珍しい艀(ハシケ)荷役を見る

c0041039_905087.jpg 最近、「ある沖仲仕の生涯」というタイトルの本を読んだ。
 
 横浜に藤木といって、曰くいいがたい味な男がおってなあ…。今は亡き「ミナトのおやじ」藤木幸太郎の事績を調査し、考証した、ある沖仲仕の生涯の物語。(「MARC」データベースより)
 
 主人公は横浜港で長く港湾荷役の仕事をしてきて大成した人の伝記風の読み物だった。

 ボクも仕事は違うが、神戸港に面した海岸通りのビルで仕事をした事があるので、その本に出てくる神戸の港湾荷役会社も近くにあったからよく覚えている。
 海岸通り4丁目から国道を隔てた国産波止場には艀や港湾作業の人達の住宅もあり、石造りの波止場が古いミナトの雰囲気を醸していたのを思い出す。艀に沖仲仕の仕事は付きものだったが、時代は移り、貨物は専用船やコンテナ化で港内での艀荷役はなくなり、神戸港の艀も大方は焼却廃棄されたと聞いていたが、大阪湾でもダグボートに引かれた艀を見る事はあったし、港内のあちこちに艀が繋がれているのを見た事もある。

c0041039_913748.jpg 先日、珍しくバラ積み貨物船から艀荷役をしているのを見つけた。3隻の艀に小麦のようなものを積み込んでいた。勿論、昔ながらの沖仲仕は見当たらず、大きな荷役機械が動き、大量に穀物が艀に積み込まれていた。積み終わった艀は雲は厚いが、雨は降りそうでなく、風もないのでカバーもせずに神戸港内を西にむかって引き船に引かれていった。多分、兵庫運河沿いにある製粉工場向けだろう。
 でも、小麦や大豆、菜種など食品や食料品の原料の荷役や保存は食品衛生法の厳しい規制があって鋼材や石材のようにはいかないそうだが、低い橋も浅い運河も通れる艀は港の最奥部や運河沿いに立地する工場などへ、陸上輸送が出来ない大きな物や重い物を運ぶ「ミナト」の宅配便として今も便利に使われているのだろう。

 無動力船の艀も港内など平水区域で使われる艀と限定沿岸区域で使われる艀と航行区域が決まっているようだ。 兵庫運河沿いにある車両工場からは新幹線車両を外貿埠頭に運ぶ港内用の艀が数隻も繋がれていた。
 
 また、情報誌「みなと物語」(国交省発行)が取材した引き船船長によると神戸港~宇野港との間で月に数回、最大で3隻の艀を引いて運航しているといっていた。やっぱり、遅くても、小回りが効く輸送方法は海運物流の変化の中でも需要があるんだなと思った。
 そして、港湾荷役の仕事も、沖仲仕が活躍した時代から姿や形を変え、今後もミナトの発展をずっと支えていくのでしょうね。
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by pac3jp | 2006-07-03 09:14 |  

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