インドネシアの復元古代船が日本に向け出港!

c0041039_7181221.jpg 10日ほど前の7月4日、インドネシア・ジャカルタの港を復元古代船が出航したとマスコミ各社が報道した。

 船は60フィートのアウトリガー、帆装は2本マストのラグセールのようであるがオセアニアのクラブクロウセール風でもあります。
 でも、復元古代船といっても船型などすっきりとしていて現在でも通用しそうですね。


 13世紀から16世紀までインドネシアのジャワ島を中心に栄えた「マジャパヒト王国」遺跡の発掘調査に対する支援を訴えるため、同国 政府と日本マジャパヒト協会(東京、田中穣代表)は古代インドネシアの木造船を復元した。
 6月27日に造船場所のジャワ州マドラ島を出港し、半年間かけてジャカルタに戻る約9千キロの航海がスタート。アジア各国に立ち寄り、発掘調査への資金や技術面での協力を求めるほか、地元住民との交流活動も行う。

 日本最初の寄港地は、琉球王国の交易を担った沖縄・久高島で今月中旬の到着予定。続いて那覇港に立ち寄り、仲井真弘多知事らを表敬訪問。鹿児島、横浜、東京、福岡などにも寄港する。
 木造船は全長20メートルで、ジャワ島・ボロブドゥール遺跡の8世紀ごろのレリーフに描かれた古代船を基に復元。くぎを1本も使わずにチーク材や竹などで造った。乗組員15人は大半がインドネシア人。
 2010/07/03 05:45 【共同通信】



 ボクはその復元船と沖縄の寄港地、久高島に特に興味があった。

 15世紀、明の永楽帝が朝貢体制を拡大するため鄭和の大艦隊がインド洋にも乗り出し、アラビアやアフリカまでの大航海が幾度も行われていた頃、アジアにも大航海の時代があった。勿論、日本も室町時代には官民合わせて勘合貿易を行ったし、琉球王国もその地の利を生かし中継貿易で大いに繁栄した時代だった。

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 インドネシア・ジャワでも交易船を各地に派遣して「マジャパヒト王国」がい大いに栄えたと伝えられるが当時の交易船の史料が全くないらしい。そこでジャワ・ボロブドール遺跡にレリーフされた8世紀頃のアウトリガー付航洋船や東部インドネシアの戦闘用大型アウトリガー船KORAKORAを基本型に、インドネシア研究者の英知を集め、これら史料から推定復元したという。

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 ジャワ・ボロブドール遺跡にレリーフされた8世紀頃のアウトリガー付航洋船レリーフからインドネシア研究者の英知を集め、これら史料から推定復元したデザイン図

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 復元された「スプリット オブ マジャパヒト号」釘を一切使わずホゾのようなものを使って部材を繋いでいるが、接続部の防水には天然の樹脂接着材を使っているのでしょうか、普通のマキハダでしょうかね。アウトリガーが竹なのでヒールすると水切りが悪いのでちょっと心配。

 航海予定のコースを見ると日本ではまず琉球王朝の交易を担った沖縄・久高島に入るという。本島南部沿岸にある人口200人程の小島にナゼ?と思い検索したがWebでは簡単に中世の交易の歴史は出てこなかった。インドネシア人達はかっての交易で図らずも欠礼してしまった答礼を今回はぜひしたいということである。

 久高島は琉球王国の時代から現代まで琉球神話聖地の島だし、ボクには久高イラブーを食べる勇気はないが、ほかにも色々と興味深い島なので一度は訪れてみたいと思っている。



 琉球の創世神アマミキヨが天からこの島に降りてきて国づくりを始めたという、琉球神話聖地の島である。琉球王朝時代に沖縄本島最高の聖地とされた斎場御嶽(せいふぁうたき)は、この久高島に巡礼する国王が立ち寄った御嶽であり、久高島からの霊力(セジ)を最も集める場所と考えられていた。島内には御嶽(うたき)、拝み所(うがんしょ)、殿(とぅん)、井(かー)などの聖地が散在しており、中でも島中央部にあるクボー御嶽は久高島第一の聖域であり、男子禁制である。

 それにこの島は琉球王朝時代の地割制度が唯一残っていて村有地などを除いて全てが共有地であり「久高島土地憲章」により分配・管理を行っている。

 久高島は土地が総有制、個人の持ち物ではない為に外部の資本がほぼ入れません。いつまでも、この制度を残せるように久高島土地憲章を制定して守っています。根底にあるのは、天、地、海を何よりも大切なものとしてきたこの島の生きざまです。この島にいると平気で土地を売り買いする現代社会が異常なものに感じてきます。
 島民は字から土地を借りて、家を建て、畑を耕します(ノロなど特別な役職に対しては別に土地が与えられていました)。島人には土地を所有するという概念は無いようです。まさに忘れ去られたようにここだけに残った土地制度、原始共産制の名残と言われます。正確に言うと、久高島の土地は字の共有財産、個人には使用権が与えられます。久高島にこれだけの自然、文化が残ったのは外部資本が入ってくるのを守るこの制度のおかげと言えるでしょう(久高島HPより)



 いずれ大阪にもやってくるので機会があれば現物を見てみたいが、出航時の動画ではかなりの速度で航行しているので船外機などエンジンは装備しているのかも知れないし、航海計器や通信機器は最新の機材を搭戴しているはずだ。これから日本近海は台風シーズンにもなるので安全第一の航海でやってきて欲しいと思っている。


 インドネシア・マドゥラ島スノッペンにて行われた復元古代船「スプリット オブ マジャパヒト号」の進水の様子です。



【参考Web】:日本マジャパヒト協会 とは 
 日本マジャパヒト協会は、2008年、マジャパヒト遺跡の発掘・周辺環境整備事業への支援を切り口に日本とインドネシア相互の文化と歴史の尊重と理解に立脚した新しい「かたち」の友好関係を構築することを目的に設立されました。
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by pac3jp | 2010-07-14 07:36 | 帆船  

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