兵庫県立考古博物館の復元古代船「ヒボコ」

 ボクは色んな博物館に行くのは好きな方で、展示されているテーマが「海や船系」だと是非にでも見てこようという気になってくる。昨年には姫路城に隣接した兵庫県立歴史博物館で開催された「船と海の博覧会」などにも行ってきた。ここには近世に活躍した弁才船の大型模型が2隻あり、司馬遼太郎の小説「菜の花の沖」で有名になった高田屋嘉兵衛の解説コーナーもあった。

c0041039_1681414.jpg ところが、3年前に我家から南西に17kmほど離れた播磨町に兵庫県立考古博物館が新しくオープンした。ここは県内各地の遺跡から出土する壷や皿などを展示していてフネ系の展示物はないだろうと思って今まで有料ゾーンには入らなかったが、今回、中世に滅びた「但馬守護 山名氏の城と戦い」という特別展を見学にいった際、初めて常設の有料ゾーンに入った。
 (上の画像は大きな見張りヤグラが象徴的な兵庫県立考古博物館 西方から撮影)

 入り口に入ると中央部の「交流 みち・であい」のコーナーに大きな刳船の準構造船が据付られているのが目に入る。早速近くで詳しく見学することに。
  
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 この復元古代船は博物館ができた時、テーマ展示用に古事記、日本書記、播磨国風土記などに但馬・出石に関わる「アメノヒボコ伝説」からヒボコが朝鮮半島・新羅から倭国にやってきたときに乗ってきただろうと思われる船を遺跡から見つかった板図や古墳から出土した船形埴輪などを参考にデザインし、建造されたという。

 船体は長さは11m余りで幅は2.5m位だろうか、分厚い前後の竪板と舷側板が波から荷物と乗員を護っている準構造船だ。船底は単材で単純な構造だが外観はチョウナで削った跡がきれいな仕上げ模様になっている。当時は鉄釘がないので船底部と竪板は木組みで、舷側板はさくらの皮(黒いテープ状のもの)をつかって繋いでいた。隙間はマキハダを打って水漏れを防いでいた。

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 船内は後ろ向きに立って櫂を漕ぐようになっている。固定の舵は平安時代までないのでこの当時は大きめの櫂で操船していた。
 命名・進水式は日本海の造船所で行われたので展示用とはいえ、ちゃんと船首と船尾に係船ビットが設けられているのが面白い。でも、船底材と曲がった船首材を結合する役目もあるのかも知れない。

 復元船の原木は直径2m、樹齢800年くらいのベイマツを使っているという。本来はクスノキでしょうが、もうこんな大きな材は手に入らないでしょうね。しかし、時代設定が三韓時代の朝鮮半島なのでクスノキやベイマツは生えてないが太いマツはあったと思うなぁ。

 ちなみにこの復元船を建造中の様子がネットワーク広場の映像ブースのビデオで見ることが出来ます。

【関連記事】:古代の大海戦 白村江の軍船は?

【参考Web】:1.アメノヒボコ
【参考Web】:2.兵庫県立考古博物館
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by pac3jp | 2010-05-11 16:21 | 歴史・民俗  

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