母型の「おおすみ」クラス(8900t)3隻が主力になっている。戦車と兵員は2隻のホバークラフト(ガスタービン 16,000PS/40kt)で揚陸し、物資はヘリで空輸する。

 画像の「ゆら」は舷側外板のへこみからも想像できるが、このフネは昭和56年の進水だということなのでもう26年も経っているのだ。でも喫水も1.7mと浅く平時の大地震など災害救援にぴったりサイズの輸送艦なので、小回りも効き使い勝手がいいのでしょうね。
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by pac3jp | 2006-09-08 08:55 | ウオッチング  

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