和船Ⅰ・和船Ⅱ 石井謙治著

c0041039_18191830.jpg ボクは古書や一般書籍は手軽な「アマゾン」で買っている。でも、「海や船」の本は昔から神戸・元町の海文堂書店まで出かけて買っている。先週末、左の海事史家・石井謙治さんの著書を2冊買ってきた。

 我家の小さな書棚には西洋帆船について書かれた杉浦先生の「帆船 その艤装と航海」「帆船史話」などはあるが和船に関する本は何故か一冊もない。明治以降、政府は江戸時代に活躍した日本形帆船「弁才船」は構造・性能ともに西洋帆船に較べて劣っているという間違った認識を世間に示してきた影響かもしれないなあ。
 でも、内航船の弁才船を黒船などの外航船と構造・性能だけで較べるのはおかしいと思う。

 最近、古代の復元遣唐使船を国内外で2隻も造っている。史料が乏しい中、豊かな想像力で補い建造されているが、大分前に豪商・高田屋嘉兵衛が建造した「辰悦丸」を復元した時の話がこの本にのっていた。

 当時は大きなニュースになっていたがもう内容は忘れてしまっていたが、

▽辰悦丸フィーバー(陸奥新報)
 昭和61年(1986)、外観を木造和船風(鉄鋼船に板張り)に復元した北前船「辰悦丸」が、大阪市から北海道江差町まで、往時の北前航路を走破した。引き船に引かれての航海だったが、日本海の各地に寄港して大歓迎を受け、その様子はNHKの番組を通して全国に紹介された。続きはこちら


 復元となると元になる古い辰悦丸かその技術史料が必要だが、もう両方ともないので辰悦丸の本当の復元は出来ない。でも便宜上辰悦丸と同時代の千五百石積み弁才船を復元しそれから想像してもらうということになる。

c0041039_18291846.jpg 辰悦丸の実物大の“模型”は全長30m、幅9m、帆柱の高さ20m、帆幅16mだという。当時の千五百石積み弁才船に較べて船体で1割、帆柱は3割も短い、船体は千三百石積み、帆柱は四百石積み、帆幅は六百石積みとなってしまう。それに帆の面積は本物の約半分しかない。
右の帆装図で外枠は実際面積で内側の大きさが復元船の帆の大きさである。
 昔は気が付かなかったように思うが、今↓の画像を見ると確かに不細工だなあ。

 それに予算の関係だろう淡路の寺岡造船所で鋼板の船殻をつくりそこに木を張って復元らしい雰囲気を出しているまがい物だったのに、その船を大阪→北海道・江差回航後、カナダの国際交通博覧会に出されたという。歴史的な帆船を見る目が肥えた欧米人にこの弁才船がどう映るのか海事史家として心配している。
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 実はこの辰悦丸は地元福良の寺岡造船が建造し博覧会に寄贈したもので、建造には元神戸商船大学の松木先生の指導を受けたという。

 この復元?辰悦丸は今でも淡路島の「淡路ワールドパークONOKORO」で公開されている。
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by pac3jp | 2010-03-09 18:41 |  

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