第一回国勢調査の記念碑

c0041039_1151133.jpg 先日、高砂市の高砂神社境内にある工楽松右衛門の銅像を見学にゆくと、すぐお隣にちょっと変わったデザインの記念碑が建っていた。円形の御影石に当時の大日本帝国の版図がレリーフになっている。 それは現在の日本地図よりも北はサハリン、西は台湾それに南は太平洋がやけに広く表わされている。

 碑文は「第一回国勢調査記念」となっている。国勢調査は五年おきに普通に実施されているが、日本国が初めて行った国勢調査はこの地の神社にも記念碑が建てられるくらいの大事業だったのかなと眺めていた。

 記録によると大正9年10月1日(1920年)午前零時を期し、大日本帝国版図内において、第1回国勢調査が施行された。北は樺太から西は朝鮮半島・台湾まで全国26万人の調査員を動員して一斉に調査が行われた。しかし、委託統治領だった太平洋の南洋諸島は住民に日本国籍がなかったので調査されたかな? しかし、南洋庁のお役人とその家族は住んでいたので調査の必要はありますね。

第一回国勢調査の人口は
●全国(内地)の人口は 55,963,053人(男28,044,185 女27,918,868)でした。
●外地も含めた人口では 76,988,379人(男38,903,195 女38,085,184)となっています。
   ※ここで外地というのは、朝鮮や台湾、樺太などが含まれています。

 もう亡くなった大正6年生まれの父や大正9年2月生まれの義母は名誉ある第一回目にちゃんと日本国民としてカウントされたいたわけだ。

 下の表は当時の都市人口ランキングです。
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 東京・大阪は順当でも神戸は3番目だし長崎に至っては7番目だ。北海道は函館9番、小樽13番、それから札幌の15位となっている。軍港を持つ呉市は10番で仙台、札幌、福岡より人口は多かったですね。

 この国勢調査では10月1日午前0時現在の「居場所」を記入することになっていたそうなので、数多くの軍艦が碇泊している軍港や大きな港をもつ町が実際より順位を上げたのかもしれない。横須賀市が全国20番以内に入っていたもんね。

 最大の成長都市は6番目だった横浜市で、現在の人口は8.7倍の367万人で全国ランキング2位に上がっている!

【参考Web】:総務省統計局 国勢調査の歩み
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by pac3jp | 2010-03-26 11:15 | 歴史・民俗  

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